9


アカデミー、火影岩、演習場に商店街。ナルトくんとサクラちゃんに案内してもらった木ノ葉隠れの里はとても広くて、私の住んでいた村とは比べものにならないくらい沢山の人が歩いていて活気に溢れていた。歩いているのは忍の人がほとんどなのだろうけれど、見た事の無い服装の人ばかりで、眺めているだけでも楽しい。


「このお店、可愛い小物がいっぱいあってお気に入りなんです」
サクラちゃんが教えてくれた雑貨屋さんは、軒先に風鈴が揺れていた。店内には様々な小物が売っていたけれど、ひときわ眼をひいたのは、きれいなガラス玉の数々だった。
「かわいい……」
一つ一つをのぞき込んでいる私の横で、ナルトくんは微妙な顔をしている。男の子には退屈だったかな、と思っていると、
「これはただの置物だけどさ。葵ねーちゃん、オレにお守りだって言って、こんな感じのガラス玉をくれたんだってばよ。それで……」
ナルトくんが暗い顔をする。昨日かいつまんで説明された、私が記憶喪失になっているという理由を思い出した。
「あんまり気に病まないでよ。私はナルトくんの事まもりたくてそれを渡したんだろうし、結果的にナルトくんを守れたんだから良かったんだよ」
にっと笑いかけると、ナルトくんは拳をぎゅっと握って、
「今度はぜってーオレが守るから……!」
と、真っ直ぐ私を見つめた。空色の澄んだ瞳が綺麗で、何だかドキっとしてしまう。
「私も、今度は葵さんに守られるだけじゃないように、強くなります」
サクラちゃんも凜とした声でそう言った。二人とも、私より四つも年下とは思えないほど、かっこいいな、と思う。


歩き疲れたしお腹も減った。そろそろお昼ご飯でも、と思っていると、「甘栗甘」と大きくかかれたのれんが眼に入る。サクラちゃんが「ここ、ここのあんみつは最っ高に美味しいんです!」と言って目を輝かせる。「あんみつ……!?」甘い物には目が無い私のテンションも否応なくあがる。私とサクラちゃんにじっと見られたナルトくんは「昼に甘い物かぁ……別にいーけど」と苦笑いした。

白玉クリームあんみつが二つと、おしるこが運ばれてきた。おしるこはナルトくんの前に置かれる。
「そう言えば良く、ここで葵さんとカカシ先生に会いました」
バニラアイスにスプーンをさしながら、サクラちゃんが言った。
「最近は見なかったけどなー」
「ナルト……」
サクラちゃんがたしなめるように言う。やっぱり、ここのところ未来の私とカカシ先生は上手くいってなかったのかな。
「カカシ先生と私が付き合ってたって事は、もう先生から聞いたんだ」
「……そうなんですか」
サクラちゃんが言葉を探すような顔をしているので、私は更に付け足した。
「私たち、うまくいってなかったんだろうか……」
サクラちゃんが少し頬を染めて、「葵さんはカカシ先生の事、たとえ記憶がなくなっても好きになるんですね」と言った。
「えっ……」
「だって、カカシ先生の事好きだって顔に書いてありますもん」
「……!」
恥ずかしくて赤面している私に構わず、サクラちゃんはさらに続ける。
「二人の間に何があったのかは、私たちも聞いて無くて……」
それまで口を開かず、おしるこに夢中だったナルトくんが口を挟む。
「カカシセンセーも葵ねーちゃんも。なんかに悩んでたみてーだったけど、任務の間中、お互いに何か言いたそうにしてて、それでいてお互いに遠慮してるみてーな……とにかく変な感じだったってばよ」
「そうなんだ……」
一体何があったんだろう。三人そろって真面目な顔つきで甘味を食べる。……悩んでいても美味しいものは美味しい。
「ほんとに……すっごく美味しいねここのあんみつ」
「ですよね!?毎日でも来たいけど、さすがに太るからなぁ」
「おしるこもオススメだってばよ!!」
「今度カカシ先生も誘ってみようかなぁ」
「……」
「……」
「え!?」
何か変なことを言っただろうか。サクラちゃんとナルトくんが意味ありげな表情で笑う。
「な、なになに?」
「いや……多分先生も喜ぶってば」
「そうね。葵さんの食べてる姿が好きだってのろけてたから」
カカシ先生、そんな事を言っていたのか。それはもちろん二十七歳の私に向けられた言葉なのだけど、何だか、愛されていたんだろうなぁ私は、と思えた。


サクラちゃんは綱手様の元で医療忍術を学んでいるらしい。今日も修行をつけてもらう約束をしていたそうで、甘栗甘を出た後、彼女は頭を下げてからアカデミーの方へ走っていった。

「大体案内してもらったみたいだし、ナルトくんの休みを潰すのも悪いから……ナルトくんももう帰っても良いよ?」
「オレってば暇だから大丈夫だってばよ。それに、まだねーちゃんを一楽に連れていってねーしな!」
ナルトくんの一押しのお店はラーメン屋さんらしいのだけれど、お腹がいっぱいで今は食べられる気がしない。
「あ、でもさ……葵ねーちゃんこそ、何か用事あるなら……もう解散でもいいってばよ」
そういったナルトくんは、何だか寂しそうだった。
「ううん。私は何の用事も無いよ。……じゃあさ、ナルトくんの修行してるとこ見せてほしいな」
「えっ?そんなんでいいのか?」
「だって、忍者の修行なんて見た事無いもん。すっごい見てみたい」
実際興味津々だったので、そう言ってみた。ナルトくんは何だか嬉しそうに「そんなに言うなら見せてやってもいいってばよ」と言って、ニシシと笑った。



忍術を間近で見た事の無かった私は、ナルトくんが見せてくれる全てに一々大騒ぎして喜んでしまった。修行と言うよりも、ナルトくんは色んな術を私に見せてくれたのだ。
影分身の術、というやつでナルトくんが10人ぐらいに増えた時には驚きすぎて、「すごいすごい、全員本物なの!?」と叫びながらナルトくんの体を触りまくり「そんなに驚かれると照れるってばよ……」と呆れ気味に言われてしまった。
ナルトくんが手裏剣をばばばっと投げるのも、「すっごいねぇ」と感心していると、「ねーちゃんもやってみる?」と手裏剣を渡される。「いいの!?」と言いながらそれを受け取って、意外と重たいんだな、と鉄で出来たそれをまじまじ見つめた。
演習場には私たちしかいなくて、使い込まれた的には手裏剣のささった跡が沢山残っていた。やってみたいとは言ったものの、怪我した右肩を動かすわけにもいかず、左手で挑戦してみる事にした。よーく狙いを済まして、見よう見まねで投げてみる。

「うわ!!あぶねーっ!!」
「わ!ごめん!」
大きく狙いを外した手裏剣が、ナルトくんの足元に落ちた。
「ねーちゃんってば、昔のオレより下手くそだな!」
ナルトくんが悪気無く言い放った。く、悔しい。
「うう……だって利き手じゃないし。でも、私って忍だったんだよね?教えて貰えばまた出来るようになるかも?」
教えて教えて、と懇願すると、ナルトくんは仕方なさそうに、でも嬉しそうに「わかったってばよ」と言ってくれた。

手裏剣の練習をしたり(たいして成果は出なかった)ナルトくんのお色気の術……とやらを見せて貰ったり、(美女の裸体を見せられてどう反応すれば良かったんだろう)木をすいすい歩いて登るナルトくんをぽかんとして見上げたり(これも少し教えて貰ったのだが、なんと私でも最初の枝ぐらいまで登っていくことが出来た。ナルトくんは何だか悔しそうにしていた)。色々しているうちに、もう日が暮れかかっていた。

「さすがにお腹もぺこぺこだね……」
「この空腹で一楽の味噌ラーメンを食べるのが最高なんだってばよ……」
へとへとの、土だらけになりながら、二人並んで演習場を後にする。

「今日さ、今日さ、楽しかったってばよ」
夕日の中で、ナルトくんがそういった。
「私も楽しかったよ。ナルトくん、すっごい色んな事出来るんだね」
「そーでもねーってば。……でも、こんな風に、ずっと見られてるのって、なんか……なんか、嬉しかった」
頬を掻きながら言うナルトくんは、笑っているのだけれど、なぜか少しだけ寂しそうにも見えた。
「もしオレに本当の姉ちゃんがいたらこんな感じだったのかなって。オレってば、家族は一人もいねーんだ」
「そうなんだ……」
こんなに小さいのに、ナルトくんは一人で生きてきたんだ。
私の妹が生きていたら、ちょうどナルトくんぐらいの年だった。ナルトくんの家族も、戦争のせいで亡くなったんだろうか。それとも、彼の家族も忍なのだとしたら、任務の中で……?
「ナルトくん、また見せてね。ナルトくんの修行」
「もちろんいいってばよ!」
額あてをきゅっと結び直すナルトくんの明るい笑顔を、私は眩しい思いで見つめていた。


「イルカせんせー!」

ラーメン屋にナルトくんと二人ではいると、店内にいた男の人をナルトくんが見つけて、嬉しそうに呼びかけた。

「おう、ナルトか。相変わらずよく一楽に来るなぁお前は」
「その言葉そっくり先生に返すってばよ!」

鼻に傷のある男の人が、にっこり笑う。優しそうな人だ。カカシ先生以外にも、ナルトくんの先生はいるんだなぁ、と当たり前かも知れないけれど思った。

「……彼女は?」

イルカ先生、と呼ばれた方が私に気づいた。
「もしかして、葵さんの親戚の方ですか?」
どうやら未来の私の知り合いらしい、私が口を開くよりも早く、ナルトくんが
「葵ねーちゃんのイトコだってばよ!そっくりだろ?」
といった。

え、と思っていると、ナルトくんが悪戯っぽく目配せをしてくる。話を合わせた方がいい……かな?

「そうなんですね。いや、本当に葵さんにそっくりで、可愛らしい方だ。あ、変な意味じゃ無いんですが」

促されてナルトくんと共にイルカ先生の隣に座る。ナルトくんオススメの、味噌ラーメンチャーシュー大盛りを私も頼んでみることにした。

「今日はさ、ねーちゃんに里を案内してあげたんだってばよ。それからそれから、影分身とかお色気の術とか色々見せたらさ、すっげー驚いてくれてさ」
ナルトくんが一生懸命話す様子をみていると、彼はイルカ先生の事が大好きで、とても慕っているんだなっていうのが伝わってきた。イルカ先生もニコニコしながらナルトくんの話を聞いていて、時折「お色気の術を女性に見せたのか!?」などと呆れながら突っ込んでいた。

「すみません、ナルトがご迷惑をおかけしませんでしたか?」
「いえ、私もすっごく楽しかったです」
イルカ先生は、見たところ、20代だけれど、カカシ先生よりは年下に見える。それでも私より年上なのは間違いなくて、それなのに丁寧な言葉を使ってくれるのがなんだか、素敵だな、と思った。

「葵さんのご親戚なんですよね。あ、失礼ですが、お名前を伺っても?」
イルカ先生に聞かれて、そりゃそうだ、名乗らないとあまりにも不自然だよ。どうしよう、と思っていると、ナルトくんが横から
「し、シラタマだってばよ」
「シラタマ……さん?」
いくらなんでもその名前は……と思いつつ、ナルトくんも変わった名前ではあるしなぁと思って、私は必死に笑いを堪えた。お昼に私が食べていた白玉あんみつから咄嗟に思いついたんだろう。
「シラタマさんは、木ノ葉の里には初めていらしたんですか?」
「え、ええ……そうなんです」
それは、私にとっては嘘ではなかった。あまり色々ときかれたらボロがでそうだな、と思っていると、「ヘイ、おまち!」というかけ声と共に、チャーシューがたっぷりのったラーメンが目の前に置かれた。
「わー、すっごい美味しそう」
「美味しそうじゃ無くて、美味しいんだってばよ!」
「ナルトの言うとおり、自信作なんで熱いうちに食べてください」
店主のおじさんがにっこり笑う。
「「いただきまーす!」」
ナルトくんの分もすぐに運ばれてきて、二人同時に食べ始めた。
こってりスープが太目の麺によく絡んで、なるほどすっごく美味しい。
「美味しい〜!」
「べっぴんさんだから味付けタマゴもサービスしといたよ!」
「えっ、いいんですか!?」
「ずるいってばよ!オレもオレも!」

「本当に美味しそうに食べますね。そういうところも葵さんにそっくりだ」
イルカ先生がなんだか、とても優しい顔で微笑む。
ふいに、昼間サクラちゃんに言われた『葵さんの食べてる姿が好きだってのろけてたから』という言葉を思い出してむせてしまった。あれはカカシ先生の話だったけれど。

イルカ先生は私を詮索するようなことは何も聞かず、自分がアカデミーという忍者の学校で教師をしていることや、ナルトくんがどんな生徒だったかという話、木ノ葉の里についての、いろんな話をしてくれた。ナルトくんは時折照れたり、慌てたりしながらも、イルカ先生が自分の事を話すのが嬉しいらしく、ご機嫌な様子でラーメンをすすっていた。なんだか、羨ましいくらいに二人は仲が良くて。イルカ先生はきっと、家族が居ないと言っていたナルトくんにとってはお父さんみたいな存在なんだろうな、と思って、微笑ましかった。

それにしても、すごく良い人なのは間違いないイルカ先生を騙したままなのは心苦しい。ナルトくんはいつネタばらしをするのだろう。そう思っていると、カラ、と音がして入り口の引き戸が開いた。
「ここにいたか」
低くて優しい声がした。
「カカシ先生!」
振り返ると、カカシ先生が「お待たせ」と言って右目で微笑む。

「カカシ先生、こんばんは」
「……どうも」

イルカ先生に気づいて、カカシ先生は小さく頭を下げた。先生同士、やっぱり知り合いらしい。
「オレもラーメン一つ貰おうかな」
カカシ先生は私の横に腰を下ろした。店主のおじさんが、「はいよ!ラーメン一丁ね!」と元気に応じる。
「葵、ナルト達に案内してもらってどうだった?」
ぶっとイルカ先生が水を吹き出す音がした。
「……?」
カカシ先生が不思議そうな顔をして、私は困り笑いをする。ナルトくんが「ヤッベェ……」と青ざめて、イルカ先生が「ナルトー!!」と顔を真っ赤にして怒鳴った。



「そうなんですか。葵さんがそんな術に……」
「えっと、嘘ついてごめんなさい」
「いや、あなたはナルトのイタズラに付き合ってくれただけなんですから、良いんですよ」
イルカ先生にゲンコツをされた頭を抑えて、「ちょっとしたジョークだったのに本気で殴ることねーじゃんか……」とナルトくんが涙目で呟く。


「ほらナルト、行くぞ……では、また。何か出来ることがあったらいつでも言ってくださいね。アカデミーの中の案内ぐらいなら、私にも出来ますから」
イルカ先生は微笑んで、私とカカシ先生に軽く礼をした。
「ナルトくん、今日はありがとうね!」
「また一緒に修行しような!」
大きく手をふりながら、さっていく二人を見送る。
「修行……したの?」
カカシ先生がちょっと驚いた様子で、私を見た。
「はい!手裏剣投げさせて貰ってー、木登りもしました!」
「どうりで服が汚れてるわけだ」
カカシ先生がにっこり笑う。
「楽しかった?」
「はい。とっても」
「そりゃ良かった」

先生と並んで歩く。結局服を持ち帰らなかったから、まずは私の家へ向かう。歩きながら今日一日の事を、順を追って話していく。カカシ先生が楽しそうに相づちを打ってくれるのが嬉しくて、何でも話したくなってしまう。

「今度、先生とも甘栗甘行きたいです!」
「いいね……」
穏やかに笑うカカシ先生。手も繋がないけれど、ただ隣を歩いているだけで幸せだ。

『俺も、お前のことが好きだよ。いくつになっても、記憶を無くしても。……何度だって好きになる』

カカシ先生はそう言ってくれたけれど、きっと、先生の「好き」は私では無く、二十七歳の私に向けられている。
それでも良かった。今は、私が先生の隣にいるんだから。

それに、二十七歳の私は何かをして、先生を傷つけてしまったようだし……。


「イルカ先生って穏やかで爽やかで、素敵な方ですね」
一日の振り返りが一楽のところにまでさしかかり、私がイルカ先生の話をしたら、カカシ先生は途端に眉を寄せた。なんだろう。もしかして仲が悪いとか?

「……いくつになってもお前って、あの人がタイプなの?」
「え!?」

ど、どういう事?と思っていると、急に先生に手を繋がれた。まさか手を繋がれるとは思っていなくて、一気に顔が熱くなる。

「せ、先生。人に見られますよ」
「見られて何か問題ある?」
「いえ、ないですけど……」

すっかり夜の道だけれど、時折人が通る。

「どうしたんですか」
おずおずと聞いてみると、
「別に。繋ぎたかっただけ」
と何でも無いことのように返された。

昨日から何度か触れている先生の手は大きくて、指が細長くて、ごつごつしていて。男らしい手だな、とおもって、ドキドキとしてしまう。

私はカカシ先生が好きだ。昨日出会ったばかりなのに、どうしてこんなに惹かれてしまうんだろう。先生と一緒に居ると、嬉しくて、切なくて、胸が痛くなる。

私はいつかきっと元の私に戻る。その時、私の記憶はどうなるんだろう?……また、全てを忘れてしまうんだろうか。一緒に屋上で星をみた事も、こうして手を繋いで歩いたことも。

それでも、先生はきっと、私に元に戻ってほしいはずだ。
私たちの間に何があったのかはわからないけれど、カカシ先生が私を大切に思ってくれていたことを、この短い期間でも色んな時に感じていた。だから……十七歳の私の記憶なんて、なくなってしまっても、先生にとってはきっと……。

「……何考えてるの?」
「え?」
「イルカ先生の事でも考えてた?」
「違います。……カカシ先生の事考えてました」

なんだかちょっと腹が立って、カカシ先生の手に爪をたてた。先生は「痛っ」と言いながらも笑う。

この記憶がいつか消えてしまうとしても、私が今感じているものも見ている物も全て本物で。
先生が好きだという気持ちも、本物なのに、なぁ。
鼻の奥がつんとして、私は慌てて、今日の楽しかった記憶を――甘栗甘のあんみつや、ナルトくんとの修行を――思い出して、となりの先生に悟られないように、平常心を装った。

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