epilogue ----------- 「喉渇いた……」 「はいはい只今。何飲む?」 「んー、何があるの?」 身体を起そうとして、腰がずきんと痛んで、あきらめた。 誰かさんのせいだ。 カカシが「これはどうですかお嬢さん」とか言いながら、部屋に戻ってきた。 差し出されたのは、透き通った水色の瓶ラムネ。 「そっか、そういえば2本あったんだっけ」 カカシがラムネの栓をあけて、あたしに渡す前に、自分で一口飲んだ。こくこく上下する喉仏を見て、急に、十数年前の会話がフラッシュバックする。 暮れかかる空を眺めながら、大好きな微炭酸をぐびっと飲んで、ほうっと一息ついた。もうすぐ夏も終わってしまう。 夏は夕暮れが一番好きだ。 草も木も、空に浮かぶ雲も、みーんな綺麗な橙色に染まる。昼間の暑さを忘れさせるように、心地よい風が吹く。 空の高いところだけが、まだ水色で。 その不思議な色合いが、すごく好き。 観覧車からみたあの空を思い出す。 「……かっこよかったなぁ」 「だーれがかっこよかったの」 「わ、びっくりした。急に背後に立たないでよ」 「お前最近ぼーっとしすぎ」 飲んでいたラムネをカカシに奪われる。 カカシは口布をひょいとはずして、ラムネをこくこくと飲んで、飲み終えたあと、またすぐに顔を隠そうとした。 「待って!」 「ん……?」 「カカシってどんな顔してんの?」 「何、急に」 きょとんとした表情で、カカシがこちらを向く。そうしてあたしは、カカシの顔を、はじめてきちんと前から見たのだった。 「……そっくり」 「は?誰に?」 『未来の』カカシに、そっくりな整った顔を見て。 やっぱり夢じゃなかったのかも。 妙な確信が沸いてきて、あたしはつい、笑ってしまった。 「そういえばクシナさんが」 「ん?」 「晴に、好きな人ができたんじゃないかって言ってた」 「え、えええっ!?何で?」 「最近ぼーっとしてるから。……で、どーなの」 「いや、どうって……」 好きな人、っていうか、最近よくぼーっとしてたのは、考え事をしてたからだ。それは、夢の中のカカシの事だったり、目の前の、カカシのことだったり……。考えながら、顔の熱があがってしまう。 「お前の好きな人ってさ、やっぱり……」 「な、何?やっぱりって?」 「……なんでもない」 カカシはふて腐れたように、目を逸らす。何て言おうとしたんだろう。かなり気になる。 「……ところでカカシ、まえから気になってたんだけど。カカシってクシナさんの事好きなの?」 ついに聞いてしまった。 何となく、聞くなら今だと思って……。 「は……?何で?」 「好きなんでしょ、クシナさんのこと」 「まあ、好きだけど」 照れくさそうにカカシが頬を掻く。 がーん、そんな効果音が、ほんとに頭の中でなった。思ったより素直にカカシが認めたのが……なんだか、すごくショックで。 「……好き、なんだ」 「お前だって好きでしょうよ」 「うん、好きだけど……。え、なに、そういう意味で?」 「……?他にどんな意味があるっていうの」 「いや、……あ、そっかあ、そういう意味でか…」 勘違いしていた事が恥ずかしいやら、ほっとするやらで、あたしは誤魔化すように笑った。カカシが不審そうにこっちを見ている。 「何だ……そっか、そうだよねぇ」 「急に笑い出して、変な奴」 「変な奴でもなんでもいいよ。じゃあさ、あたしの事も好き?」 「……頭でも打った?」 「何それー!!」 「ま、好きだよ。お前の事も」 「……なんか照れる」 「鈍いとこは嫌いだけどね」 「に、鈍い?どこがよ?」 「どこがって、全部でしょ」 カカシは、はあって深い溜息をついて。ふてくされてるあたしを、まっすぐ見た。 「いい加減、気付けよ。鈍感」 「……はぁ!?」 何で急にそんなに馬鹿にされなくちゃいけないの!? 「くくくっ……」 「しーっ!ミナト、いいとこなのに!!」 急に、隣の茂みから忍び笑いがして。潜みきれていない小声も聞こえてきた。 カカシははっとして、すぐに顔を赤くして、「……先生!」って、茂みに向かって怒鳴った。 「バレちゃった」って笑いながら顔をだしたのはミナトさんで、続けてがさりと、クシナさんも顔をだす。二人とも、悪戯がばれた子供みたいな顔をして、頭に葉っぱを付けたまま笑っているのが、なんだかかなり間抜けに見えた。 「何やってたんですか、二人とも……」 「いや、ちょーっと、通りかかってね」 「そうそう、通りかかったのよ、あはは」 わざとらしく笑う二人を、カカシと一緒に、思いっきり睨んでやった。 「火影様も、案外暇なのね」 「ちょ、晴ちゃん……傷つくなあ……」 笑い声が夕暮れの空のしたに響く。 沈んでゆく太陽が、みんなの影を長く長く伸ばした。 思えばあの頃から、私はカカシの事が好きだったのだ。はっきりと自覚するのには、あれからまた時間がかかったのだけど。 「まーた、思い出し笑い?」 「うん……あの頃あたし、カカシの好きな人って、クシナさんだと思ってたんだよね」 「あの頃って……あの頃か」 「うん……」 「オレも、お前はミナト先生の事が好きなんだと思ってたよ」 「ええ!?何で!?」 「仲良かったでしょ。……で、やきもち焼いてた」 「やきもちって……ほんとに?」 「ほんとだよ。いつからオレが、晴の事好きだったと思ってるの」 子供の頃、夢を見た。 とっても不思議で、優しい、御伽噺のような夢。 いつのまにか忘れてしまっていたのは、どうしてだろう。 目の前のこのひとで、頭の中がいっぱいになってしまったから、なのかもしれない。 飲み干したラムネの瓶を、テーブルの上にのせて。また二人で、布団にくるまって、まどろんだ。 目が覚めたら、遊園地に行く約束をした。手を繋いで、そっと目を閉じる。 瞼の裏にきらきらと、何かがはじけて、沈んでいった。 ラムネの空 <おわり> |