答え合わせ月曜の朝、私はどきどきしながら執務室のドアを開けた。朝日のさしこむ執務机に火影様は肘をついている。
傍らにはシカマルくんが控えていて、二人は何か会話をしていたのだけれど、入ってきた私に気がつくと「おはよう」とそれぞれ挨拶をしてくれた。 シカマルくんが居てくれてほっとしたような、少し残念なような。そんな事をいったらシカマルくんに怒られてしまうだろうな、と思いながら、私はいつものように席に着いた。
机の上にはいつも通り、本日の事務作業の指示書が置かれていた。わかりやすく簡潔な指示の中に、昼食のリクエストが書いてあって、つい顔がほころんだ。今日は一緒にお昼ごはんが食べられるらしい。
「じゃあ、宜しく頼むよ」 「はい。またある程度進捗したら、報告に上がります」 「ご苦労様」
シカマルくんが去り際に、私をちらりと一瞥した。
「……?いってらっしゃい」 「……ああ」
小さく息をつくと、シカマルくんは執務室を出て行った。扉がしまった途端、室内に穏やかな静けさが満ちて……カカシさんと二人きりだ、と意識した途端、にわかに緊張を覚えた。
「ハル」 「……はっ、はい!」
名前を呼ばれて、慌ててカカシさんの方を見ると、彼は片肘をついて頬を支えながら、穏やかに微笑んでいた。
「土曜日はありがとう」 「……こちらこそっ!ありがとうございました」 「あの後ずっと一緒に居られなくてごめんね」
土曜日、二人でホテルをチェックアウトしたあと、カカシさんと遅い朝食を食べた。食後にゆっくりコーヒーを飲んでいたところで、カカシさんは緊急の知らせを受けて、アカデミーに行かなければならなくなった。(ちなみに、その知らせは最近里で普及している小型の通信機によってもたらされた。大戦後はそういった機器もめざましく発展した。近頃では一般人でも手の届く価格まで下がってきたので、私も買おうかと思っているのだ)
『家まで送れなくてごめん』 『とんでもないです』 『気をつけて帰って。ゆっくり休んでね』
甘やかに微笑みながら言われて、私はカカシさんに見とれながらなんとか頷いた。
そうして夢のような金曜の夜と土曜の朝は終わり、ぼうっとしたまま日曜日が過ぎ、迎えた今朝、やっぱり夢でも見ていたんじゃないかと、信じられない気持ちで出勤したのだった。
「体は大丈夫?」
そう聞かれて、一気に顔に血が集まる。カカシさんはからかっている訳でもない様子で、私の事をじっと見ている。
「だ、だいじょうぶ、です……」 「ホントに?」 「えっ?」
からかっている訳でもない、というのは気のせいだったようだ。カカシさんは立ち上がると、ニヤニヤ笑いを浮かべながら私の方へ近づいてきた。
「え、ちょ、ちょっと」 「本当に大丈夫かどうか、確かめないと、ね」 「はっ!?何言ってるんですか」
席を立って、逃げようとしたけど一瞬おそく、カカシさんの腕の中に閉じ込められてしまう。
「やっ……」 「ハル。土曜日は楽しかったよ」 「あ、あの、離してくださいっ」 「どうして?」 「どうしてって、勤務中ですよ!」
カカシさんの腕の力は弛む気配がないどころか、さらに強くなって、ぎゅーっと私を抱き締める手は、背中を辿り、腰に回され、やがてお尻に……
「や、だめー!!」 「何でダメなの?」 「セクハラ!!セクハラです!!」 「恋人同士にセクハラも何もないでしょ」
私が激しく身を捩ると、カカシさんは観念したように拘束をといてくれた。 不服そうに、でも熱っぽい目で私を見下ろしている。
「仕事中は……イヤです!」 「仕事終わってからならイイんだ?」 「……」
そりゃあそうだけど、頷くのも恥ずかしくて黙っていると、カカシさんは楽しそうに喉をならして笑っている。
「からかわないでくださいよ」 「からかってないよ。……それにしても、大好きな子と二人っきりなのに、我慢しなきゃいけないなんて」 「我慢してください。……火影様ともあろう方が、執務室で仕事もせずに、事務とイチャイチャしてるなんて誰かにバレたら名折れです!」 「バレなきゃいいんじゃない?」 「いいわけないでしょ!」
私は本気で怒っているのに、カカシさんは口元を抑えながら笑っている。
「ハルのそういう真面目なところも好きだけどね」 「……!」 「すぐ赤くなって、ほんと可愛い……」
カカシさんは一体、どうしてしまったんだろう。 付き合った人には、こんなに甘い言葉を湯水のようにかける方だったのか。 そもそも……
「あの……カカシさんが私の事ずっと前から……って、本当ですか?」 「本当だよ。……あんなに身体に教えてあげたのに、まだ信用ないの?」
いちいち恥ずかしい事をいうカカシさんを睨む。カカシさんにはまるで効いていないようで、にこにこと微笑まれるだけだった。
「じゃあ……私をこの仕事に指名したのも……」 「……いや、ハルみたいに気が利く子が居てくれたら助かるな、って言うのも、本当に思ってたことで」 「でも、明らかに仕事が少なすぎます……」 「……」
カカシさんは初めて、困ったように頭を掻いた。 それから、叱られた犬のような目で、私をじっとみた。
「ハルをどうしても側に置きたくて……」
カカシさんの言葉にくらくらして、私は目をそらした。この人は一体何回、私をときめかせれば気が済むのだろう。
でも一体どうして、そんなに私の事を好きになってくれたのか、いまいちキッカケがわからない。
「許してくれる?」 「……許すも何も……まだ、混乱してて……」 「そうだよね。……ごめんね、拗らせちゃってて」 「拗らせ……」 「でも、もう逃がすつもりはないから」
にっこり笑うカカシさんに、ちょっと背中が寒くなる。 逃げるつもりは……ないけれど……。
「でもでも、公私混同は良くないですよ」 「……」 「これからは、……仕事中はカカシ様って呼びます!」 「え?」 「けじめとして、そうさせてください」
散々「様」をつけるなと言われてきたので、カカシさんは嫌がるかな、と思ったけれど、意外にも彼は微笑んで「何その提案……可愛すぎるんだけど」と言った。
「えっ……」 「いいよ、ハルがそう呼びたいなら呼べば?」
にやにや笑うカカシさんに、たじろいでいると、その顔を間近に近づけてくる。
「ほら、呼んでみなよ、カカシ様って」 「……」 「自分で言い出したんでしょうよ」 「……か、カカシさま」 「なーに?」
意地悪く微笑んでいるカカシさんに耐えきれず顔を背ける。
「やっぱりやめます……!」 「何で?」 「何か、いやらしいです!」 「いやらしいって……くくく……」
ツボに入ったらしく、カカシさんは体を曲げて笑っている。 何だかぐったりと疲れてしまった。 溜息をついていると、ふいにカカシさんの手が頬にのびてきて、そちらを向かされた。 じっと見つめられた後、唇に軽くキスを落とされる。
「……無理だよ」 「……え」 「婚約者と二人っきりなのに、手を出さないなんて無理」
そのまま二度目の口づけをされて、流されてしまいそうになる。けれど、なんとか、カカシさんの胸をたたいて、私は抵抗を続けた。
「カカシさんの事、ちゃんと、サポートしたいんです……」
消え入りそうな声でいうと、カカシさんは優しく目を細めた。
「……公私共に、よろしくね」
六代目火影の有無をいわさぬ口調に、私は絶句する。 これから一体、どうなってしまうんだろう……。
「そういえば指輪はいつから用意してたんですか……?」 「もうご両親にも挨拶したからね、早めに用意しておいたんだよ」
――責任取るって、本当にこういう意味だったんだ。
ただただ驚いている私の表情を見て、カカシさんは楽しそうに笑っている。
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