12




「もっとしたい……です」

私がキスをねだると、カカシ先生は決まって少し、困ったような顔をする。けれど先生の裾を掴んで甘えると、先生は根負けしたように眉を下げて、私にまた口づけをしてくれる。

最初は唇を合わせるだけのキスだった。次第に、舌と舌を絡める深い口づけを教わった。何度も何度もキスをして、お互いに息が上がって、くたくたになってから抱き締め合って眠りにつく。それが日課になってから、もう何日が過ぎただろう。

私の体が元に戻る術の研究は、意外にも難航しているらしかった。

私としては……元になんか戻りたく無い、と思うようになってしまった。もちろん口には出さないけれど。
元の年齢に戻ると言うことは、私の存在が消えてしまうという事でもある。
カカシ先生も、綱手様も、何も言わないけれど……何となく、そんな気がしているんだ。

記憶が消えてしまうのは、死んでしまうのと同じだ。


それを言うなら、二十七歳の私は死んでしまったという事になるんだろうか。
それはカカシ先生にとっては、きっとすごく辛いことだ。
そうわかっているのに、私は、元に戻る方法なんか、ずっと見つからなければ良いのに、と酷いことを考えている。

だって、カカシ先生と離れたくない。

キスの後、先生は時々苦しそうな顔をする。「せんせ……」と呼びかけると、口づけが深くなって、息が苦しくなる。先生の熱い舌に口蓋をなぞられると、ぞくぞくと背中に震えが走って、お腹の下のほうが、きゅっと痛くなる。この感覚は一体何だろう。「先生、お腹痛い」というと、カカシ先生は唇を離して「だいじょうぶ?」と心配そうに、私のお腹に手をあててくれる。そこじゃなくて、もうすこし奥の方が、なんだかきゅっとして、切なくて、苦しいのだけれど、この感覚を一体何と言えば伝わるのか、私は言葉を知らなすぎる。

泣きそうになりながらカカシ先生をじっと見つめる。先生も、熱っぽい目で私を見返す。
「カカシ先生も、苦しいの?」
先生の胸に手を当てて聞いてみる。先生は目を閉じて、「うん……苦しいよ」と言って、また私を優しく抱き締めた。



先生に『私』を返してあげなくちゃいけない日は、いつ来るのだろう。その時、私は黙ってそれを受け入れられるんだろうか。もやもやした気持ちで、頭が重たくなる日もあった。けれど、カカシ先生に抱き締められたり、キスをされたりしていると、すごく幸せで、その時だけは嫌なことを全て、忘れることが出来る。先生と抱き締め合っていると時々、どうしようもなく切なくなって、苦しくなる事もあるけれど、それは、一人で居るときに感じる苦しさとは違っていて、決して、嫌な感覚ではなかった。でも、そういう時に先生がしている『苦しい』表情の理由が、私と同じ『苦しい』なのかはわからない。



カカシ先生が任務に出ている間、綱手さんやシズネさんの研究を見せて貰ったりしていた。
「あと少し、なんだけどな」
頭を悩ませながら、綱手さん達は、私を元に戻すために、あれこれ試行錯誤をしてくれている。数式を書いたり、何かの薬をつくったり、あれこれやってくれていて、中身はさっぱりわからないけれど、本来の火影様の業務の合間を縫って、綱手さんが頑張ってくれているのに、「私は別に、元に戻りたくなんかないんです」なんて、言える訳がなかった。こんなこと、絶対に誰にも言えない。

木ノ葉病院では、医療忍者の方々の働きを見せて貰った。運ばれてくる怪我人の処置をしているようで、もしかしたら私でも手伝えるかもしれない、と思えて、頼んでみたら、手伝わせて貰えたので、一生懸命やってみた。

「明日から毎日きてくれないか?」

医療忍者の中で、病院勤務をとりしきっているリーダーの方に言われたとき、この人は、十七歳の私を認めてくれたんだと思えて、何だか、凄く嬉しかった。

それで、私はカカシ先生が任務に出ている間、木ノ葉病院の救急室でのお手伝いを何時間かしたり、空き時間でアカデミーを見学させて貰ったり(イルカ先生の授業はとてもためになったし、アカデミーの子たちは突然後ろの方で授業を見学するようになった私の事を邪険にしたりせず、時には色々と話しかけてくれた)、ナルトくんとサクラちゃんに一緒に修行をして貰ったり(木登りは随分うまくなって、手裏剣も、左手にしては大分投げられるようになってきた)、なかなかに充実した日々を過ごしていた。

右肩の傷は大分良くなって、ほとんど日常生活に問題が無くなるほどに回復してきていた。髪はとっくに自分で洗えるようになったし、料理だってもう出来る。私がカカシ先生の部屋に居候し続ける理由は、もう無いのかもしれないけれど、先生は私に帰れとはいわなかったし、毎晩、私にキスをして、抱き締めて眠ってくれた。



久しぶりに丸一日非番だという先生と、ゆっくり朝ご飯を食べていた。今日の休みをカカシ先生は、どんな事をしてすごすんだろう、と思っていると、先生が突然「二人でどこかに行こうか」と言って、にっこり微笑んだ。

「デートですか!?」
「うん。……嫌?」

嫌なんて事があるわけない。

「行きたいです!」

嬉しくて、返事する声が大きくなってしまう。カカシ先生はそんな私を見て、とても優しい顔で笑った。







「映画、面白かったですね」
「そうだね。実際の忍術を使ってたから、役者は忍なんだろうなぁ」

カカシ先生と手を繋ぎながら映画館を出た。アクション映画の他に、『イチャイチャバイオレンス』という映画もやっていて、カカシ先生がそのポスターに釘付けだったので、「これ、先生がいつも読んでる本ですよね?こっちにしますか?」と聞いてみたのだけれど「いや、葵にはまだ早いから……」と先生は頭をかいて笑った。

この前、カカシ先生がいつも読んでいる謎の本、イチャイチャシリーズを読んでみようと、先生がお風呂に入っている隙に手を伸ばしたら、いつの間にか背後に立たれていて、さっと本を取り上げられた。『カカシ先生、お風呂に入ったんじゃ…』『ふう、危なかった。これ18禁だから、お前は読んじゃダメ』『えっ……』先生の焦った顔と、18禁って……という事に恐れを成して、それ以来、あの本には触れていない。ナルトくんが言ってた『エロ本ばっか読んでる』っていうのは、あの本の事なんだろうか。

私があと1年、歳をとっていたら、先生の愛読書も読ませて貰えたのかも知れない。二十七歳の私がイチャイチャシリーズを読んでいたかどうかは、悔しくて、聞けなかった。



お昼ご飯は、映画館の近くのカフェでとることにした。目玉焼きののったハンバーグが美味しそうだったので、二人ともそれを頼む。

「この里には、色んなお店がありますね」
「そーだね。木ノ葉は隠れ里といっても、忍ではない人も多く暮らしているから」
「へぇー」
「葵はどうして忍になったんだろうね」

カカシ先生が呟くように言った。また、二十七歳の私を思い出す時の、いつもの遠い眼をしている。

オレンジジュースをストローで吸いながら、私もそれは少し、不思議に思っていたことだったので、うーんと考える。今の私の暮らしみたいに、病院の救急室で働くだけでも、それなりに、生計を立てることは出来そうだった。

「……先生と、並びたかったのかなぁ」
「俺と?」
「きっと、カカシ先生にはどんなに頑張っても追いつけないんだろうけれど。未来の私も、カカシ先生の事を好きになったから、カカシ先生みたいな忍になりたいって、そう思ったのかなって。最近は思うんです」
「……」

先生は黙って、何かを考えている。

「先生の隣で、先生を助けられるような忍びに、なりたかったのかも」

私がそう言うと、先生は、
「俺は葵にいつも助けられてたよ」
といって微笑んだ。

その笑顔に、私は悔しいくらい、嫉妬した。

「私も忍になる!」
「え?!」
「もしも私がこのまま戻れなくても、カカシ先生を助けられるように、私も忍をめざします!!」

先生はまたいつもの、ちょっと困った顔で笑った。
それが少し切ないけれど、いつか私の気持ちをカカシ先生に認めてほしいと思った。

いつか、きっと。









彼女に深く口づけるようになって、もう何日がたっただろう。恋人の『初めてのキス』を二度も貰ってしまった事は、僥倖には違いない。だが、大分年下になってしまった彼女に対して自制することも出来ないなんて、どうしようもないな、と自分で自分に呆れる。

日増しにキスをする時間は長く、深くなっていった。葵が意識を飛ばして眠ってしまう夜も、多くなって。

葵に『もっとしたいです』と潤んだ瞳で言われる度に、それが口づけ以上の意味を含んでいないことを理解していながら、どうしようもなく、欲望がかき立てられて、抱き締めて、もっと彼女の深くまで触れてしまいたいような気持ちになる。

『先生』という言葉がもつ、枷としての役割も、いつしか薄れていき、はやくこの日々が終わってくれと祈る自分がいる一方で、このままずっと、甘やかな日々を重ねていたいとおもう自分もいて。

あの日、俺は葵に振られているのに。

『別れてやるわけないでしょ』と言って、葵を縛った。葵は苦しそうな表情をした。俺への哀れみだったのか、それとも、愛情があるからなのか。二十七才の彼女に聞いてみない限りはわからない。

十七歳の葵から真っ直ぐな好意を向けられる度に、その気持ちが嬉しくて全力で応えたいとおもう自分と、二十七歳の葵を思えば自制をするべきだと警鐘をならす自分が、頭の中でぶつかりあっている。

今日も口づけるうちに眠ってしまった葵の寝顔を、じっと見つめる。こうして同じベッドで眠るのが当たり前になってしまったが、日増しに、欲だけが強くなってきてしまい、辛くてたまらない。葵のあどけない寝顔を見ていると、彼女がここにいてくれるという事が嬉しくて、酷く安心する気持ちと同時に、心臓が痛いほど高鳴って、また自分の物にしてしまえばいいと、悪魔が囁く。

もう一度だけ、と言い訳をしながら、また葵に口づける。

葵は甘やかな吐息を漏らした。小さく開いた唇から目が離せない。

「カカシ……せんせ……」

澄んだ声で名前を呼ばれると、胸が苦しくなる。
何度でも、名前を呼んでほしいと思う。

ずっと側に居てほしいと彼女に言うはずだった。


眠る葵の手をとって、ほっそりとした白い指に口づけを落とす。
銀色の指輪をここに填めるはずだった。今の彼女の指には、少し大きいかも知れない。

『先生の隣で、先生を助けられるような忍びに、なりたかったのかも』

昼間、葵が言った言葉が、頭の中でひっかかっている。



なら、未来のお前はどうして。




深く溜息をついて、葵を腕の中に閉じ込めて、目を瞑った。今日も、無理矢理に眠ろうと努力する夜が、更けていく。


back///next
top

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -