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 カカシと温泉

「温泉気持ちよかったね」

手で顔を扇ぎながら隣をみる。わたしと色違いの浴衣をきたカカシが目を細めて「そうだね」と笑った。

最近疲れてたみたいだったから……のほほんと笑っているカカシが見られて嬉しくなった。少し遠出してしまったけど、一緒に来られて良かったなぁ。

「明日も早いし部屋に戻ったらもう寝ようか」

二人きりのエレベーターの中で、カカシが言った。

明日も朝から観光をするつもりだから、カカシの言うことはもっともなので、わたしはうなずいた。残念だな、と思ってしまうのが顔にでないように気をつけながら。

一日中一緒にいて、あんなにたくさんカカシと話をしたのに。それでもまだ、起きて話していたいだなんて、いいかげん子供じみているだろうか。

だけど本当にここのところ、カカシとゆっくり話せる時間は殆ど無かった。元々忙しい人だけれど、最近は特に忙しかったみたいだから。

部屋に戻ると、食事の膳はきれいに片付けられていて、布団が二組くっついて並んでいた。

もう、並んだ布団を見てどきどきするほど、初々しい関係でもないのだけれど……カカシと二人きりで旅行にきている、と実感してしまって、なんだか嬉しくて……何となく気恥ずかしくて。布団から目をそらして、もじもじ考えながら寝る支度をした。こうしてゆっくりカカシと夜を過ごすのも、随分と久しぶりだ。

選んだ宿は正解だった。並んだ薄緑のお布団はふかふかと気持ち良さそうだし、部屋に飾られた絵も、花瓶にいけられた花も、どれも品がよくて、居心地のよい空気にみたされている。

テーブルに梅ゼリーが置いてある事に気づいて、カカシに報告しようと顔をあげると、彼は冷蔵庫から取り出したビールのプルトップを開けていた。

「あれ、もう寝るんじゃなかったの?」
「んー、星がきれいだなぁと思って。一杯だけ飲まない?」

おいで、と手で招かれれば、単純なわたしはすぐに嬉しくなってしまう。窓際のイスに座るカカシの向かいに腰をおろした。
星が綺麗に見えるように、部屋の明かりは消してしまった。カカシの銀色の髪だけが、夜の薄明かりのなかでも白く輝いている。

「ビールなんて買ってたんだ?」
「うん。お前にはこれ」

お酒が弱いわたしの目の前に、アルコール分の少ない桃の缶チューハイが差し出される。本当にいつも準備がいいんだから。

カカシの言った通り窓の外はいくつも星が出ていた。ぼんやりと眺めながら、とりとめない話をした。カカシの穏やかな低い声が耳に心地よくて、なんだかとても、幸せだった。

「くくく…眠そうだね」
「ん……」

うとうとしていると、カカシが優しく笑ってわたしを見ている。わたしの一番大好きな笑顔だ。

「もう寝ようか?」
「うん……」

そうだよね、明日も早いんだもんね……。ちょっとだけ、寂しい気持ちになりながらうなずいた。カカシが立ち上がって、わたしの隣にたったかと思うと、急に顔を近づけてきた。

「……!」

そのまま口づけられる。切なくなるほど優しいキスに、胸の奥がきゅんとした。

これだけ長い間そばにいるのに、未だにカカシとキスをするたび、その色ちがいの両目に見つめられるたびに、ドキドキするといったら、カカシは笑うだろうか。

ふわりと優しい口づけのあと、わたしは座ったまま、カカシの腕のなかに抱きしめられていた。お風呂上がりの良い匂いがする。それでなくたってカカシからはいつも、わたしをうっとりさせるあまやかな匂いがするのだけれど。

「カカシ……浴衣似合うね」

少しはだけた襟からのぞく、カカシの鎖骨に唇を寄せた。

「それって普通は男の台詞じゃない?」

カカシのくすくす笑いが耳元で聞こえる。つられて笑いながら、
「カカシはなにもいってくれないからさぁ」
と憎まれ口を叩いてみたら、カカシの腕の力が急に強くなった。
「うぐっ…」と情けない声を漏らしたわたしに、カカシの忍び笑いが大きくなる。

「浴衣似合ってる。可愛いよ」
「今更とってつけたように言わなくてもいいよ」
「本当だよ。可愛すぎて脱がしたくなる」
「……」

恥ずかしすぎて絶句していると、カカシが腕の力を緩めてわたしの顔をのぞきこんだ。やっぱり意地悪な笑みを浮かべていて、悔しいけれど、……好きになってしまったものはしょうがない。

「もう寝よう……?」

そう言ってカカシはわたしの手をそっとひいて立たせる。

その時ふっと気づいた。……温泉から上がってから、何度も寝ようって言われてる気がする。寝ようって、あれ、どういう意味だっけ?

ふわふわする頭で、カカシに手を繋がれたまま、布団の方まで連れていかれた。

間接照明の柔らかい灯りだけが、部屋を照らしている。


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