急展開の夜展開がはやすぎて、ついていけない。
何だかくらくらすると思っていたところに、あの衝撃だ。 私は一気に酔いがまわってしまい、レストランを出た頃にはふらついていて、カカシさんの腕に支えられて何とか立っていた。素直にその腕に凭れてしまいながら、夢の中にいるようなふわふわとした感覚に酔っていた。
「隣の建物なんだけど……歩ける?」 「へ?……なんですって?」 「歩けないなら抱えてあげるけど」 「やっ……歩けます歩けますっ……」
カカシさんの腕に凭れながらも、足を踏み出す。ピンヒールなので、余計に危なかったけれど、この間みたいにお姫様抱っこをされてしまうのだけは勘弁して欲しい。
カカシさんの片腕が腰の後ろに回されて、私はびくりと体を震わせた。
「ほら、ゆっくり歩いて」 「……はい」
耳元に低い声が落とされる。その甘い響きに、体の奥が熱くなるのを感じた。
二人きりのエレベーターがゆっくりと降下する中、頭の中はまだ、信じられない気持ちでいっぱいで、先ほどのカカシさんとの会話を反芻していた。
『オレと、結婚してください』
『……え!?』
真剣な表情のカカシさんと、目の前に開かれた箱の中に光る、眩いダイヤモンドの指輪を交互に見る。
『なんかの……ドッキリですか?』 『……ドッキリなわけないでしょうよ』 『だってこれ……慰謝料で……?』 『何を言ってるの?』
カカシさんが呆れた様に溜息をつく。
『だって……だって……』 『オレのこと好きなんでしょ?』 『えっ……』 『違うの?』 『……違わない、です』
喉がからからになっているのを感じながら、私はそう応えた。 カカシさんは私の返事を聞いて、満足そうに微笑む。
『じゃあオレと結婚してよ』 『な、何でそうなるんですか……!』 『何がおかしいの?』
本当に不思議そうな顔をしている。イケメンはきょとんとした顔ですらイケメンなんだなあ、とぼんやり思いながらも、私はカカシさんにくってかかった。
『私がカカシさんを好きだからって、何で、急に結婚することになるんですか!』 『……?』 『私達、付き合ってもいないのに……カカシさんも、私の事が好きなんですか?』
ドキドキしながら聞くと、カカシさんは目を瞬いて、
『ああなんだ、そんな事』 『そんな事って……』 『好きって言うか、愛してるけど』 『……え!?』 『オレはもう、ずっと前から、ハルの事を愛してるって言ってるの』 『あ、愛……』 『そう、愛』
にっこりと微笑むカカシさんの事を、穴が開くほど見つめる。
『……いつからですか』 『それはもう、随分前からね』 『具体的には……』 『んー、上忍師をしてた頃からかなあ』 『……嘘ですよね?』 『嘘じゃーないよ』
にこにこ、微笑むカカシさんの真意がわからない。嘘だとしか思えないけれど、万が一、嘘じゃないとして……どうして、今まで何も……。
『大戦を経て……オレも色々考え方が変わってね』 『……はあ』 『一度は命を落としたし……死んでも良いと思ったりもしたけれど』 『えっ……』 『しぶとく生き抜いちゃったからね。……やっと、親友に託された事も、一つは守れたし』
カカシさんは何かを思い出すような優しい目をした。
『そろそろ自分の幸せってやつを、素直に欲しがってみてもいいかなと思ってさ』 『……それが、私……?』
信じられない気持ちで言うと、カカシさんは頷いて、甘やかな笑みを浮かべた。
『昔は見てるだけで良かったんだけどね。……どこかでずっと笑っていてくれれば、幸せになってくれればいいやって』 『……何で私なんかを……こんな、なんの取り柄もないのに……』 『ハルは自分で思っているより、充分魅力的な女性だよ。……オレにとっては誰よりもね』
さっきから私は、夢を見ているんだろうか。 あくまで優しい眼差しで、カカシさんは私を見つめている。 こんなの、信じろといわれて信じられるだろうか。
『……本気、なんですか』 『本気だよ。オレってそんなに信用ないかな?』
ちょっと困った風にカカシさんが笑った。ずきんと胸が痛む。
『信じたいです……』 『そう……?』 『なので、……まずは、お付き合いから、お願いします』
なんとかそう言って、頭を下げる。 少し間があって、カカシさんがくすくす笑う声がした。
『顔上げて』 『……はい』 『こちらこそ、宜しくお願いします』
カカシさんが右手を差し出してくる。私も右手を差し出すと、固く握手をされた。
『絶対、オレと一緒になりたいと思わせてやるよ』
急に強い口調で言われて、私は目を瞬いた。 カカシさんは唇の端をあげて笑った。悔しくなるほど魅力的な笑顔だった。
『とりあえず、この指輪は受け取ってよ。……婚約者って事で』 『えっ……』 『この年で付き合うんだから当然、結婚を前提のお付き合いでしょ』
いつかの女友達のような事をいうカカシさんに唖然としていると、彼はちょっと傷ついた様子で『……はめたくなるまでは、閉まっておいてくれていいからさ』と言った。 そんな表情で、そんな事を言うのはずるい。 私は結局、また小さく頭をさげてから、その箱を恭しく受け取った。
『カカシさん……あの……』 『ん?』 『……結婚してって言われたのは……やっぱりまだ、びっくりしちゃってるんですけど』 『……うん』 『私も、カカシさんのことが好きです。……それは本当です』
恥ずかしさを押し殺して何とかそう言うと、カカシさんは、本当に嬉しそうに笑った。七つも上の人のはずなのに、何だか凄く可愛いな……なんて思ってしまった。
エレベーターは一階につき、私はカカシさんに支えられたまま建物の外に出た。 真冬の夜の冷たい空気に体が縮む思いだった。
「もうちょっとだから」 「……?」
何がもうちょっと何だろう、と思いながら、カカシさんに促されるまま一歩一歩すすんでいく。 ハイヒールなんて履いてくるんじゃなかっただろうか。 けれど、いつもよりカカシさんの顔が近くて……何だか嬉しかった。
少しも歩かないうちに、私達は豪奢なつくりの建物の、エントランスをくぐり抜けていた。 さっきのレストランがあったフロアよりもさらに、ふかふかした絨毯に、ベルベットのソファーがいくつも並んでいる。
「え……」 「ちょっと待っててね」
カカシさんは私をソファーに座らせると、一人で歩いて行ってしまった。 目を向けると、カウンターごしに男性と何やら話している。
酔っ払った頭でも、ようやく状況が飲み込めて、さーっと血の気が引いていった。
「お待たせ」 「……カカシさん、ここ」 「スイートルームをとってあるんだ。明日は休みだし、ゆっくりしていこう」 「ま、え……!?」
カカシさんは私を立たせると、にっこり微笑んだ。
「そんなんじゃ家まで帰るの大変でしょ。……プロポーズは成功しなかったけど、部屋とっといてよかったよ」 「でも、そんな、急に」 「オレと付き合ってはくれるんでしょ?」 「それは……付き合うとはいいましたけど」 「じゃあ恋人なんだからいいじゃない」
カカシさんがじっと私を見つめる。 ふと、フロントの男性に会話が聞こえていないか不安になった。 六代目火影ともあろう人が、ホテルのロビーで……私のような凡庸たる女から抵抗されているなんて。それこそすきゃんだるだ。
「……わかりました」 「じゃ、行こうか」
嬉しそうに笑うカカシさんに支えられ、目眩をこらえながらエレベーターへ向かった。
やはり最上階にあるその部屋は、それこそ映画やドラマでしか目にしたことの無いような、豪華な室内だった。 入ってすぐの部屋にはソファーとテレビだけが置かれている。それだって、私の自宅には無いような高級品だった。 ふらついている私をみかねて、カカシさんはとりあえずそこに座りなよ、と私を座らせた。部屋の片隅にあった冷蔵庫から水を取り出している。ちらりと中身が見えたけれど、中には飲み物がぎっしり入っていた。
「はい」 「……ありがとうございます」
手渡されたミネラルウォーターを受け取る。 ボトルの蓋をあけようと思うけれど、かたくて力が入らない。 ――自分は恐ろしく酔っ払っているらしい。
「貸して」 「あ、すみません」
カカシさんが蓋を開けてくれて、もう一度手渡された。 今度は指が触れて、どきりとしてボトルを取り落としそうになった。
「……こわいの?」 「……え…っと……」
私は、カカシさんの事が怖いんだろうか。 この部屋についてきたと言うことは、そういう覚悟があるという事なわけで……。今更、怖いだなんて。
「そんな涙目で見つめないでよ」 「……」 「ハルが嫌がる事は絶対にしないよ。……大分酔っ払ってるし、我慢も、できないこともないし」 「……」 「……すぐ人を疑いの眼差しで見る」
カカシさんが頭を掻く。 だって。
でも、怖いというわけでは。
何と言ったらいいかわからず、ひとまず水をごくごく飲んだ。 カカシさんは優しい表情で私の事を見つめている。
「本当だよ。ハルが……オレの事を本当に好きになってくれるまでは、何もしないよ」 「いや、だから……好きですって……」
言いながら顔が熱くなる。カカシさんは目を瞬いて、それから嬉しそうに微笑む。
「そんな事言われたら止められなくなっちゃうでしょうよ」
そして、カカシさんの顔が近づいてきて、唇と唇が優しく重なった。
「……はぁっ……こわい」 「……やっぱり、こわいんだ?」 「こんなの……うそみたいで」 「うそって……?」 「だって……」
憧れの人と、こんな……。
それから先のことは、ほとんど覚えていない。
目を覚ますと、ベッドの上だった。
驚いてがばりと体を起こす。上品な刺繍の掛け布団が柔らかな音をたてる。
私はキングサイズのベッドの上に一人で寝て居た。窓にかかる薄いカーテンから、日の光がやわらかく差し込んでいる。
はっとして自分の体を見ると、下着だけ身につけていた。ぶるりと身震いをする。
私はベッドの半分より左側に眠っていた。右隣にはだれも眠っていない。……けれど、そこに誰かが寝ていた痕跡が、なんとなくあった。
「……カカシさん」
昨日のことは夢だったんだろうか、と思うけれど、夢だったなら、こんな豪華な部屋に一人で泊まっているはずがない。私はそっとベッドから抜け出して、それから、きちんとハンガーにかけられている自分のワンピースを発見した。
ワンピースをかぶり、そっと部屋を抜け出すと、シャワーの音が聞こえた。 途端にばくばくと心臓が音をたてる。
――どうしよう、どんな顔で待ってたらいいの……?
タイミング良くシャワーの音が止み、衣擦れの音がした。 慌てて私はまたベッドルームへ逆戻りする。
鏡台の前に、昨日貰った指輪の箱が置かれている。 引き寄せられるように箱を手にとり、蓋をあけた。
ダイヤモンドが日差しをあびて煌めいている。真実の輝きだ。
背後でドアの開く音がした。
「起きたの?……おはよう」
振り向くと、濡れた髪をタオルで拭きながら、カカシさんが微笑んでいた。
「……おはようございます」 「くくく……朝から顔真っ赤」
というか、カカシさんパンツしかはいていない……! けれどその、鍛え上げられた腹筋から目をそらせずに固まってしまう。
まるで初めて目にしたみたいに。
――あれ、私、何にも覚えて無い……!?
「昨日はすぐ寝られちゃって――あんなに我慢を強いられた夜は初めてだったよ」 「えっ……何も無かったんですか?」 「……何かしたかったのに、させてくれなかったのはハルでしょ」 「……そんな」 「意識の無いまま抱くのも悪くないけどね。……はじめてがそれじゃあ、さすがに可哀相だし」 「何ではじめてだって知って……!」 「え?……そういう意味でいったわけじゃなかったんだけど。え、そうなの、お前って――」
カカシさんは目を見開いて、――それから、ものすごく嬉しそうな顔をした。 私は自分の顔が真っ赤になるのを感じていた。
「そっかあ。……それじゃあ怖いのも仕方ないよね」 「あ、あの……」 「最初は優しくしてあげるから安心して?」 「ちょ、待ってください」 「チェックアウトまでまだ時間あるからさ」
カカシさんに抱きすくめられて、私は、違う、そういう問題じゃ無くて……!と心の中で叫んでいた。
展開がはやすぎて、ついていけない!!
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