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 ボーダー

雨の降る真夜中、突然部屋を訪ねてきたカカシは、ぼろぼろの忍服を血と泥で汚していて、その顔には色濃く疲労が滲んでいた。

大丈夫?
大丈夫じゃない。
随分お疲れだね。
うん。

そんなやり取りの後、大きなくしゃみをしたカカシに、熱いシャワーを勧めると、「湯船に浸かりたいから風呂沸かしてよ、一緒に入ろう」と甘えたことを言うので、我儘だなぁと思ったけれど、普段の彼はそこまで我儘を言う方ではないから、珍しく素直に甘えてきた時ぐらい、とことん甘やかしてあげるのも悪くないと思って、私は言われた通りにお湯を沸かした。

お風呂は数時間前に入っていたし、私はいいから一人でゆっくり浸かりなよ、と言ったら、「一緒に入ってくれないといやだ」と子供みたいな事を言うので、結局折れて、自分の体より大分嵩のある大男の長い腕を首に回して支えて、やはり長い彼の足を引きずるようにして、なんとかお風呂場へ運んだ。


カカシがこんな風に弱っているのは、チャクラを使いすぎて体力の限界がきているというのもあるのだろうけど、それ以上に、今夜の任務はなにか精神的に大きな負担を感じるものだったのだと思う。顔を一目見た時、そう思った。

こんな夜に、真っ直ぐ自分の部屋に帰って一人で寝てしまうのではなく、私の部屋に寄ってくれた事が素直に嬉しかった。弱っているときにカカシが一番に会いたいと思うのは私なんだ、とか思って嬉しくなってしまう。普段あまり、自分がカカシの特別だと自覚することは少ないけど、ちょっとはうぬぼれてもいいのかな。まあ、都合のいい女ってだけなのかもしれないけど、単純な私は、カカシに甘えられたというだけで嬉しいのだった。

プラスチックの椅子に座ったきりピクリとも動かないから、もしかして洗えって事なのかと思って、お望み通り、熱いお湯を頭からかけたら、もっと丁寧にしてよと苦情を言われて、はいはいと二つ返事をしてから、シャンプーを手にとって銀髪に指を通した。

髪を洗って泡を流してしまって、「体も?」と聞くと、濡れた髪の隙間から、妙に色っぽく見つめられて、そのくせ「体は自分で洗う」と言うので、あぁそうですかとおもって、私は自分の体を軽く流してから湯船に沈みこんだ。

熱いお湯につかって、ふぅ、と息をはいて、今何時なんだろうと思いながら目を瞑る。カカシが体を洗う柔らかい音と、石鹸の清潔な香りが浴室を満たしている。静かで、温かくて、眠たくなってくる。

「背中洗って」

今日は随分素直に甘えてくるなぁと思いながら、私は浴槽から体を半分だけだして、カカシから泡だらけのタオルをうけとって、向けられた傷だらけの背中を、首の根本から丁寧に擦ってあげた。古い傷にまじって新しく増えた生傷もいくつかあって、避けたつもりでも近くを触るとカカシは小さく声を漏らした。

「また無茶ばかりしてるの?」
「……」

都合の悪いことには答えないんだよね、昔から。最後にお湯で背中を流してあげた。それから、カカシがやっと湯船に入ってこようとしたので、入れ替わりに出ようと立ち上がったら、肩に手を置かれて無理やり座らされてしまった。大人二人が入るには狭い浴槽から、お湯が大量に流れ出ていった。ああ、もったいない。

「私もうのぼせそうだよ」

向かい合っているカカシの顔を睨むと、やっぱり私の言葉には答えずに、「あっち側向いて、ここにきて」と自分の言いたいことだけ言う。結局言われるままに、私は体を反転させてカカシの胸に背中を凭れかけさせた。カカシの手が前にまわってきてお腹のあたりで組まれる。肌が擦れる生々しい感触にびくりと震えると、耳元でくすくすと笑われた。いやらしい触りかたをされている訳じゃないのに、反応してしまうのがなんだかくやしい。カカシの顎が肩にのって、「はー……落ち着く」という低い囁きが聞こえる。それは良かったね、と思うけど、逆上せかけている体はだいぶ怠くなってきて、私はぼんやりと、湯気で曇るタイルの表面をながめていた。

しばらく大人しくしていたカカシは、湯船のなかに沈んだ私の手をとって持ち上げて、指の一本一本を確かめるように触った。
カカシの大きな手に包まれていると、私の指はほっそりと、いつもよりも小さく見えた。他人と比較しても、取り立てて小さな手をしているわけではないのだけれど。

「かわいい」

急にそう言われて、もぞもぞと恥ずかしくなって、「指だけ?」と拗ねてみたら、カカシはまたくつくつと、楽しそうに笑う。

「指だけじゃないよ」

それからまた、ぎゅうっと全身を抱き締められて、私は、甘やかしているのか甘やかされているのか、よくわからなくなってくる。
たまらなくなって、何だか、胸のなかが急に苦しくなった。こうしてカカシにくっついていられることが、とても幸せだな、と思うのに、それとおなじだけ、なぜか不安になる。

「なんか……くるしい」

カカシの腕を軽くつまんで訴える。けれど、カカシは少しも、腕の力を緩めてはくれなかった。

「俺だって苦しいよ」
「……なんで?」

びっくりして振り向くと、一瞬彼が泣きそうな顔をしているように見えた。でも、すぐに蜃気楼みたいに、その表情はかききえて、カカシは注意深く、緩やかな笑みで覆い隠してしまう。

「何でだろうね。……何一つ、足りないものなんて無いのに」

もしかして、もしかすると、カカシも私とおなじなのかな。おなじように、好きだけど、幸せだけど、不安になったりする事があるのかな。これから先も、ずっとこうしていられるのか、不意に怖くなったり、カカシもするのかな?

体ごとしっかり振り向いて、正面からすがりつくように抱きしめた。またお湯が溢れて、水位が減っていく。

「何で俺達って二人なんだろうね?」

逆上せかけた頭で、言葉の意味を考える。抱きしめあうためにバラバラで生まれてきたんじゃないかな。そんな歌詞の歌があったような気がする。でも、先に誰かが言ったことと、同じ言葉を言ったら、この気持ちが軽くなってしまうような気がして、実際はそんなこと無いんだけど、きっと。

もしかして今、かなり熱烈な愛の言葉を言われたんだろうか。

私はただ黙って、カカシの事をまた、きつく抱きしめた。
そしたら、カカシは私以上の力で、苦しいくらい強く抱きしめ返してきた。何だかまた、胸のなかが痛くなって、ますます、なにも言えなくなる。

こんなに人を好きになるなんて。

これが私にとって、最後の恋になるような予感があった。カカシはどうだか、わからないけれど。

誰かを好きでいることって、どうしてこんなに苦しいんだろう。もういやだな、やめたいなって思うくらいなのに、やめられないし。時間が、止まってしまえばいいのに。


20180503
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