よく笑う大人
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呆然としているあたしの目の前で、カカシは一瞬首を傾げてから、「ふあ……」と思い出したようにあくびをした。きれいな顔が子供みたいにあどけなくなる。カカシでもこんな無防備な顔をするんだな……。

あたしの知ってるカカシ(少年)は、この目の前のカカシ(大人)より、ずっと子供に近いはずなのに、もっと表情が硬かったと思う。クシナさんの前でだって、良く笑ってはいたけど、なんていうのかな、こんな隙のある表情はしていなかったと思うのだ。

「なんだ、まだ7時にもなってないんだ。蝉が朝から騒がしいね。コーヒー入れるけど、晴も飲む?」
「あ、はい!……じゃなくて、うん」

言い直したのは、「はい」と言った途端にカカシが眉を寄せたからだ。カカシにとってみたら、あたしは同い年のままなんだから、急に敬語なんか使ったら不審に思うのは当然だ。だから、慌てて「うん」と言いかえた。

「……まったく、どんな夢を見たんだか」

少し呆れたような口調で言って、カカシはまた、優しく目を細めた。

「大人カカシって良く笑うんだ……」
「は?」
「あ!な、何でも無いです」

慌てて手をぶんぶん振って誤魔化した。カカシはもう一度怪訝な目であたしを見てから、「ま、いいや」と小さく言って、ベッドから降りた。少し猫背気味の背中を見て、そういえばこの人、裸も同然なんだったと今更恥ずかしくなって下を向いた。カチャ、という金属音と、衣擦れの音がして顔をあげると、カカシが黒いズボンを履いているところだった。良く忍の人が着ている服だ。

床を見れば、脱ぎ散らかしましたという感じに、服がいくつか落ちている。……あのワンピースらしきものは、もしかしてあたしのものだったりするんだろうか。

カカシは軽い足音を立ててドアから出て行った。その後姿を見送りながら、どうせなら下だけじゃなくて上も着てよ、と思った。思春期の少女の前で、いい大人の男が上半身裸なんて、デリカシーなさすぎる。といっても今のあたしは、思春期の少女じゃないんだろうけれど。


パタン、とドアが閉まって。
部屋にひとり残されたあたしは。
やっと、はぁぁ、と深い息をついて、肩の力を抜いた。

(どうしよう……というか、一体どうなってるの……)

考えなければならない無数の疑問に、軽くめまいを覚えた。





まず、部屋の中を見渡した。やっぱりここは一度も見たことの無い部屋だ。広すぎず狭すぎないこの部屋は、ベッドと僅かな家具があるだけで、これといって変わった特徴も無い。ベッドの横には小さなテーブルがあり、その上に何かがのっていた。

「ラムネ……」

見覚えのある水色の瓶。中身は空だった。持ち上げてみると、瓶の真ん中でガラス玉がからりと鳴った。

ベッドのヘッドボードを見ると、ここだけは少しごちゃごちゃとしている。ウッキー君と書かれた大きな鉢植えと、時計と、それから写真たてが二つあった。

「あ、ミナトさん!!と、カカシだ」

その写真には、あたしの知っている少年のカカシが写っていた。そうそう、この生意気そうな目。いっつも眉間にしわを寄せてるこの表情の方が、あたしは見慣れている。カカシの横にはチームメイトと思われる男の子と女の子がいて、その3人の後ろに立って優しく笑っているのがミナトさんだった。

「確か……この男の子が……」

黒髪のゴーグルをした男の子を見て、カカシの傷のついた左頬と、赤い目を思い出した。話に聞いただけだけれど、カカシがあの目を持つに至った経緯は知っている。しんみりしながら、隣の写真たてに視線を移した。

「やっぱり覆面してるんだ」

さっきまで部屋に居た、大人のカカシが写っていた。隣の写真たての中にいる、生意気そうな顔の男の子とは似ても似つかない、優しそうな目で笑っている。この金髪の男の子と、黒髪の男の子と、桜色の髪の女の子は、カカシの教え子なんだろうか。今のカカシは、ミナトさんみたいに先生をやっているのかもしれない。

カカシは今、26歳だといっていた。その言葉が本当なら、今、あたしがいるここは、12年後の世界という事になる。つまり、信じられないことだけれど、あたしはどうやら未来に来てしまったらしい。ほっぺを抓ってみても、やっぱり痛みを感じるだけで、目を閉じて、また開けてみても、状況は変わらないのだった。変な夢、じゃないらしい。

状況を把握してみても、疑問が消えたわけではなく、どうしてあたしはここにいるのか、元の世界のあたしは今どうなっているのか、考えれば考えるほど首をひねらずにはいられない。たぶん、考えても考えてもわからないような気がした。カカシにしょっちゅう馬鹿にされる、あたしの頭では。

ふと、オレンジ色の背表紙が視界にはいる。

「何これ……イチャイチャパラダイス?」

いかにも怪しいです、といった感じのその本に手を伸ばした瞬間、ガチャ、と背後でドアが開く音がした。

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