浸食する声
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ゴンドラが1周して地上に戻る頃には、もう日は落ちてしまっていた。遊園地のイルミネーションが、いよいよ本格的に輝きだす。目がチカチカしそうなくらいの、赤や緑やピンクの電飾に見とれては、つい立ち止まってしまうのだけど、その度にカカシが手を強くひっぱるから、足がもつれそうになりながら、遊園地を後にした。

観覧車を降りてからこっち、カカシは何だか無口になってしまった。電飾に照らされているだけの表情は、うまく読めないけど、なんか、苛々してる?

「か、カカシ?」
「……何?」
「あの、もう、帰るの?」
「他に行きたいとこあった?」
「いや、無いけど」

……何でそんなに声が冷たいの?カカシはあたしの手を掴んだまま、歩く速さを緩める気は無いらしい。カカシがすたすたと歩けば、あたしは自然小走りになってしまう。そこであたしは初めて、今までカカシが、あたしの歩幅にあわせてゆっくり歩いてくれていたのだと気付いた。

カカシ、怒っているのかな。思い当たる節は、なんとなくある。一緒に居るのに、何度も上の空になって、考え事ばかりしてしまった。そのたびカカシは、心配そうな目であたしをみた。……だけどまさか、「あたしは過去から来ました」なんて言えるわけもなくて。結局何にも言わないあたしを見て、カカシは苛々したんだろう。

ごめんね。でも、カカシともう少しだけ、一緒にいたかったんだよ。


前を行くカカシの背中に向かって、心の中で呟いて見た。
カカシはこっちを振り向いてくれないけれど、手だけはずっと、繋いだままだ。

ふと、これっていつものあたしとカカシみたいだって思った。……手を繋いだことは無かったけれど。歩くのが速いカカシはいつも、あたしを待ってもくれず、先をすたすた歩いていってしまった。あたしはカカシに追いてかれないように、追いつきたくて、小走りになって着いていった。でも、いつだって、カカシを見失うことは無かった。カカシは何だかんだ言って、いつも、あたしが追いつくのを待っていてくれたから。
『歩くの遅い』
『カカシが速いんだよ!』
そんなやりとりを何回しただろう。追いつけば、カカシはまた先を歩いてしまう。
だけどいつも、見えなくなる前に立ち止まって、あたしを待っていてくれた。

「……あの頃からカカシは、ちゃんと優しかったんだね」
「何か言った?」

振り向いたカカシの表情はやっぱり不機嫌で、思わずぐっと息を飲んでしまった。カカシはそんなあたしを見て、不機嫌そうな顔のまま小さく溜息を漏らした。何だか気まずいな、と思っていると、ぱっと手が離される。
え?と思って前を見ると、もう家の前に着いていた。

がちゃりと鍵をあけて、カカシはさっさと部屋に入ってしまった。あたしも慌てて中へ入る。真っ暗な玄関で転びそうになりながら、靴を脱いで、電気どこにあるんだろう?と思いながら、手探りで廊下を進んだ。

カカシは何で電気を点けないのかなって思った瞬間、いきなり腕をひっぱられて。ぎゃっ、と声をあげて、その何かにぶつかった。……何かっていったって、この家にいるのはカカシしかいないって、そんな事はわかってるんだけれど。

「な、な、なに?」
「……」

カカシは何も言わない。真っ暗で、何にも見えないけれど、あたしを抱きしめるこの腕が、左耳にあたる頬が、カカシだって事はわかる。問題は、カカシが何を考えているのかまったくわからないという事だ。カカシ?と呼びかけても、返事は無い。カカシはあたしを抱きしめたまま、静かに呼吸している。あたしの心臓はどきどきとうるさく鳴って、カカシの手が触れている背中とか、息があたる耳とか、色んなとこがやたらに熱くなってしまった。喉が渇いてしょうがない。

「カ、カ、カカシ……?どした……?」
「……どうもしないよ。ねぇ、晴……」
「あ、あのさ、カカシ、お腹空いてない?」
「空いてない」
「あー……じゃあ、お風呂はいる?」
「お風呂?」
「お風呂っていうか……シャワー?」

とにかくこの状況をどうにかしたくて、声が上擦るのも構わないで、あたしは喋り続けた。今日色んなとこ行ったから汗かいてるでしょ?今日も暑かったしね、とか、そんな感じで。しばらく黙ってたカカシだけど、背中にまわっていた腕をそっと外してくれた。ほっと息を漏らしてしまったのは言うまでも無い。


「じゃあ、浴びてくる」
「う……うん」


そのまま、暗い廊下を遠ざかっていく足音。それを聞きながら、あたしは脱力して、ぺたりと床に座り込んでしまった。


びびび、びっくりしたあ。何、今の。
うわあー、うわあー。
カカシにぎゅーってされた……!!

しかも、耳元で囁くようなカカシの声が、すっごく低くて、何となく熱っぽくて。腰が抜けそうになった。で、今、本当に腰を抜かしてるんだけど。

今のって今のって、、一体何だったんだろう。

あたしは暫く、電気を点けることも忘れて、真っ暗な廊下に座り込んでいた。

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