突き刺す視線
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我に返って、廊下の電気も、部屋の電気も点けたけど。いまだ収まらぬ心臓のドキドキに、何もする気になれなくて、リビングの椅子にすわったまま、ぼんやりとしていた。

「出たよ。晴も入ってきたら?」
「わっ」

突然背後から聞こえた声に、びくりと身体を揺らして驚けば、
「猫がびっくりした時みたい」
って、カカシがくすくす笑った。

濡れた髪にタオルをひっかけたカカシは、湯上りだから頬が火照っている。
カカシは口元を緩めて笑っていて、それは、機嫌を悪くする前のカカシに戻ったって事で、あたしは、ほっとしすぎて危うく涙を零しそうになった。

がしがしと乱暴に髪を拭いているカカシに、しばらく見惚れてしまった。まだ水滴の滴る首筋とか、白くて綺麗な腕とかが、妙に色っぽく見えて、これ以上みてたら、またドキドキしすぎて困ってしまうので、「じゃああたしも浴びてくるね!」とだけ言って、慌てて部屋をでた。

浴室にはまだ湯気が残っていた。さっきカカシが使ったのだと思うと、妙な気分になる。って、あたしは変態か!……自分につっこみながら、コックをひねった。


シャワーからあがると、リビングは電気がついたままで、カカシの姿は無かった。あれ?と思って、今朝あたしが目覚めた部屋……寝室のドアを開けると、カカシがベッドの上で胡坐をかいて、……何だかぼんやりとしていた。

「カカシ、お風呂ありがとう」
「うん。……え?」
「……あ」

そうだった、ここはあたしの家でもあるんだ。シャワーを借りた訳じゃないのに、ありがとうはどう考えても不自然で。何て言おうかと焦って、目が泳ぐ。そんなあたしをカカシは、静かに見つめていた。……また、笑顔じゃなくなっている。

不安になって、少しだけ身体をひいてしまったのが、伝わったのだろうか。

カカシは急にさっきの不機嫌そうな顔になった。

「こっちきて」

有無を言わせない声音で言われた。
観念して、そろそろと近づくと、ぱっと腕を掴まれて、叫ぶ間もなく、視界が反転した。


「晴。しよ?」


言われた言葉と、状況を理解するのに、10秒くらいかかって

「え、え、……するって?」

そんな間抜けな返しをしながらも、さすがにあたしだって、カカシが何をしたいのか、わかっていた。
頭の上で拘束された両腕に、カカシが体重をかける。

視界に映るのは、熱っぽいような、それでいて冷たいような目をしている、カカシの真剣な顔。
それから、その向こうに見えるのはクリーム色の天井。
背中に感じるのは柔らかいベッドの感触。

要するに、押し倒されちゃっているわけで。

この状況で「する」事なんて、ひとつしかない。

いくら中身が子供のあたしでも、理解するしかなかった。




どくん……どくん……

嫌に大きな心音は一体どっちのものだろう。
真剣な目に見据えられて、ぴくりとも動けずに、ただカカシを見上げるしかできなくて。
見つめ合っている時間が、永久に続くんじゃないかと思った。




「……う」
「……晴」
「……っ……」
「ごめん」










声もあげられずに泣き出したあたしの涙を、カカシの指が拭った。
大きな、暖かくて長い指が、こわごわと目尻に触れる。


「ごめん、晴」
「……っ……ひっ」
「嫌がることしないから」
「ふっ……ううっ」
「泣かないで……」


掴まれていた腕は、いつの間にか開放されていた。
カカシはあたしの上からどいて、……子供みたいに泣き出したあたしを見て、辛そうに顔を歪めた。


怖かった。


優しくて、沢山笑ってくれる大人のカカシが、
子犬みたいだと勝手に思い込んでいたカカシが、
やっぱり男の人だって事を、強く感じた。
押し倒されて、真剣に見つめられた時、びっくりして、どうすればいいのかわからなかった。

だからって、泣くなんて。

止まれ、止まれと思うほど、肩が震えて嗚咽が漏れる。
あたしの頭を、カカシはそっと撫でてくれた。
さっきまでの緊張感が嘘みたいで、カカシの手の優しさにほっとして、さらに涙が出てきてしまった。


「ごめんね晴。ごめん……。今夜は何もしないから」
「……」
「俺が悪かったよ」

ばくばくと、煩かった心音が、だんだん落ち着いてくる。
カカシはそっとあたしの身体を起こしてくれて、座ったまま、優しく抱きしめてくれた。
あやすようなリズムで軽く背中をたたかれて、カカシの心臓の音を聞いていると、心が凪いでいくのがわかった。

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