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お風呂から上がったカカシ先生が上半身裸で出てきた。ぎょっとして、慌てて手元の本に目を戻す。私の部屋からとってきた文庫本は、やはり読んだことのないもので、読書が好きな私は夢中でそれを読んでいた。視界の隅で、先生が濡れた頭をタオルでがしがし拭くのが目に入る。そっと先生の様子を見ると、背中を走る大きな古傷に目を奪われた。同時に、がっしりとした肩まわりの筋肉にも目が行ってしまう。

ある程度水分を拭き終えたらしい先生が、棚から何かの瓶を取り出した。軟膏かな。もしかしたら先生は怪我をしているのかもしれない。今日の任務は軽いものだった、とは言っていたけれど。

「カカシ先生っ」
「ん?」

瓶をもったまま先生がこっちを振り向く。うわ……湿った髪が色っぽいし、腹筋がすごい……ってなに考えてるんだ私は。

「もしかして怪我されてるんですか?」
「あぁ、脇腹をちょっと。かすり傷だけどね」

ベッドから降りて先生の近くまで寄り「見せてください」と断りを入れてから、傷口を観察した。まだ生々しい傷跡が赤く走っている。そう深くはなさそうだけれど、位置が悪い。これじゃあ、動く度に痛むだろう。

「こういう傷の治療は得意なんです!治療しても良いですか?」
「ありがとう」

先生の許可も得たので、そうっと傷口に触れる。痛むのか、カカシ先生がびくりと震えた。集中して指先に意識を集中させていく。……今までこの力の名前を気にしたことが無かったけれど、これが忍びの世界ではチャクラと呼ばれている力なのだろう。昨日読んだカカシ先生の忍術書に書かれていた内容は、まだ何となくしか理解できていない。けれど、多分これがそうだと思った。

「っ……!」
カカシ先生が小さく声を漏らす。
「すみません。ちょっと痛いかも……」

5分もしないうちに、傷の赤みが薄らいできた。

「ありがとう。相変わらず大した腕だね」
「褒めていただいてありがとうございます。一応その軟膏も塗って良いですか」

カカシ先生はちょっとだけ迷うような表情をして、でも、「じゃ、お願い」と言って私に軟膏の瓶をわたした。指先に薄緑の薬をとって、先生の傷跡をなぞる。特にガーゼをはったりしなくても、しっかり塞がりそうだ。

「できあがりです」

先生を見上げると、何となく、熱っぽい目をしている。あれ……?と思ってから、途端に、傷の手当てとはいえ先生の肌に直接触れていた事が、今更ながら恥ずかしくなってきた。

「あ、あの。すみませんでした……!」
「どうして謝るの?」

低い声が、なぜか甘く響いて聞こえる。ドクドクと心臓が早鐘を打ちはじめて、先生の顔が見れない……。




髪を乾かし終えたカカシ先生は、日課だという筋トレを始めた。腕立て伏せを片手でやる人を、私は初めて見た。しかも、人差し指一本で、表情一つ変えずに。凄すぎる……。

「背中に乗ってくれる?重りがわりに」
「えっ……!?い、嫌です!」
「嫌ですか……」

ちょっと落ち込んだ様子を見せるカカシ先生には申し訳ないけれど、薄着のカカシ先生の背中に座るだなんて……!考えただけでも恥ずかしくて無理。多分ドキドキして死んでしまう。

「私も筋トレしようかな……」
「どうして?」

だって未来の私は忍なんだし、何もしないで体が鈍るのは良くないのでは、と思ったのだ。……十七歳の今、筋トレに励んだところで、その効果が未来に引き継がれるかはわからないけれど。

「私も、カカシ先生みたいになりたいと思って」
「……俺みたいって?」

腹筋しながら先生が笑う。笑う余裕があるのがすごい。

「それに、ナルトくんみたいにもなりたいし」
「ナルトに?」


今までの私にとって忍は……憧れの存在というよりは恐怖の対象だった。

戦争の影にはいつも彼らがいて……その彼らの大怪我を治療することで生計を立ててきた村に育ったのだけれど……彼らがどんなことをして、どんな目的で日々戦っているのかなんて、深く考えた事が無かった。

この里に来て、ここで暮らす人々を見て。彼らも普通の人間で、家族がいたり友達や恋人がいて、きっと大切な人を守る為に命がけで戦っているんだな、と何となく感じることができた。

ナルトくんが今日、修行の合間に、木ノ葉の里における『火影』について沢山教えてくれた。『オレってばぜってー火影になるんだ!そんで、皆にオレの事を認めさせてやるんだってばよ!』そういって夢を語るナルトくんは、何だかとても眩しかった。

他にも、第七班のこれまでの任務の思い出についても、沢山教えて貰った。ナルトくん曰くカカシ先生は『めちゃめちゃ強くて、仲間想いで、いっつもエロ本ばっかよんでるけど、あー見えてすっげーんだってばよ!』だそうで、目を輝かせてカカシ先生の活躍を語るナルトくんはとっても微笑ましかった。エロ本って……とは、怖くて詳しく聞けなかったけれど。

中忍試験というやつで髪をばっさり切ったサクラちゃんの話も、ナルトくんから聞いて、すごくドキドキした。女の子だけれど、すごくかっこいいなって思ったからだ。

そしてナルトくんは、今は事情があって里を出ているサスケくんという仲間の話もしてくれた。彼を含めて四人で、第七班なのだという。第七班が初めて経験した本格的な任務だったという、波の国での出来事について、ナルトくんは擬音もまじえて臨場感たっぷりに語ってくれた。



未来の私が何を想って忍になろうとしたのかはわからない。火の国の忍に悪い印象は抱いていなかったけれど、私の家族は……村の目と鼻の先にあった他国の忍に、殺された。忍は――力を持つ者たちは、私にとって憎しみの対象でもある。

それなのに、どうして私はこの里で、忍を目指したのだろう。未来の自分に聞いてみることが出来ないから、その答えはわからない。けれど、カカシ先生もナルトくんもサクラちゃんもイルカ先生も……この里で出会った人たちは皆温かくて、優しくて。

私はきっと、彼らと一緒にこの里の一員として生きていきたかったのかな、と、想像してみる。



「とりあえず、腹筋からやってみます!」
「……怪我してるんだから無理は駄目だよ」

そう言いながらもカカシ先生は仰向けになった私の足を抑えてくれた。数秒後、腹筋をする度にカカシ先生の顔が近づく事に気づき、無駄にドキドキして負荷がかかりすぎるという問題点に気づくのだった。











妹は何でも私とお揃いのものを欲しがった。

袖のふんわり膨らんだワンピース、ビーズのついた髪飾り、眺めているだけで飽きないおはじき。何だって色違いで持っていた。

喧嘩していじけた幼い妹の、白くてまあるい頬をつまむと、彼女は大きな目を見開いて抗議した。けれど、私がおどけて変な顔をすれば、すぐに笑い出して、最後はいつも二人して大笑いして仲直り。

晴れた日には、日が暮れるまで一緒に外で遊んだし、雨の日には、部屋でいつまででも一緒にお絵かきをした。夕飯が出来たと呼ぶ母の声に、二人で大きな声で返事をして、けれどまだ、二人だけの絵本をつくる手がとまらなくて、色鉛筆をしまう事が出来ないままで。
いつまでたっても食卓にこない私たちに、父は呆れた様子で階段をあがってきた。そして、父の両脇に二人して抱えられて、運ばれるのが何より好きだった。


熱を出した私に「おねーちゃんのお水はわたしが運ぶ!」といって何度も冷たい水を持ってきてくれた妹を思い出す。
抱きしめると温かくて、ミルクの匂いがした。
私の大切な、大好きだった妹。




『もしオレに本当の姉ちゃんがいたらこんな感じだったのかなって』






はっと目を開けると、部屋は真っ暗だった。頬が濡れている感触がして手で拭う。寝ながら泣いていたらしい。


妹の夢を見た。夢の中で妹はいつも生きている。けれど彼女がもう亡くなっていることを、私はいつもはっきりとわかっている。だから、どんなに幸せな夢をみても、いつも、胸が焼けるように切なくなる。もう二度と会えない事を、はっきりと覚えているから。夢を見ているときぐらい、忘れられたら良いのに。


喉が渇いている。水をとりにいきたいけれど、怖い夢をみたあとのように心臓がバクバクしていて、布団からでる気になれなかった。

怖い夢なんかじゃないのに。大切な妹の夢なのに。

こんな風に想ってしまうことが、申し訳なかった。妹にも、両親にも。


どうして私だけ生き残ったんだろう。夜中にそんな事を考えてしまうと、いつも眠れなくなった。こんな時、私はいつも祖母の布団にもぐりこんでいた。けれど、この世界にはもう、祖母もいない。



ぐすん、と鼻をすする音が大きく響いてしまってドキリとする。カカシ先生を起こしてしまったかな、と耳を澄ませるけれど、隣の布団で寝ているはずの寝息が聞こえてこない。


もしかして居ないのかな、と思ったら急に不安になって、がばりと体を起こしてみた。布団をみると、真っ暗だけれど確かにカカシ先生が寝ている影が見えて安心する。

「良かった……」

小さく声をもらして、また寝ようとしたら

「どーしたの?」

眠たげな先生の声がして驚いた。

「ごめんなさい、起こしちゃって……」
「怖い夢でも見た?」
「……怖い夢じゃ、無いんですけど」

先生はゆっくり体を起こして、座った。だんだん闇に目が慣れてきたけれど、細かな表情までは読み取れない。

「手、繋ごうか」
「え?」
「眠れないときは、手を繋いだら安心して眠れるって。前に葵が言ってた」

カカシ先生の手が伸びてきて、私の左手を捕まえた。その温もりに安心する。祖母のしわしわの手とは全然違うのに。

「でも、これじゃカカシ先生が寝れません……」

ベッドと布団では段差がありすぎる。

「葵が寝るまで座って起きてるよ」

先生の優しい声が、強張っていた心を暖めてくれる。
先生が側に居てくれると、とても安心できる。

きっと、未来の私もそうだったはずだ。
この手をどうして離せるだろうか。



「一緒に寝てくれませんか」
「……」
「やっぱり今のは無し「いいよ」」

はっとして先生を見る。相変わらず部屋は暗いのに、先生が優しく微笑んでくれているのが、何となく気配でわかった。

「そっちに寄って」
「はい……!」

一人分のスペースをあけると、そこにカカシ先生が入ってきた。
このベッドは二人で寝ても少しだけ余裕がある大きさなんだな、とこういう状況になって初めて気づく。


「寝れそう?」
「はい……寝れそう……です」

カカシ先生が私の手を、あやすように撫でてくれる。
それがとても心地よくて、気持ちが安らいで、守られている感じがして。
また、眠たくなってきた。

「おやすみ、葵」



先生はどうしていつも、こんなにも優しく私の名前を呼ぶんだろう。
眠たくて返事も出来なくて、先生の手をきゅっと握り返した。

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