大きな子犬
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湯気のたったマグカップを持って、カカシが部屋に入ってくる。あたしは慌ててシーツをかぶりなおした。だってまだ、薄着のままだし。

「……はい、コーヒー」

何かいいたげな沈黙のあと、カカシは諦めたようにマグカップを差し出してくる。大人しく受け取って、ふわりと香るコーヒーの良い匂いに頬が緩んだ。一口飲んで、舌を刺激する苦みに顔を歪める。

「苦い……」
「そう?いつもと砂糖の量おんなじだけど」
「そもそもコーヒー、あんまり好きじゃないんだった」

マグを下ろしたあたしを見て、カカシは心底不思議そうな顔をした。

「あんなにコーヒーばっかり飲んでたのはどこのどいつだ?」

そんな事を言われても、あたしはコーヒーなんて、本当にたまにしか飲んだことないし、飲んでもカフェオレにして、めいっぱい牛乳で薄めてから飲む派だ。こんな苦いものを美味しいといって飲むのは、父さんやミナトさんくらいである。


「そういえば昔は、晴はコーヒー苦手だったね」
「え、ああ、……うん」
「いつからだろうね、お前がコーヒー平気になったの。一緒に暮らしはじめてから?」
「一緒に暮らし……えぇっ!?……げほっ、ごほ!!」


熱いコーヒーが気管に入って盛大にむせた。

一緒に暮らしてる?カカシと、あたしが?

それは、この場所で目覚めてから今まで、あたしの中でもやもやとしていた事への、決定的な答えだった。

朝、ほとんど裸も同然で同じベッドに寝ていた二人。
カカシの意味深なセリフと、あたしを抱きしめる腕の、躊躇いの無さ。
眠気覚ましにいれられたコーヒー。

すべての状況を客観的に見れば、導き出される答えはひとつだった。


「もしかして……あたしたちって付き合ってるの?」
「……はぁ?」


目の前で、ものすごく不機嫌そうに歪む顔をみて、あ、やっぱりあたしの勘違いですよね!あたしとカカシが付き合ってるだなんてそんなわけ……と、慌てて続けようとした言葉は、カカシが吐いた盛大な溜息にかき消された。


「お前さ……。この期に及んで付き合って無いなんて言うの?鈍くて鈍くて全然気づかないお前をやっとの思いで口説き落としたのに。大体、もう何年一緒に暮らしてると思ってるのよ。お前、今までオレの事なんだと思ってたわけ?」

次々とカカシの口から出てくる衝撃的な言葉に、あたしの思考はいったんフリーズしかけた。
うそ、うわあ…えええ…ほんとなの?あたしと、カカシが……!?
口をぱくぱくしていたら、カカシの不機嫌な表情がふいに、悲しそうなものに変わった。


「晴、やっぱり昨日の事怒ってるんでしょ……。ごめんね、もう無理させたりしないよ。だから、変な冗談言うのはやめてちょうだいよ」

そう言ってカカシは、がっくりとうなだれた。

「でもさ、任務で一週間も離れてたから、歯止めが利かなくて。お前だって、寂しかったって言って抱きついてきたでしょ。我慢するなっていうほうが無理じゃない。だいたい、何回もするのが嫌ならそういってくれれば良かったのに。まぁ確かに、イヤとかヤダとか言ってたけどさ。でも、あれは……」


カカシは何だかよくわからないことをブツブツ言いながら、どんより沈んでいる。その様子が、なんだか可哀相になって、あたしはついついカカシの頭を撫でてしまった。

カカシはされるがまま、下を向いて黙っている。なんか不思議。カカシ(少年)だったら、頭なんて撫でたら絶対怒るハズなのに。


「あのさ、カカシ……なんか良く解らないけど、あたし本当に、怒ってなんかないよ?」

そう言ったら、カカシはばっと顔をあげて、
「怒ってない?ほんとに?」
って聞いてきたのだけど、その目がまるで子犬みたいに見えた。
大の大人に使う形容詞じゃないのはわかってる。だけど、そうとしか言いようが無いのだ。

「ほ、ホントだよ。怒ってなんか、ない」

カカシの目が真っ直ぐにあたしを見上げるから、ドキドキしながら、あたしは何とか言葉をはいた。
怒ってなんかない、そう言った途端に、カカシは安心したように、それはもう柔らかく、表情を綻ばせた。


どうしよう、すっごいかわいい……。

カカシの笑顔に、きゅーんとしてしまって。ニコニコしているカカシを見ながら、あたしは頬に集まる熱を隠そうと、顔を手で覆った。

それにしたって、ほんとに信じらんない。あのプライド高いカカシが、一体どうしたら、こんなに甘えたな大人に成長するの?

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