▼ メロンパン
「はい、おみやげだよ」
俺が茶色の紙袋を差し出すと愛しい恋人は顔を綻ばせて喜ぶ、はずだった。
「またメロンパンー?」
唇を尖らせて彼女が不満げな声を上げる。俺は驚いて目を瞬いた。
「メロンパン……好きじゃなかったの?」
最初に『あそこの焼きたてメロンパンがめちゃくちゃ美味しいんだ』と俺に報告してきたのはお前だったはず。
それからこうして、彼女の部屋に顔を出す度、手土産に買うようになったのだ。
「好きだけど……今週もう何度目?」
いくらなんでも買いすぎだ、と恋人に咎められ、情けない気持ちになって俺は頭をかいた。
「んー……三回目だっけ?」
「いくらなんでもそんな頻度で食べてたら太っちゃうよ!」
ぷっくりと膨らませた頬は成る程丸みを帯びている。もちもち柔らかそうなそれを摘まんで延ばしてみたくなるが、そんなことをすれば彼女は激昂するだろう。
「……でも、何だかんだ言って、食べるんでしょ?」
俺が紙袋を顔の前でゆらゆらさせると、彼女はぷいっと顔を背けた。ありゃりゃ、素直じゃないね。
「焼きたてだよ。いい匂いするのになあ」
わざと袋をあけて、彼女の顔のそばに近づける。なおも黙っているけれど、鼻がひくひく震えている。あー、かわいいなあもう。
「冷めちゃうよ。ほんとにいらないの?」
俺が顔をのぞきこむと、「うざい」と随分なことをいう。
「あ、そ、じゃあ俺が全部食べちゃおうかな」
「……カカシ先生甘いもの嫌いじゃん」
「食べれないって訳じゃないし、いつもお前が美味しそうに食べてるからさ、一度ぐらい食べてみようかと思ってたのよ」
「……半分食べる?って何度聞いても、絶対食べなかったくせに」
拗ねている様子の彼女があんまり可愛らしいので、心臓が止まるかと思った。
「なーにお前、俺とはんぶんこしたかったの?」
俺がきくと、彼女は見る間にその顔を赤く染めた。年若い恋人のうぶな反応に、三十路の心はぎゅうと締め付けられてしまう。
「先生が半分食べてくれるなら食べる……」
目を潤ませてそんなことを言う。計算してやってるわけではないようだからたちが悪い。こんなに若くて純粋な子に手を出してしまった罪は重い……。
けれど、もう後悔などしても引き返せないところまで、俺はズブズブにこの子にはまってしまっている。
柔らかい頬を片手で掴んで引き寄せると、驚く彼女の唇を塞いだ。舌をひきずりだして、絡ませて、ちゅっと音をたてながら吸い付くと、腰をわずかにくねらせた。
「んっ……はぁ……せんせ」
「……やっぱり、先にこっちが食べたくなっちゃった」
「めろんぱん、冷めちゃう……」
「お前だってこっちのが、早く食べたいでしょ?」
素直じゃないんだから、と、小さな手を掴んで引き寄せて布越しに触れさせる。
「うわ、硬っ……」
くすくす笑うその唇をまたふさいだ。
「お店の人に顔覚えられちゃってさ」
「えー、ほんとに?」
ベッドで緩く抱きしめあいながら、笑いあってする会話が好きだ。
「ほんと。今日メロンパンかったらね、『いつもありがとうございます』って言われちゃった」
「……その店員さん女の子?若い人?」
「何お前、妬いてるの?っんとに可愛いねぇ」
「べっつにー!妬いてないけど!」
寝返りをうってあっちをむいてしまった恋人の背中を抱き寄せる。
ついでに柔らかい胸に手を伸ばすと、手の甲を摘ままれた。けれど、弱い力なので全然いたくない。
「指にちから……はいんない……」
「いっぱい気持ちよくなって、くたくたになっちゃった?」
「先生のばか……」
「はいはい」
かわいくて堪らないなぁ。耳に口付けると彼女は「やぁっ……」と期待通りの声をだす。そのままぺろぺろ舐めるとびくびく震えて、またむらむらと、欲が湧いてきてしまう。
「はぁ……どこまで俺を惚れさせたら気がすむの……」
「ほんと、ベタぼれだね……」
「……自信満々だな」
「そりゃ、たった一度好きって言ったものをあんなに毎回買ってこられちゃね……愛されてるなぁってわかるよ」
「……飽きちゃった?」
「え?」
ぐるんと、振り向いた彼女が、綺麗な瞳を丸くして俺をのぞきこむ。
「心配しなくても……先生にもメロンパンにも一生飽きないよ」
「……メロンパンと俺を同列に扱わないでくれる」
「どっちも大好きなんだもん」
「……」
「でも、先生は誰ともはんぶんこ出来ないし……誰にも渡さないから」
随分と男前なことをいって笑う彼女につられて、俺も笑った。
彼女は俺がほしい言葉をいつだってくれる。
当然俺だって、お前を誰にも渡す気無いよ。
20180219
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