いえない理由
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カカシが出かけていった後、さてどうしようと部屋を見渡した。

さっきの話では、あたしはこの部屋に住んでいるらしい。とはいえ、勝手に部屋の中のものに触れるのは、何だか気が引けた。とりあえず床に散らばっている衣服を拾い上げる。……このワンピース、やっぱりあたしの服なんだろうな。もちろん見覚えは無いのだけど。

洗濯でもしてみよう。さっき発見した洗面所のドアを開ける。洗面台の横に洗濯機があるのを見つけて、そこに衣類を放り込み、適当に洗剤を入れてからスイッチを押した。洗濯機の作動する音を聞きながら、あたしは鏡を見た。

朝食をとるまえに顔を洗ったから、その時にも一回見たのだけど。やっぱり、見慣れない自分の顔をまじまじと見てしまう。

目の形も眉の形も、自分が知っているものと大差ない。だけど、鏡に映るのは、やっぱり20代の女の人なのだ。にこ、と唇の端をあげてみる。鏡の中の女も、全く同時に、にこ、と笑った。

まあ、はっきり言って、こんなもんか……という感じだった。「あたしだって大人になったら絶対に美人になるんだ」なんて、夢を見てたわけじゃないけど……、いや、多少は、夢も見てたけど。鏡の中のあたしはどう見たって、平凡なままで成長してしまったようだ。

だけどこの世界では、(この時代では?)こんなあたしとカカシは付き合っているらしい。

カカシはこの平凡な顔の、一体どこを好きになったんだろう。どう考えたって、クシナさんほどの美人では無い。

クシナさん……そういえば、クシナさんやミナトさんは、この世界にもいるんだろうか。これがあたしの夢なのだとしたら、どこかにいてもおかしくないはずだ。それにしてもずいぶんとはっきり思考できる夢だなあ。こんなに長い夢は見たことが無いかも。それとも、起きたら忘れちゃうのかな。

……まだ、目覚めたくないな。

『デートしよっか』

そういったカカシの、優しく笑った顔を思い出した。

カカシ、早く帰ってこないかな。ひとりきりの部屋は静かで、やることも無くて、かといって一人で外に出るのは何だか怖かった。それに、なんかの拍子に目が覚めてしまうかも。そう思うと、部屋でじっとしているのがベストな気がした。

そうだ、着替えなくちゃ。自分がまだ、キャミソールと、下はスウェットしか履いていない事を思い出す。スウェットは、朝食を食べる前に、ベッドの横にたたんであるのを発見したのだ。サイズ的に多分、あたしのものだろうと思ってそれを履いた。カカシも特に何も言わなかったから、多分正しかったのだろう。

もう一度寝室にもどってみて、クリーム色の大きなタンスがあるのを見つけた。やっぱり見覚えはないけど、多分、あたしの物なんじゃないかと思って、引き出しをあけてみた。思った通り、女物の服が沢山入っていた。

さて、何を着よう。そこそこ整頓されている洋服たちを、取り出してみては眺める作業は、なかなか楽しかった。どの服をとってみても、初めて見るものばかりで、これが全部自分の服だなんてすごく不思議で、かなりわくわくしてしまう。当たり前だけど、14歳のころよりは大人っぽい服ばかりで、でもどれも、あたし好みの服たちだ。やっぱり全部、大人のあたしが買ったものなんだろうな。

散々悩んだ結果、薄いレモン色のワンピースを着ることにした。ワンピースなら一枚ですむから楽だし、今日は暑いみたいだから、これにしようと思った。ふわっとしていて女の子っぽいデザインだ。あたしに似合うかなあ。

着替える前にシャワーを浴びることにして、お風呂場を探した。バスタオルは脱衣所にあったので探さないですんだ。これからデートだと思うと、何だかすごくわくわくしてきた。




「あー、またやっちゃった!」

目の下に黒い点が落ちて、イライラしながらティッシュで擦る。余計に広がった黒ずみを見て、深く溜息をついた。

だってお化粧なんかしたことがない。さっきからこの、大きな鏡の前にあるイスに座って、睫毛と格闘すること数分だ。見よう見まねで塗ったマスカラは、まばたきを一度するだけで下瞼を黒く汚してしまう。頬紅もなんだか、ぬりすぎた感がある。

『ぷっ。なにそれ?おてもやん?』

カカシの馬鹿にするような笑いがリアルに想像できた。ぜったい鼻で笑われるよ……。と、思ってから、慌てて打ち消す。違った、あたしがデートする相手は、あの生意気な14歳じゃないんだった。

『おてもやんみたいで可愛いよ』

そういって笑う、優しい優しい大人カカシを思い浮かべた。

いや、どっちにしろ、おてもやんじゃまずいって。

メイク道具の入ったポーチを見つけた棚を、ごそごそあさって、今度はメイク落しを見つける。簡単に見つかってよかった。しかも、拭くだけで落ちるようだ。ごしごしと顔をぬぐいながら、お化粧するのは諦めるべきかなあ、と思って、いや、デートなんだし、がんばってオシャレするべきだよね、と思い直す。今度は本棚を探してみて、雑誌が何冊かあるのを見つけて、パラパラとめくった。「夏メイク特集」の見出しを見つけて、よっしゃ、と心の中でガッツポーズする。見てみれば、けっこう細かく手順が載っていた。これを見ながらならいけるかも。

カカシとデート、というだけで、あたしはなんだか、相当わくわくしている。そんな自分を認めて、素直に今の状況を楽しんでいるのは、相手があの、生意気なカカシじゃないからだ。さっきの、とろけるような笑顔をうかべた大人のカカシを思いだすと、胸がドキドキする。といってもこれは、大人カカシにドキドキしているのであって、断じて、あたしの知ってるアイツにドキドキしている訳ではない。

大人カカシ、かっこいいよなあ……。しかも、すっごい優しかった。ふいに、出掛けにキスをされた事を思い出した。おでこにふってきた唇の感触を思い出して赤面する。「行って来ますのキス」って事、だよね。やばい、なんかすごい恥ずかしくなってきた。

早く帰ってこないかな。あの後、ちょっとだけ変な表情をしていたカカシを思い出した。一体どうしたのかな……。あたしの様子がおかしいって、思ったのかな。普段のあたし……大人であるはずの、この世界のあたしが、どんな風にカカシと話すのか、あたしはわからない。

これが夢だとしたら。

あたしの中身が14歳だってことをカカシに話してしまったら最後。
目が覚めてしまうんじゃないだろうか。

そんな気がしていた。

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