真夜中の味方 ----------- 何だかすごく良く眠っていた様な気がする。布団から身体を起して、大きく大きく伸びをした。窓から差し込んで部屋を満たしている朝日が眩しくて目を擦る。 「カカシー……?」 リビングを見ても、台所を見ても、カカシはいない。寝る前に、「明日の朝はゆっくりだよ。下忍たちの指導だから」って言ってなかったっけ。おはようも言わずに出てっちゃうなんて、緊急任務でも入ったのかな。 もう一度リビングに戻ってきて、テーブルの上に書置きがあることに気付いた。今日の任務は夜遅くまでかかるから、先に寝てていいという事が、簡潔に書いてあった。あれ?遅くまでかかる任務って、明日じゃなかったっけ?不思議に思いながらカレンダーを見ると、やっぱり明日の日付にメモをしてある。変なの、と思いながら、カカシが読んだ後、放置したらしい新聞を手にとった。中を開き、その日付を見て、「ん?」と首をひねって、瞬きしてから、もう一度見た。 何度見ても、「8月2日 朝刊」とある。今日って、1日じゃなかったっけ? 外に出かけて、何人かの知り合いに会って話をした。やっぱり今日は8月2日で間違いないらしい。もちろん、昨日はちゃんと、8月1日だったみたいだ。 丸一日寝過ごすなんて、そんな事あるだろうか。だとしたら、何でカカシは起してくれなかったんだろう。確かに今朝は、異様に目覚めがすっきりだった、というか、何だか、大分長い間眠っていた様な、不思議な感覚がしたけれど。 でもきっと、単純に日付を勘違いしていただけなんだろう。商店街をぶらぶらしていたら、目の前を知っている女の子が横切った。 「あ、サクラちゃん」 「晴さん、こんにちはー!また同じところで会いましたね」 「……そうだっけ?」 サクラちゃんと会うのは久しぶりだ。前に会ったのは、カカシたちと修行をしている時だったから……演習場じゃなかったかな? 「そうだっけって、昨日会ったじゃないですか!」 「え、昨日?」 「カカシ先生とデートしてましたよね。あの後どこいったんですか?移動遊園地行きました?」 「……カカシとデート??」 その時「あ、サクラ!いたいた」という声がして、人ごみを掻き分けて、長い髪の女の子がやってきた。「あ、カカシ先生の彼女の……こんにちはー!」確か、いのちゃんだっけ。アスマさんとこの生徒さんの……。 これから移動遊園地に行くんです、という二人を見送って、商店街の人ごみの中に残された私は、サクラちゃんが言っていた「カカシ先生とデートしてましたよね」という一言について、ぐるぐると考えていた。 私がカカシに会ったのは昨日の夜だ。ぼろぼろになった忍服を着て、ただいまって言ったカカシを抱きしめて、今回も無事に帰ってきてくれてよかったって、心底ほっとした。 カカシは一週間の任務に出ていたのだ。 だから、昨日、私とカカシがデートをしたはずなどないし、商店街でサクラちゃんにあうことも無かったはず。だいたい私だって、昨日は仕事をしていた。 それとも「8月1日」は確かに存在したんだろうか? 昨日、私とカカシは遊園地に行ったの? 何で私は何にもおぼえてないんだろう……。 時計の針がてっぺんをまわってから、もう、コーヒー3杯目。 さすがに瞼が重くなってきた。 日付が変わって今は、8月3日、らしい。 4杯目のコーヒーを淹れながら、カカシの帰りを待つ。 カカシは先に寝ててって言ってたけど、『昨日の記憶が無い』という事を相談したくて、帰りをまつことにした。 もやもやして、眠れそうになかった。 あの後、ナルトくんにもあって、「チュロスごちそうさま!美味しかったってばよ」なんて言われた。聞けば、昨日遊園地で、あたしとカカシに会ったらしい。 昨日私とカカシは遊園地デートなんてほんとにしたんだろうか。 私に良く似た人との浮気だったらどうしよう……とか、ちょっぴり思ったり。 何で私、何にも覚えていないんだろう。ちょっと、いや、かなり、気味が悪い。 4杯目のコーヒーも、あっという間に飲み干してしまった。カカシ、遅いなぁ……。 あ、もうコーヒー豆が切れそう。また買って来なくちゃ。 コーヒーと言えば、私は昔コーヒーが苦手だった。香りはいいけど、味は苦いし、こんなものを好んで飲む人の気がしれなかった。だけどいつからかコーヒーは、カカシの帰りを待つ夜の、一番の味方になった。カカシは夜遅くまでかかる任務を請け負う事が多い。だから、いつも先に寝ててって言われる。言われた通りに眠るときもあるけど、こんな風に帰りを待ちたい夜もあって、だから、眠気覚ましにコーヒーばっかり飲むようになった。そしていつの間にか苦さにも慣れて、今ではむしろ、好きな飲み物かもしれない。 カップを指で弄びながら、足をぶらぶらさせて、こみあげてくる眠気を必死にやりすごそうと、あまりうまくない歌を歌う。時計の針がまたまわって、短針はもう、3に近づいて来た。 やっと、ドアノブが回る音がした。 「カカシ、おかえり!」 玄関までかけていくと、靴を脱いでいたカカシがびっくりした表情であたしを見上げた。 「……ただいま。起きてたの?」 「うん、話があって……」 「ごめん。俺、風呂入りたいんだけど」 「……あ、うん。沸いてるよ」 カカシは振り向きもせず、お風呂場に行ってしまった。 疲れてるのかな? 何となくだけど、声が硬かったように感じた。 洗面所のドアが閉まる音がする。そういえば、今日のカカシは、いつも帰ってきたら真っ先にすることをしなかった。 今ではもう習慣になっていた、ただいまのキス。恥ずかしいけど、いつからか、するのが当たり前になっていた。同じように、いってきますの時もするのだけれど、今朝はカカシを見送ることも出来なかったと思い出す。 お風呂場から、シャワーの音がし始めた。 まぁいいや、とりあえずカカシがお風呂から出たら、昨日の事を聞いてみよう。 カカシの顔を見ただけで、何だか少し、ほっとした。 あんまりコーヒーを飲むと怒られるから、あとの時間はお茶でも飲みながら待ってよう。 そう思って、私はまたリビングに戻った。 |