素直な告白 ----------- 座っているうちに、いつの間にか寝てしまっていたらしい。ふと、目を覚ますと、ベッドの上に移動していた。カカシが運んでくれたのかな。 部屋の電気は消えている。真っ暗な中、隣を手で探るけれど、あるのは冷たいシーツの感触だけだ。 「……カカシ?」 呼びかけながら、サイドテーブルの照明を点ける。薄明るく照らし出された寝室に、カカシの姿は無かった。 ぺたぺたと足音を立てて、廊下に出る。トイレにでも行ってるのかと思ったけれど、明かりは点いていなかった。 リビングのドアを開けてみて、ふわりと風を感じた。ベランダに続く窓が空いている。カーテンが揺れて、月明かりがさしこんでいた。布の向こうに人影が見える。 「カカシ……」 カーテンをめくると、カカシはベランダの手すりにもたれて外を見ていた。私の声に反応して振り返る。「ん……どした?」って、静かな声。 「どうしたって、こっちのセリフだよ。寝ないの?」 「……もう寝るよ」 カカシはまた向こうを向いて黙った。蝉の声も闇に溶けこんでしまったような、静かな夜だ。 「月が綺麗だね」 「ん、そうだね……」 カカシの隣に立って、私も一緒に月を見上げた。夏とはいえ、夜はやっぱり風が冷えている。まんまるな月と、まわりに散った星達が、すごく綺麗だ。 「月を見てたの?」 「うん……」 「あ、そうだ……カカシに話があって、起きて待ってたんだ」 「……話?」 「うん、あのね……」 口を開きながら、隣のカカシを見て……その表情にびっくりした。 「カカシ……?どうしたの……?」 悲しい顔、してる……。 カカシは黙ったまま、目を伏せて、それから急に、私の唇を塞いできた。 月の光が遮られて、視界が真っ暗になる。 こんなに目の前にあるのに、カカシの表情が見えなくなって、唇を割って入ってくる舌の熱さだけを感じながら、そっと目を閉じた。 「抵抗しないの?」 「え?」 顔を離したカカシは、何故か傷ついた表情をしていた。どうしてそんな顔をするんだろう。カカシが言った言葉の意味もわからなくて、疑問をこめてカカシを見る。 「いらないならいらないって、はっきり言ってよ」 「カカシ?何言ってんの……?」 何でそんなに寂しそうに笑うの? 困惑していると、ふいにカカシの腕が回ってきて、弱い力で抱きしめられた。 私の肩に顎を乗せて、カカシが小さな声を出す。 「でもやっぱり、もう少しだけ。何にも気付かないふりしててもいい?」 抵抗するとか、いらないとか、話が全く読めなくて、何でカカシが落ち込んでいるのか、まったくわからない。けれど、とりあえず、消えてしまいそうに小さな声で、おかしなことを言うカカシを、強く抱きしめた。背中にまわるカカシの腕は、びっくりするほど弱いままだ。どうしたんだろう、何かあったのかな? 聞いていいものなのかもわからない。 任務で何かあったんだろうか、こんな弱気なカカシははじめてみた。 暫く沈黙が流れる。 「カカシ、よくわからないけど……疲れてるならもう寝よ?」 「……」 「話聞いてくれるのは明日でいいから……」 そういうとカカシは、びくりと震えた。それから、諦めたような声でこういった。 「……いいよ、晴。やっぱり、聞くよ」 突然カカシに身体を離される。風がひやりと肌を撫でた。 「もう、オレと別れたいんでしょ?」 そういってカカシは、泣きそうな顔で笑った。 「――はぁ?」 別れたい?私がカカシと? 「いつ、そんな事になったの?」 あからさまに、不機嫌な声が出てしまう。カカシを睨んだら、びっくりしたような顔をしていた。びっくりなのは私の方なんですけど。 「私がカカシと別れたい?そんなこと、いつ言った?」 「いや、言ってはいないけど。え……?別れたいんじゃ、なかったの?」 「何がどうなってそうなるの?別れたいわけないじゃん!」 そういうとカカシは、目を見開いて、信じられない、っていう表情をした。だから、信じられないのは私だってば! 何を落ち込んでるのかと思ったら、勝手に勘違いして、勝手に終わらせようとしてたってわけ?一体どーいうこと? 「カカシと別れたいなんて思ってたら、あんたが任務から帰ってきたあの夜に、とっくに逃げ出してるよ」 「……」 「……1週間会えなかったからって、さかりすぎ!」 「やっぱ怒ってたんだ……」 「怒るも何も……。カカシみたいな、ねちっこい男を受け止められるのは、私くらいだっていってるの!」 それでも別れるっていうの? こつんとカカシのおでこを叩く。 カカシは一瞬呆気にとられたような顔をして、それから、みるみる光を取り戻したかのように、表情をかえた。 「なんだ……じゃあ、本当に……全部オレの勘違いだったの?」 「……一体何を勘違いしたの?」 「晴はもうオレと別れたいんだって思ってた……」 「こんなに何年も暮らしてて、今更別れるわけないでしょ!あんたと別れたら次ないもん」 「え、そんな理由なの?」 「まあ、それは半分冗談として……」 ふふ、と笑ってから、もう一度カカシを抱きしめた。 「こんなに好きなのに、別れたいなんて思うわけないでしょ」 「……晴」 結構恥ずかしいんだからね、本音を言うのって。赤くなった顔を見られないように、カカシの胸に顔をうずめたまま、恥ずかしくてドキドキする心臓を落ち着けようと、大きく息をすった。 「何で不安になったのかわからないけど。……ちゃんと、愛してるから」 心から思ってることを、はっきりと告げる。 「晴……」 「なに?」 「顔見せて」 「やーだ!」 もう、のぞきこまないでよ!付き合って何年たったって、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。 「晴、好きだよ……」 「……うん」 「愛してる」 「うん」 「晴、大好き」 「もう、わかったって!」 ぷっと吹き出してから、カカシの顔を見たら、さっきまでの暗い表情は何処へやら、ゆるみきった表情で、にこにこと私を見ている。好きとか愛してるとか、何の躊躇いもなく言ってくるから、嬉しいを通り越して恥ずかしくなってしまうのに、カカシはやめる気がないらしい。 でも、いつも通りのカカシが戻ってきて、ほっと息をついた。 こんなに言葉が多くなったカカシは、昔とは大違いだ。いつからか、幼馴染から恋人になって、こうして一緒に暮らすようになった。そして、表情が少ないほうだったカカシが、いつの間にかこんなに良く、笑うようになった。 カカシが笑うと、私も嬉しくなる。 「ねぇ晴。もう一回ちゅーしてもいい?」 「……お好きにどうぞ」 「それ以上もしていい?」 「もう明け方だよ?」 「明日休みだから、いいでしょ?」 「カカシ、疲れてないの?」 「晴を抱きしめてる間は疲れないの。お前は俺の充電器だから」 「充電器……」 「ね、充電させてよ?」 そんな目で見つめられれば、断る理由なんて無い。 「ヤりすぎて嫌われないように、今度はセーブするね」 「何を今更言ってるの……」 どうせまた、私が動けなくなるまで、好きなようにするくせに。 ふってきた熱い唇に、それでも頬が緩んで……ぼんやり、明けて行く空を眺めた。 そうしてその日、私たちは永遠を誓った。 |