気づかない少年
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「あのね、猫が、崖の下に落っこちてて……のぼれないみたいでさ、それで、助けようとしたんだけど……」
「自分も足を滑らせて、崖の下に落ちちゃった、と。それで足もひねったわけね」
「……うん」
「はあ、馬鹿でしょ……」
「……はい、馬鹿です」

うなだれて、カカシの背中に顔をうずめた。
猫の親子と別れてから、夕日が半分以上沈んでしまった帰り道、足が痛いのと、腰が抜けてしまったので、ふらふらしているあたしを見かねて、カカシがおんぶしてくれた。情けなさと、恥ずかしさと、カカシの背中の温かさで、一度止まったはずの涙腺がまたゆるんでしまいそうになる。

前を向くカカシの表情は見えない。きっとあきれかえっているんだろうな。はき捨てるように言った「馬鹿でしょ……」が胸にささって、ただ謝るしかできなかった。

「ほんとにお前は……偶然通りかかって良かったよ」
「うん、ほんとにありがとう……」


「おーいカカシ、見つかったか」


木の間を抜けて、愛くるしい顔がひょっこりあらわれた。
「あ!!パックン!!」
久しぶりに見たカカシの忍犬パックンだ。


「カカシ、晴ちゃんが見つかって良かったな」
「おい、パックン……」

カカシは慌てたようにパックンの言葉を遮った。

――え、偶然通りかかったんじゃ無かったの?


「じゃあなカカシ、ワシはもう帰るぞ。しかしあんなに慌てたお前を見たのは久しぶりだったな」

そういうとパックンはニヤリと笑って、(犬がニヤリと笑うところを見たのは初めてだった)どろんと煙を残して消えてしまった。

「……あたしを探しにきてくれたの?」
「……いや、まあ……うん」

珍しくカカシがしどろもどろになっているから、どんな顔をしてるのか覗き込もうとしたけど、カカシが急にあたしを背負いなおしたから、「わっ」って声をあげて背中にしがみついた。カカシはそのまま何も言わないで、飛ぶように速度をあげた。とても人ひとりおんぶしている人間の動きとは思えない。

「ちょっと、速いよ!落ちる!」
「オレが落とすわけないでしょ。このくらいの速さ、歩いてるのと変わんないよ」
「カカシは忍だから何でもないかもしれないけど、あたしは忍じゃないんだから!」

もっと丁寧に運んでよ!と憎まれ口を叩きながらも、あたしは嬉しさに口元が緩むのを抑えられなかった。カカシが前を向いていてよかった。背中に顔をうずめながら、くつくつと笑う。

「何笑ってるの」
「笑ってないよ」
「……」

だって、パックンまで使ってあたしのこと探してくれたなんて、すごく嬉しいんだもん。


「はやく戻らないと。……クシナさんが心配してたぞ」
「え、クシナさんが?」
「そうだよ、お前、クシナさんに買い物頼まれてたんでしょ?」

そういえばそうだった!!はっとして、肩から掛けていたポーチに手をやる。
ちゃんと中に箱の感触があって、ほっとした。今日の夜は父さんの帰りが遅いから、ひとりで夕飯を食べようと買い物に出かけたら、途中でクシナさんに会ったのだ。それで「ちょうど良かった晴ちゃん!!お買い物頼んでもいい!?」と、何故かあせったようなクシナさんに頼まれて、「え?は、はい」と返事したら、「ついでに夕飯一緒に食べてかない?」と、クシナさんはにっこり笑ったのだった。


「頼まれたのがカレー粉で良かった。生ものだったら腐ってたかも」
「カレー?……ああ、だから野菜炒めてたんだ。あの人、野菜をいためるだけなのに大騒ぎしてたよ。不器用だよねぇ。」

そう言って、カカシがくすりと笑ったのが、あたしは何だか面白くなかった。カカシがクシナさんのことを話すときはいつもこうだ。普段は無表情で、ぶっきらぼうなはずの口調が、なんとなく優しく暖かくなる。

なんだ。クシナさんに頼まれて、だから探しにきたんだ。

ぼんやりしていたら、走っていたカカシが急にとまったから、あたしは鼻を思い切りぶつけてしまった。

「痛っ。急に止まらないでよ」
「……ラムネ、飲んでく?」

カカシの声に顔をあげれば、そこはいつもの駄菓子屋の前だった。
もう日が暮れそうだから、おばさんが外に出したベンチをしまっているところだった。

「おばちゃん、ラムネ一本」
「はいよ。あれ、晴ちゃん怪我でもしたのかい?」
「あはは、ちょっと足をくじいちゃって」

急にカカシに背負われてることが恥ずかしくなって、あたしは慌ててカカシの背中から降りた。おばちゃんが店の奥からラムネを持ってきて、カカシの手に持たせる。

「カカシくん、久しぶりだねぇ。昔はよく晴ちゃんと来てたけど」

おばちゃんはラムネの栓抜きを棚の上からとりだしながら声をかけた。カカシはそれに曖昧に笑って返す。おばちゃんの言うとおり、昔は……本当に小さな頃だけど……カカシと一緒に、よくここに来ていた。あたしはいつも、決まってラムネを買ってたっけ。

「あのころも、晴ちゃんがしょっちゅうケガして、泣きべそかきながらうちにきて、カカシくんがなぐさめてあげてたよね」
「そうですね……こいつ全然変わってないんですよ」

小さいときの話をされるのってすごく恥ずかしい。そうこうしているうちにラムネの栓が空いて、しゅわわわ……と細かい泡の音がした。ごくりと喉をならす。

「んっ……」
「あ……!」

あたしの目の前で、カカシがラムネを傾けて、ごくごくと飲む。てっきりくれるのかと思ってたから、拍子抜けしてしまった。

「ぷっ、膨れっ面するなよ。はいはい、残りはあげるから」

そういって、カカシは半分以上残ったラムネを突き出した。にこ、って目を細めた表情が見慣れなくて、というか懐かしくて、あたしは何だか照れてしまった。カカシはここ最近は、あんまり笑わなくなったから、たまに笑ったときの破壊力が大きい。……破壊力って、何さ。自分で考えたことにつっこみながらラムネを受け取って、ふと思う。間接キス……!?

「どーしたの、早く飲みなよ」
「う、うん」

喉を通る冷たい液体は、甘くてぴりぴりしてて、最高に美味しいはずなんだけど、そのときのあたしはあんまり味を感じなかった。また、無表情に戻ってしまったカカシは多分、そんなあたしのささやかな緊張など、少しも気づいていないのだ。

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