かわいい人
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「晴ちゃんありがとー!!」

とたとたと、台所からかけて来たクシナさんは、長い髪を後ろでひとつにまとめていて、腕は全部まくって息を切らしていた。料理していた人というより、戦っていた人のようである。可愛いピンクのエプロンに飛び散っているのは多分、じゃがいもやにんじんの残骸だ。

「あとはカレー粉を入れるだけだってばね!あぁ〜大変だった!」

汗をぬぐいつつ笑うクシナさんを見てると、ついあたしも笑ってしまう。クシナさんは見る人みんなも笑顔にしてしまうような明るい笑顔の持ち主だ。

「あれ!?晴ちゃん、足どうしたの!?」
「あはは、ちょっと転んじゃって……遅くなっちゃってごめんなさい」
「そんな事より手当て手当て!!カカシくん、救急箱!」
「言われなくても用意しましたよ」

いつの間にか家の中にあがっていたカカシが、救急箱をもって部屋から顔を出した。

「晴、手当てしてやるからこっち来い。クシナさん、台所で鍋がガタガタいってますよ」
「え!?うそ!!……じゃあカカシくん、お願いね!」

クシナさんはバタバタと台所へかけていく。そんな後姿を見送って、あたしはカカシの待つリビングに足を踏み入れた。



「これで良し、と」
「ありがと、」

足首にテーピングを巻いてもらって、動かしても痛くないのを確認した。救急箱を棚の上に戻すカカシの背中を見ていたら、台所の方からカレーの良い匂いがただよってきた。

「クシナさん、はりきってるね」
「ま!カレーなら失敗しないしな」

二人でくすくす笑っていると、クシナさんの「カレーできた!!」という声がタイミングよく聞こえきた。




「ミナトの帰り遅いってばね……先食べちゃおっか?カカシくんも晴ちゃんもお腹空いてるでしょ?」
「いや、オレは大丈夫です」
「あたしもまだ待てます!」
「そっか……じゃあもう少し待とーか」

そういいながらクシナさんはテーブルにつっぷして、空のお皿の淵を、つまらなそうに指でなぞる。

「はぁー、ミナト本当に遅いなあ。お腹す……あ、なんでもないってばね……アハハ」

クシナさんは乾いた笑いを漏らしながら、火の止まったカレー鍋を物欲しげに見ている。あたしとカカシは顔を見合わせ、笑いたいのを必死にこらえた。

「あのっ!!クシナさん。あたし、やっぱりお腹空いちゃいました」
「え……!?」
「あー、オレもです。……やっぱり先に食べちゃいません?」
「ホ、ホントに!?……でも、ミナトの家だし……ミナトを待たなきゃ……。でも、そうよね、お腹空いたわよね!実はあたしもさっきからペコペコで……。アイツが遅いのがいけないのよね。うん、そーだそーだ。よし!さっそく食べよう!!」

クシナさんは途端に目を輝かせて、カレー皿を持つとあっという間に台所へ消えて行った。そんな後姿を見送って、あたしとカカシはついに声をあげて笑ってしまった。何も気づかないクシナさんは、カレーをたっぷり盛った皿をもって、幸せそうな笑顔で戻ってきた。

ここはクシナさんの家ではなく、ミナトさん……四代目火影様の家なのだ。

あたしはミナトさんの向かいの家に住んでいて、小さな頃から、しょっちゅうミナトさんに遊んでもらっていた。ミナトさんの教え子であるカカシと出会ったのも、この家だ。カカシとあたしは、幼馴染といえるくらいに長い付き合いである。

クシナさんは、多分ミナトさんの彼女なのだと思う。はっきりと二人の関係を聞いたことはないけど、いつからかクシナさんをよく見かけるようになって、いつの間にか知り合いになっていた。クシナさんは良く、こうしてミナトさんの家に夕飯をつくりに来る。

あたしは小さな頃からミナトさんに憧れていた。いや、今だって憧れているのだけど。優しくて、物知りで、それにとってもかっこよくて、憧れの近所のお兄さんとして、友達によく自慢していた。だから、はじめてクシナさんに会ったときは、正直ヤキモチを焼いた。たぶん、相当そっけない、かわいくない態度をとったと思う。

だけどいつの間にか、あたしとクシナさんは仲良くなっていた。クシナさんはいつも笑ってて、ちょっぴりドジで、不器用で、だけどすっごく良い人なのだ。ミナトさんにも負けないくらい優しい。女のあたしが見ても、憧れちゃうくらいにきれいで、可愛いくて、いつも一生懸命だ。クシナさんは料理があまり得意じゃないけれど、ミナトさんのためにいつもがんばっている。クシナさんはミナトさんが大好きだ。そんなクシナさんを、ミナトさんはすごく優しい目で見ている。ミナトさんもクシナさんが大好きなんだろうな。二人が並ぶと、すごく絵になる。

あたしはクシナさんが大好きだ。
……だから、カカシがクシナさんを好きになるのも、よくわかるんだ。

「カカシくん、お米たくさん炊いたから、おかわり自由だからね!!」
「いや、一杯で十分ですよ。ていうかこれ、2人前はある……」
「男の子はいっぱい食べなきゃっ!!」
「痛っ!背中叩かないでください」

和気藹々と会話する二人を見ながら、あたしはもぐもぐスプーンを動かした。やっぱりカカシ、いつもの倍以上は笑ってる。あたしと一緒にいるときはホントにたまにしか笑わないくせにさ。でれでれしちゃって……。やっぱり、カカシはクシナさんの事が好きなんだろうな。別に、だからなんだって話じゃないけれど。なんでか、心のどこかがモヤモヤする。

カレーを半分くらい食べたところでミナトさんが帰ってきた。

「ただいまー!あ、カカシと晴ちゃんも来てたんだ」
「ミナトー!遅いってばね!」

ほっぺを膨らませたクシナさんを見て、ミナトさんはとけるみたいな笑顔を浮かべて、クシナさんの髪をくしゃくしゃ撫でた。頬を染めたクシナさんは、まさに恋する乙女って感じだ。

クシナさんがこんな表情をするのはミナトさんの前でだけだし、逆もしかり、ミナトさんがこんなに優しく笑うのもクシナさんの前でだけだ。

カカシは今どんな顔をしてるのかなって思って、ちらりと見たら、何故かばっちり目が合ってしまって、あたしは目を丸くした。カカシのほうでも不意打ちだったようで、不自然な間があいてから、すぐに目をそらされた。なんであたしの事を見てたんだろう?

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