外堀埋める

二人分のお弁当を買って執務室に戻ると、カカシさんの机の上に何かが山のように積み重ねられており、その前で、カカシさんは腕を組んで座っていた。

「またすごい量ですね……」
「でしょ。一応全部目を通さないと、あとで見たかどうかチェックが入るんだよ」
「ひえー……」

聞く前からそれが、お見合い写真の台紙であることはわかっていた。淡い桃色や、抹茶色、藍色の台紙に鶴や小花の刺繍が躍っている。また相談役が持ってきたのだろうか。この光景を見るのも何度目だろう。

「カカシさんに結婚してほしいんですかね、上層部は……」
「そうなんだろうね。連中は体面ばかり気にするから」

火影たるもの家庭を持ち、身辺を安定させよ、というお考えらしい。

「ま!オレとしちゃあ、大きなお世話だよって話なんだけどさ」

溜息をつくカカシさんに同情しつつ、買ってきたヒレカツ弁当を差し出す。カカシさんは揚げ物はあまり好きでは無いけれど、この店のヒレカツ弁当はお好きらしい。もう半年以上になる執務室勤務で私が覚えたことの一つだ。

「ありがと。ハルも椅子持ってこっちおいで」

カカシさんはお見合い写真を脇に寄せ、机の上を軽く片付けながらそう言った。最近は少し書類仕事が落ち着いているようで、昼食の時はきちんと仕事の手を止めるようになったカカシさんは、こうして私と並んで、食事をとってくれる事が増えていた。
そう大きくは無い火影様の机に、二人で椅子を並べると少々せまい。けれど、ニコニコ笑うカカシさんに手招きされては断れない。今日も私は椅子を並べてから、二人分のお茶を急いで淹れて持ってきた。

「カカシさんは結婚願望無いんですか」

横に座るカカシさんをちらりと見ながら聞いてみる。

「気になる?」

ふっと微笑まれて、私は何だかどきどきしてしまって、お弁当に視線をもどした。

「年も年だしね……考えないことはないけど」
「そうなんですね……」

確かにカカシさんは三十四歳だ。男性としては結婚適齢期、ど真ん中なのでは……。沢山あるお見合い写真をいつも面倒くさそうに見ては居るけれど、もし好みの美人がいたならば、会ってみることもあるのだろうか。以前、恋人はいないといっていたし、当然あり得る展開だ。なのに、カカシさんがお見合いをするということを想像してみると、胸の内が嫌な感じにざわつくのだった。

「今までに、お見合い受けてみた事もあるんですか……?」
「ま、断りきれない相手もいたりするからね。あるにはあるけれど……」

やっぱりあるんだ。心臓が冷えたような感覚がして、箸が止まってしまう。そこから、お付き合いに発展したこともあったりしたんだろうか。私が知らないだけで、カカシさんはそりゃあ恋人がいたこともあったはずで、これまで結婚に至らなかったのは、偶然にほかならない。

「どうしたの、暗い顔しちゃって」

私の心を知ってか知らずか、にやにや笑いのカカシさんに顔を覗き込まれる。

「いえ別に……あはは……」

カカシさんが今は独身だからって、私が相手にしてもらえるって訳でもないのに……大体、このお見合い写真の山に、紛れ込めるような縁も家柄も私には無いわけで……もやもやしてしまう自分の心がカカシさんへ向いているのは明白で、それでも私は自分の気持ちを誤魔化したくて、熱いお茶を飲んだ。

「ハルはあるの?結婚願望」

唐突にカカシさんに聞かれて、お茶を吹き出しそうになった。

「え!?私ですか……?」

お茶を置いてカカシさんを見ると、
「そ。……二十七歳、イイ年齢だよね」とにこりと笑っている。

「親もそう言ってプレッシャーをかけてくるんですけどね……」
「はは、かけられてるんだ?」

誰と誰が結婚したという世間話をご近所から仕入れてきては、「あんたはイイ人いないの?」と痛いところをついてくるのが、最近の母の定番である。

「この間なんか、ついに見合い写真まで貰ってきて、びっくりしたんですよ」
「え……ハル、見合いするの?」

カカシさんが目を丸くして驚いている。……その反応は一体。なんかちょっと失礼ではなかろうか。

「庶民は庶民で、お見合いしたりもするんですー」
「何その言い方。オレだってしたくて大名の娘と見合いしてる訳じゃないんだけど……」

ああやっぱり、カカシさんの元に届けられるお見合い写真は、大名の娘さんとかなんだなぁ。改めて火影様との身分差を感じて凹んでしまう。

「で、いつ?まさかもう見合いしたとか?」
「え?まだお返事もしてないですよ。……この間、親に写真館つれてかれて写真撮らされたのはこういう事だったんだなと……全然気づかなかった自分の鈍感さに呆れています」

家族写真を撮った後、せっかくだからアンタ一人でも写っておきなさい、と母親に言われて撮ったのだ。腑に落ちないままの顔でとったあの写真、どうやら勝手にどこかの殿方の元へ送りつけられていたらしい。

「……」

カカシさんは言葉をなくしたように黙り込んでいる。それほど驚く事だろうか。

「……会う気はあるの?何歳ぐらいの男?職業は?ハルは誰でもイイから結婚したいとか思ってるわけ?」

突然捲し立てるような勢いで聞かれて、ちょっと身を引いた。

「いや、あんまり乗り気では無いんですけどね。母がうるさいので断り切れないかもしれません」

カカシさんだって断り切れない時は会うって言ってたじゃ無いですか、と言いかけて、それとこれとは関係ないかと思い一旦口を閉ざす。

「職業は、忍の方では無いみたいです。旅館業なのかな?あんまり詳しく読んでないんですけれど……。三十歳の方だそうで。誰でも良くは無いけど、まぁカカシさんと一緒で私も、結婚を考える年ではありますよね」

つい先日も友達から結婚の報告を受けたばかりだ。今年は既に二回、式に参列する予定が入っている。心からおめでたいと思っているけれど、重なるとご祝儀貧乏になるのが痛いんだよね。

「誰の許可があって……」
「え?」

カカシさんは何かを言いかけて、それからぶすっと黙り込んでしまった。目に見えて不機嫌な様子に、何かまずいことを言ってしまっただろうかと不安になる。

「三十歳か。……ふうん。ハルの三つ上、いい年齢差ではあるよね」
「まぁ……そうですね」

私はふと、机の端に追いやられたお見合い写真の山を見つめた。

「カカシさんのお見合い相手は、何歳ぐらいの方が多いんですか?」
「オレ?……ま、上も下もいろいろだね」
「いろいろ……」

弁当を食べることを再開したカカシさんにつられて、私もまたご飯に箸をつける。

「やっぱり若い子の方がいいですか」
「……若けりゃいいってもんでもないでしょ」

そんな風にカカシさんが言うことが嬉しいような、……七歳下の私はカカシさんにとって若すぎるだろうか、とまた余計な事を考えてしまうような。

「ハルは?何歳までなら対象になるの?……恋愛や、結婚の」

カカシさんと目が合って、なんとなく逸らせなくなる。
微笑むでもからかうでも無い静かな眼差しの奥で、カカシさんが何を考えているのかはわからない。

恋愛でも結婚でも、三十四歳は対象内です。……なんてこと、言えるわけが無い。

そもそも私が素敵だと思う三十四歳はあなただけです。


「いやいや……やっぱり言えるわけが無い……」
「え?」
「えーと……年齢とかは大きな問題では無いと思います」
「……うん、そうだね」

カカシさんは何かを考えるような表情で瞬きをしている。

「相手が何歳でも……好きになってしまったら関係ないと思います」

カカシさんに向かってそう言うのは、少しばかりの勇気が要った。それは私がカカシさんに対して、はっきり言葉にするのは恐れ多い想いを、少なからず抱いてしまっているせいだ。

カカシさんは私の言葉に、うんうんと何度も肯いてくれた。それから優しく微笑んで、
「ハルの言うとおりだね」と言ってくれた。




休日に家族で食事に出かけた。みやま家の全員が気に入っている、ちょっとだけお高いハンバーグ屋さんだ。火影の執務室勤務になってからも私の休日はかわらず、週休二日をいただいている。もっとも、火影であるカカシさんの休みは少なくて、私が休んでいるときも出勤されて仕事をされているようだし、休んでいようが緊急事態には呼び出されるのだから、本当に頭があがらない。
今日もカカシさんは執務室に籠もられているのだろうか……と、ぼんやりカカシさんの事を思った時だった。
思い浮かべていた人物が、私達のテーブルの横に立ったのは。

「どうも、こんにちは」
「え……か、カカシさん!?」

今日は火影の帽子と外套をまとっていないけれど、相変わらず全身黒っぽい服装の、いつものカカシさんがそこに立っていた。ビックリしている私と同じく、父も母も驚いた様子で、
「カカシ様……!」
「こんにちは、六代目様……!」と慌てて居住まいを正している。

「どうされたんですか?」
「オレも今日は休みでね。……飯でも食おうとこの店に入ったら、ハルが見えたもんで」

カカシさんはふいに覆面を引き下ろして、爽やかな笑みを浮かべる。

「改めまして、六代目火影のはたけカカシです。ハルさんにはいつも助けていただいてます」

そう言ってお辞儀をする姿はとてもスマートで、ばたばたと立ち上がって慌てて礼をする両親とは対照的だった。

「こちらこそ、娘がいつもお世話になってます」
「カカシ様のお父さんには私達もお世話になって……」

忘れかけていたけど父も母も、私と違って若い頃はバリバリの忍だったのだ。父は今は前線を退き、暗号解析班に所属して後進を指導する職務に就いているし、母にいたっては完全に引退している。それでも二人とも若い頃は戦場に出ていたから、カカシさんのお父様と任務に出ることも、あったのかもしれない。

「カカシ様なんて呼ばないでください。ハルさんにもそうお願いしてるんですよ」

ははは、とカカシさんが笑う。覆面をおろしたカカシさんの顔に見慣れているのは私だけで、両親ははじめてみる火影様の素顔にも驚いているようだった。見慣れているといっても、私も未だにカカシさんの整った容貌にはどぎまぎしてしまう。

「カカシさんは、お一人ですか?よろしかったらご一緒にいかがですか?」
「良いんですか?……では、お言葉に甘えて」

そうして、向かいに父と母、私の隣にカカシさんと、四人でテーブルを囲むことになった。まだ注文したばかりで良かった。カカシさんは店員さんを呼ぶと、すぐに注文をしてしまった。店員さんは、六代目火影がいることにまず驚き、覆面をおろしている事にも驚き、なんとも平凡な私達家族のなかにカカシさんが加わっている事にも驚いている様子だった。

料理が来るまでの間、カカシさんはにこにこと普段の私の様子を両親に話して聞かせた。
よく気が利いて……仕事が丁寧で早くて……字が綺麗で助かっている……お茶を淹れるのも上手……といった具合に、あの少ない仕事を褒める言葉がよく思いつくなぁ、と驚くくらい流暢にカカシさんが話すので、社交辞令だというのに母は嬉しそうにうなずき、「昔から要領だけは良い子ですから」と言っていた。父も、「間抜けな娘ですが、存分に使ってやってください」と肯いている。

やがて料理が運ばれてきて、四人分の鉄板焼きハンバーグがテーブルに並べられた。
じゅうじゅうという音と良い匂いがあたりに立ち篭める。
ハンバーグを切ってわさび醤油につけて口に運ぶ。大きめに切り取りすぎたために、口の中が火傷しそうに熱くなった。

「はふっ……熱い」
「バカねぇ。欲張るからよ」

母に咎められていると、横からすっとお冷やのグラスが手渡された。

「あ、ありがとうございます」

カカシさんににこりと微笑まれて、恥ずかしくなりながら、その手からグラスを受け取る。冷たい水が口の中をいやしてくれる。

「……昔からそそっかしいところがあって。この年でもまだ心配ばかりかけてるんですよ」
「やめてよお母さん」

ちょっと、何を言い出す気なんだろう。不穏な気配を感じていると、案の定母は言わなくて良いことを口にする。

「こんな子でも、嫁の貰い手がはやく見つかるといいんですけど。ねぇ、お父さん」
「……そうだな」

ちょっと、娘の上司を困らせるようなこと言わないでよ……!私が焦っていると、カカシさんは
「縁談の話があるんですよね。ハルさんに聞きました」と言った。

「ええまぁ、この子はあんまり乗り気じゃないみたいですけどね……」
「だって、私は別に焦ってないし……自分が結婚したいと思える相手に出会えればしたいけど……」
「もしかしたらしたいと思える相手かも知れないじゃない。まずは話してみないと」

ああやだ、カカシさんの前でこんな話したくないよ……。みっともない話、しないでよー。そう思っていた直後、カカシさんが言った言葉には耳を疑った。

「正直、ハルさんに結婚をされてしまうとオレは困ります」
「……え?」

私も母も父も、全員ぽかんとしてカカシさんを見つめる。

「オレには彼女が必要で……ハルさんが居なくなってしまうと、困るんです」

カカシさんは目尻を下げて微笑む。
一瞬その場に沈黙が落ちた。


いや、仕事上の話だよね、当然。
そして、社交辞令にきまっている。私にそんな重要な仕事は与えられていないのだし、ここはきっと笑うところだ。
けれど両親は真剣な顔でカカシさんを見ている。ちょっとお父さんお母さんしっかりして、勘違いしないで!

「あはは、カカシさん……私結婚しても」
仕事は辞めませんよ、と言おうとしたのに、カカシさんはそれを遮って言葉を続けた。

「申し訳ありませんが、責任は必ずオレがとりますから」

え……。

カカシさんは頭を下げている。
何これ、どういう状況!?

そして、両親も頬を染めている。

待て待て!おかしいでしょ!

「か、カカシさん……娘を宜しくお願いします」

お母さん、何言ってるの!?

「こんな娘で良ければ、いくらでも責任とってください……!」

お父さんまで!

「ありがとうございます。……どうか、ご両親は何も心配なさらないでください」

カカシさん、意味わかっていってる!?
上司として、言ってるの?どういう事!?

パニックになっている私を無視して、カカシさんは父と母と固く握手をしている。
少なくとも、絶対にうちの両親は勘違いをしている。

私は胃の辺りが痛くなりながら、三人の様子を代わる代わる見た。





「もう、ハル……あんた早く言いなさいよ〜」
「何をよ……」
「何って決まってるじゃない。ね、お父さん!」
「ははは、これでみやま家は安泰だな!」

家までの帰り道、ぐったりとした私と対照的に、両親はとても盛り上がっていた。
明日、カカシさんにどういうつもりだったのか聞いてみよう。……うちの両親完全に勘違いしちゃってますけど、本当に責任とってくださるんですか、ねえ……!?
問い詰める言葉があれこれわいてでるけれど、カカシさんを上手く追及できるかどうか、自信は無かった。







翌日。




「おはよう」

何だか朝から機嫌が良さそうなカカシさんに挨拶をされ、私はげんなりと挨拶をかえした。

「おはようございます」
「昨日は家族水入らずの所、お邪魔しちゃって悪かったね」
「いえ……あの、カカシさん、昨日は……」
「ちょっとハル。何でそれしてるの?」
「え?」

カカシさんが私の首元を指さす。

「このマフラーですか?」
「そう。……シカマルに選んで貰ったってやつでしょ、それ」
「ええ。そうですけど……」

そういえばカカシさんにあのストールを買っていただいてから、私は毎日あっちを巻いてきていた。シカマルくんが選んでくれたマフラーをするのはかなり久しぶりである。

「今夜飲み会がありまして……たまにはちょっと華やかに、柄物もいいかなぁと」
「飲み会?……男も来るの?」
「いや、今日のは女子会です」

不機嫌な火影様に怯えながら席につく。

「ふーん。オレのは普段使いで、シカマルのは特別な日に使うんだ?」
「そういうわけじゃ……。カカシさんに貰ったの、嬉しくて、毎日巻いてたってだけです」

顔が熱くなりながらも言うと、カカシさんは目を丸くして、それから、ふっと嬉しそうに笑った。

「そう。……ならいいけど」

そうして何事もなかったかのように仕事に取りかかろうとするカカシさんを、私は慌てて止めた。

「あの!カカシさん!」
「ん?」
「昨日の……責任とるって、どういう意味ですか」
「……そのままの意味だけど」
「そのままって……?」
「そのままは、そのままだよ」

カカシさんはもう答える気などないようで、やはり上機嫌な様子で書類に向き直ってしまった。
私だけがもやもやとしたまま、それでも、ひとまず今日の仕事に取りかかるのだった。

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