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鬱蒼とした森の中、苔むした木々の枝から枝へ、飛び移るように進んでいく。

「葵さんってカカシ先生と付き合って、もうどれくらいになるんですか」

隣を走るサクラに聞かれた。不意を打たれて少し驚きつつ、頭の中で数えてみて「1年ちょっと、かな?」と答えた。

少し距離の離れた前方にカカシの背中が見え、その少し前をナルトが行くのも見える。

他国の忍に奪われた巻物を奪還するという任務の帰りだった。
カカシの指示のもと、ナルトとサクラの連携のとれた動きで、任務は滞りなく完了した。
あとは巻物を里まで持ち帰るだけである。

今回の任務では、移動が長距離だから何が起こるかわからないという理由で、私は医療忍者としてカカシ班に同行していた。サスケが里抜けした事も理由の一つだった。

とは言っても、私はほんの少し戦闘に関わった程度で、医療忍者としては殆ど出番が無かった。改めてカカシと、彼の育てた教え子達の実力に感心させられる。

「もしかして、カカシ先生と喧嘩してるんですか?」

サクラが遠慮がちに、でもストレートな質問をぶつけてくる。任務の最中はずっと聞くのを我慢していたのだろう。私とカカシはここ数日、必要最低限の会話しかしていなかった。任務中だったとはいえ、やはり不自然に映ったらしい。

「喧嘩ってわけじゃないんだけど……心配掛けてごめんね」
「いえ!……でも、葵さんもカカシ先生も元気が無いの、見ててわかります。いつもはとても仲が良いのに、一体お二人ともどうしちゃったんですか」

13歳の女の子にここまで心配させるなんて、大人として失格だ。そう思いつつも、今の微妙な状況を、どう説明したらいいものか……。

「ちょっとね……私が、」

言いかけたその時、背後から強い殺気を感じた。咄嗟にサクラの腕をひいて体を伏せる。瞬間、頭上を大量のクナイが掠めていった。

「……!」

息を呑むサクラの向こうに、警戒の目をむけるが敵の姿は確認できない。異変を察知したカカシとナルトが戻ってくる気配がする。「まって、起爆札が!」叫ぶのと同時、先ほどのクナイが刺さった隣の木で爆風が巻き起こった。煙幕で何も見えなくなる。「葵さん」顔を強張らせるサクラに「大丈夫」と声を掛けつつ、気配を探っていると、突然空気を切る鋭い音と共に槍が何本も飛んできた。

槍はあたったそばから弾けて、水たまりになり、熱気の籠もった蒸気をまき散らした。
高温の液体が、槍を形作っているらしい。
矢継ぎ早に繰り返される槍の雨から、なんとか身を交わすので精一杯だ。

「きゃっ……!」
「サクラ!」

サクラが足を滑らせて木から落ちかける。彼女の服を掴んだその時、右肩に焼けるような痛みを感じた。

「うっ……」

水槍が命中したらしい。この視界の中でも、適当に狙っていたわけでは無かったか。

「葵さん!!」

体勢を立て直したサクラにほっとしつつ、自分の肩に目をやる。傷口が燃えるように熱く、蒸気をはなっている。赤い血が流れだし、腕にまるで力が入らない。

追撃は来なかった。かわりに男の激しい絶叫が聞こえる。
煙が晴れた視界の向こうで、カカシの右手が敵忍の体を貫いている姿が見えた。
足下に倒れる忍は一人では無い。

「まだ一人いるはずだ!」

カカシが鋭い声を発する。ピリピリとした殺気の中、全員が神経を尖らせて周囲を伺った。一瞬の静けさの後、不意にあたりに霧が立ちこめる。

「お前が九尾の人柱力か」
「……!」

包帯だらけの男が急にナルトの背後に立ち、彼を羽交い締めにした。その手には短刀が握られている。

「何者だ」

カカシが問うと、包帯男は「お前と違って名乗るほどの忍じゃ無いよ、はたけカカシ。俺の仲間が随分世話になったなぁ」と厭らしい笑みを両目に浮かべた。

「その服装、霧隠れの抜け忍か?」

「離せってばよ!!」

刃物を向けられているというのに、ナルトは男の腕の中で抵抗している。

「無鉄砲なガキだな。怪我してもすぐ治るってのは本当らしい。連れ帰るにはこのままじゃ五月蠅そうだ」

男が片手で印を結ぶ。
それよりも速く、私は左手で印を結んでいた。

男の術が発動する一瞬前に、ナルトの体が煙に包まれる。





『他国に九尾の人柱力の情報が漏れているようだ。今回の任務では国境を越える。注意していてくれ』

今回の任務につく前に、私は綱手様から聞いていた。13歳の少年の体に、一国を壊滅に追いやるほどの力が封印されている。その力を喉から手が出るほど欲しているのは、『暁』だけに限った話では無かった。万が一の時にナルトを守るべく、私はあるものを彼に持たせていた。


白煙の中、包帯男が放った術を受けたのはナルトではなく私だった。
閃光が走ったように目がちかちかして、激しい頭痛に襲われる。
立っていられない程の目眩だ。

さっきまで私の居たところにいるナルトが驚いた表情でこちらを見ている。

「葵ねーちゃん!!」

ナルトの代わりに包帯男の腕の中にいるのは私だった。

『ナルト、これあげる』
『何だってばよこれ?キレーだな!』
『うん、お守りみたいなものかな』

任務の前、ナルトの眼の色に似た碧い玉のお守りを肌身離さず持つように言って渡した。
ナルトは言いつけを守っていたらしい。
あれはお守りでは無く忍具の一種で、私が印を結ぶと玉に込めた術式が発動し、どんなに距離が離れていても変わり身ができるのだ。


「畜生……お前に用はないんだよ!」

私とナルトが入れ替わったことに気づいた男が、悔しそうに叫んで、私を殴りつけた。
地面に叩きつけられて、仰向けに倒れる。

「葵!!」

カカシの声を聞きながら、吐き気を伴う激しい頭痛に身を捩る。息をする度に、頭が割れそうに痛んだ。右肩から大分血が流れ出たらしく、ほとんど麻痺している。

霞んでいく視界には、森の木々と青空が見えている。次第に瞼が重くなり、何も見えなくなり、何の音も聞こえなくなった。

カカシはナルトとサクラを守り、必ずあの男を仕留めるだろう。
せめて足手まといにはなりたくないけれど、この怪我じゃ迷惑をかける事になりそうだ。
よくわからない術もかけられてしまった。
体中が異様に熱い。自分の体が蒸気を発している様な気がする。

最後に脳裏に浮かんだのはカカシの顔だった。
あの日、傷ついた表情で私を見ていた。
くだらないプライドが邪魔をして、カカシに本当のことが言えなかった。

ごめんね、カカシ。

















声が聞こえる。誰かと誰かが話す声。二人にも三人にも聞こえる声。
とにかく酷く眠たくて、ぼんやりと意味も考えずにその声を聞いていた。

次第に意識が覚醒していく。


「こんな術、見た事もないわ」
「どういうことだってばよ。……本当に葵ねーちゃんか?」
「……俺には心当たりがある」


誰……?


重たくて仕方ない瞼をこじ開けた。
私をのぞきこむ、顔、顔、顔。

「葵、気がついたか」

ほっとした様子で、私の名前を呼んだその人を、不思議な思いで見つめる。
顔を半分覆面で覆った銀髪の男の人。両目の色が違っている。
赤い左目に大きなキズがはしっている。

「葵さん!良かった」
「ねーちゃん、オレのせいで……ごめん……」

桜色の髪の少女と金髪の少年が口々にいって、心配そうに私のことをのぞきこんだ。


この人達、誰なの……?

「……」

どうしよう、と黙っていると、銀髪の男の人が私の肩を支えて起こしてくれた。
……私は今までこの人に膝枕をされていたらしい。
気づいて肩が強張る。

「……葵、混乱しているだろうけれど、俺たちは君の仲間だから」

銀髪の男の人がどこか困ったような、心配そうな顔で私に言った。
金髪の男の子がすかさず口を挟む。

「カカシ先生なにいってるんだよ。そんなの当たり前だろ?」

カカシ先生?

それが、銀髪の彼の名前なのか。
頭の中で今聞いた名前を、確かめるように転がすけれど、駄目だ。やっぱり何も思い出せない。

「あの、私は……どうしてここに」

とりあえず、そう聞いてみたけれど、ここが何処なのかさっぱりわからない。
森の中だという事ぐらいしか。

あなたたちが誰なのかもわからないです、と言ってもいいものか。

見たところ、彼らの服装は忍の様に見える。
私の村の周りでは、あまり見た事が無い額あてだ。
忘れているだけで、戦争の時には見ただろうか。
何故私はこの人達といるんだろう。
わけがわからなすぎて、手が震える。

「怖がらせてすまない。俺が君を守れなかったから、こんな事に……。」

カカシ先生、が眉根を寄せる。苦しげな表情の彼を、じっと見つめた。

「俺ははたけカカシ。木ノ葉隠れの里の上忍だ。こっちがうずまきナルトと春野サクラ。二人とも俺の部下だ」

「カカシ先生、どうしちゃったんですか?」

サクラと呼ばれた少女が困惑した様子でカカシ先生にくってかかる。

「葵。何も覚えていないんだろう?」

カカシ先生が低くて穏やかな声で私に言う。
気遣わしげな表情と、優しい口調に、混乱していた頭が次第に落ち着いてくる。

「はい。……何も覚えていないんです。皆さんは私を知っているんですよね」
「そうか。……俺たちは君の仲間だ。そして君は、木ノ葉の忍だ」
「私が忍……?」


信じられず目を丸くしていると、カカシ先生は頭をかきながら、
「正確には未来の君が、かな。……葵、君は今何歳なの?」と言った。

未来の私?

言葉の意味がわからないまま、
「十七です」と答える。


「「……じゅうなな!?」」

サクラとナルトが声をそろえて驚くのを、私はただ困惑しながら見ているしか無かった。





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