未来予想図水150cc、和風だし小さじ4分の1、しょうゆ小さじ1と2分の1。
レシピ本に書かれた分量を正確に計り入れていく。
砂糖ひとつまみ、塩ふたつまみ、片栗粉小さじ1……これって、最初に混ぜて置くべきだったよなぁ。手際の悪い自分に呆れつつ、止めていたコンロの火をまた点けた。フライパンの中で炒め終えていたシメジとエノキに、混ぜ合わせたあんかけの素を注ぎ入れる。
あとは、ぐつぐつ煮えるまで二十秒ばかり待つだけだ。
……あ、ネギを入れ忘れるところだった!
そんなこんなで、ようやく完成した茸あんかけを、焼いておいた鮭にたっぷりと掛けた。
「うん、初日としてはなかなか上出来なのでは……!」
自画自賛していると、背後でドアが開く音がした。
「良い匂いだねえ」 「あっ、カカシさん……お待たせしてすみません、もう出来ましたので!」 「……エプロン」 「え……?」
振り向くと、カカシさんは部屋に入ってきた体勢のまま、目を見開いて立ちすくんでいる。
「それ、どーしたの?」
カカシさんは私の着ているエプロンの事を言っているらしい。
「これですか?……昨日買ってしまいました」
わざわざエプロンまで買って、はりきりすぎって思われちゃうかな。 私は気恥ずかしくなりながら、頬を掻きつつ返事をした。
カカシさんに昼食を任せて貰えることが決まり、この土日は家で料理を特訓した。 特訓といっても、母に隣で色々言われながら、昼食と夕食を作った程度なのだけれど。
『いきなりどうしたの?もしかして……火影様につくってあげるのかしら?』
母ににやにや笑いで言われた時は、やっぱりまだ勘違いしていると思って恥ずかしくなったけれど、火影様につくってあげるというのは間違っていないので、私は曖昧に笑って誤魔化した。 両親に夢を見させたままなのは罪悪感を感じないでもなかったが、カカシさんの一件以来、母からのしつこい結婚しなさい攻撃が止んだので……ついつい、誤解を解くことなく今日にいたるのだ。
『せっかくだからエプロンでも買ったら?』
母にのせられるまま買いに行ってしまったのは、私自身少なからず、カカシさんの昼食係を任された事に浮かれてしまっていたのだと思う。何と言っても、新しい仕事が増えるというのは嬉しいものだ。
シンプルなボーダー柄の物を選んだのだけれど、リボンを前で結ぶ形状になっているところが、かわいいので気に入った。 リボンといっても甘すぎるデザインではないし、とりたてて変なエプロンではないはずだけれど……。
「何か変でしょうか……?」
黙り続けているカカシさんが恐ろしくなり、私はおずおずと聞いてみた。
カカシさんははっとして、それから、不自然に目を逸らした。マスクの上から口元を手で抑えて「いいや……よく似合ってるよ」と言った。その頬は、仄かに赤く染まっている。
……え、カカシさんもしかして、照れてるの!?
いつも、私の服装をさらりと褒めてくれるというのに。一体どうしたんだろう。
こんなにわかりやすく照れるカカシさんを見るのは初めての事だった。 ……私も急に恥ずかしくなってきて、顔がかあっと熱くなるのを感じた。
「……あ、ありがとうございます」
どきどきして、返事をする声も上ずってしまう。
「……料理運ぶの手伝うよ。それとも、この部屋で食べる?」
まだ少し、照れている様子を引き摺ったままカカシさんは言った。 私もまだ動揺しながら「……じゃあ、ここで食べましょうか」と何とか答えた。
執務室の隣にあるこの部屋は、カカシさんが普段仮眠室として使っている場所だ。 奥のベッドはカーテンで仕切られていて、こちら側には、台所と食事が出来るようなテーブルが備えられていた。
「……じゃあ、並べちゃいますか」
カカシさんは首の後ろをかきながら、こちらに近づいてきた。 私はやっぱりまだどぎまぎしていたけれど、お椀にお味噌汁をよそうべく鍋に向き直った。
本日の献立は、なめこのお味噌汁と焼鮭の茸あんかけ、ほうれん草のおひたし、じゃこと白菜の小鉢に白ご飯だ。何の変哲もないメニューだけど、全て出来上がるまでに結構な時間がかかってしまった。今までもうちょっと、家で料理をしておけばよかった。
「美味しそう」
向かい合って座るカカシさんは並んだ料理を見ながらそう言うと、優しく目を細めた。
「お口に合うと良いんですけど……どうぞ、召し上がってください」 「じゃ、いただきます」
カカシさんはちゃんと手を合わせてそう言うと、覆面を引き下ろした。 まずはお味噌汁のお椀を持ち上げて一口啜っている。 私はどきどきしながら様子を伺った。
「……うん、美味しい」
ちょっとほっとしてしまうけれど、気になるのは味噌汁以外のおかずだ。
「ハルも食べなよ」 「あ……はい」
私も小さくいただきますを言って、自分のつくった料理に手をつけた。 ……時間はかかったけれど、きちんとレシピ通りに作ったので、美味しく出来ていると思う。
「この鮭のあんかけ、すごく美味しいよ」 「ありがとうございます……!」
カカシさんがにこにこしながら食べてくださるので、胸の奥がじーんと温かくなった。 ……もっと料理が上手になりたいな。本を見なくても、ちゃちゃっと色々作れるようになりたい。
「あの、明日は何が食べたいとかありますか?」 「明日?……ハルの作るものならなんでも……って言われると困っちゃうか」
くすくす笑うカカシさんを見ていると、胸が高鳴ってしまう。
「じゃ、明日は肉料理がいいな。……生姜焼きとか?」 「生姜焼きですね!わかりました!」
生姜焼きなら前に、簡単なレシピを母に教えて貰った事がある。本を見なくても作れそうだ。 それにしても、いつもは執務室で食べるから横並びなんだけど、こうして向かい合ってカカシさんと食べるのは、やっぱり少し新鮮な気持ちになる。
普通の住居みたいな雰囲気の、ここで食べているから余計にそう感じてしまうんだろうか。
「……新婚さんってこんな感じなんでしょうかね」 「……っ!?」
つい思ったままを口にしてしまったら、カカシさんが目の前で激しく噎せた。
「大丈夫ですか!?」
慌ててお茶を差し出すと、カカシさんはそれを勢いよく飲んだ。
「あっ!まだ熱いのに!」 「……げほッ!」 「鮭の骨でも刺さっちゃったんですか……!?」 「……はぁっ……いや……すまない……」
やっと落ち着いたカカシさんが力なく笑う。
「さっき、オレもそう思って……」 「……何がですか?」 「だから、新婚さんみたいっての」 「え……」
カカシさんは、何となく甘ったるい視線で、じっと私を見つめた。
「ハルがエプロンして料理つくってくれてたからさ……奥さんみたいだな、なんて」
そう言ってカカシさんは、ふっと柔らかく微笑んだ。 言われた言葉を理解した途端、火が付いたように体が熱くなった。
「ま、またセ……」 「セクハラだって?」 「……」
カカシさんはちょっと拗ねた様子で言うと、じっと私の目を見た。 私は何を言えば良いのか解らなくなり、口を開きかけたまま固まった。
「……ま、明日からも宜しくね、ハル」 「あ、は、はい……」 「すごく美味しいよ。作ってくれてありがとう」
そう言って笑うカカシさんは、もういつもの余裕を取り戻していた。 その声は、まるで恋人にでも向けるみたいに甘く優しく響く。
……勘違いしてしまいそうになるから、どうか止めて頂きたい。
もう私、転んだら痛いじゃすまないお年頃なんだけどなあ……。
「ありがとうございます。明日からも頑張ります……」
私の返事に、カカシさんは満足そうに、にっこり微笑むのだった。
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