明け方の近い夜空は、それでもまだ無数の星が瞬いている。

いつかのようにカカシに背負われながら、家までの道を歩いていた。カカシの背中は広くて温かいけれど、うっとりと夜空を見上げていたら、乾いた空気に鼻が冷たくなった。吐く息がはっきりと白くなり、12月が来たのだな、としみじみ思う。

「ほしみ、寒い?」
「ううん、大丈夫」

カカシの声が心地よい震動と共に、体に響く。また背中に凭れて、両腕を所在なくカカシの肩の前に垂らしていると、「しっかり首の前で腕組んで」とカカシが言った。

言われたとおり、抱き締めるみたいに腕をまわせば、自然とカカシの耳が眼前に近づく。真っ白なそれに頬をあててみると思った通り冷たくて、熱を移すように頬ずりしたら、「くすぐったいよ」とカカシは笑った。彼の首からはいい匂いがした。少しだけ甘い、落ち着く匂い。

日々がゆっくりと進んでいるように感じていたのに、気づいた時にはもう、新しい季節を迎えている。この寒さでは、落葉松の葉も全て落ちてしまったことだろう。毎年、森に紅葉を見に行くのに、今年はついに行かなかった。あの細い針の様な葉が、黄金色に色づくのを、カカシは知っているだろうか。

落葉松の葉がまだ緑色をしていた季節、私はカカシと出会った。あの晩も、星が綺麗な夜で、――確か私は、流星群を見に出かけたのだ。

目の前に降ってきたのは星ではなく、銀色の綺麗な髪を持つ青年だった。思い返してみても、随分な出会い方をしたものだと思う。名前も知らない、毒に魘されて意識の無い彼を引き摺りながら、あの時私は、とんでもないものを拾ってしまったな、なんて思っていた記憶がある。
――まさかその後、彼に再会して、隣人から友達になるだなんて。……そして今は。


部屋の前につき、私はカカシの背から降りた。久しぶりに踏んだ床の感触に、膝の力が抜けそうになる。カカシは私を見下ろして、「無理させてごめん」と頭を掻いた。途端に恥ずかしくなって、自分の顔が熱を持つのがわかった。彼の目を見ていられず俯く。冷たく固い床の感触を背中に思い出してしまう。初めてだった。けれど後悔はしていない。

そのまま暫く向き合った状態で、お互い顔を見られないまま黙ってしまった。さっさと、おやすみと言って部屋に戻れば良いのに、――そうできず、かといって、もう少し一緒に居たいなどという勇気も出なくて。カカシが黙っているのは、もしかして、同じ気持ちだったりするのだろうか。

また明日、と言って良いのかもわからない。明日、というより、もう今日だけれど、カカシが任務かどうかも聞いていない。私はあと二時間も寝れたらいい方で、今日は睡眠不足の状態で薬屋を開けなければいけないのだけれど、カカシは一体、どんな予定なんだろう。気軽に聞いてみても良いのだろうか。

今までそんな事に悩んだこともなかったのに、私はたぶん、昨日と今日で変わってしまった私達の関係に戸惑っている。――それとも、何も変わっていないのかもしれないけれど。だって、はっきりとした言葉は、何も。

「……あの」
「ほしみ」

言葉がかぶり、顔を見合わせる。私は黙って、カカシに続きを促した。

「オレの部屋来ない?……もちろん、すぐに寝た方が良いのはわかってるけど」
「……」
「何もしないから、一緒に寝よう」

カカシは頬を掻いて照れくさそうに微笑んだ。

「何もしないって……」

今更でしょ、と思って小さく笑うと、カカシは「ダメかな」と困り笑いをする。

「駄目じゃ無いけど。……それって私と、もっと一緒にいたいって事?」

私はどきどきしながら、けれど、素直な気持ちで尋ねた。私はもうこの人の事が大好きだった。いつからかはわからないけれど。きっと、随分前から、とても好きになっていた。

「うん。――もっと一緒に居たい」

カカシは真剣な顔をした。少し緊張した様子で、私の事をじっと見る。色違いの両目がそらされる事は無い。

「――私も」

それだけいって、一歩踏み出した。カカシの胸に顔を寄せる。そっと背中に手が回されたから、私も同じように彼のことを抱き締めた。途端、力強くなるカカシの腕に、幸福な、満ち足りた気持ちが沸いてくる。ついで、抗いがたい眠気も。






宝石箱をぶちまけたような夜空が、木々の隙間から覗いている。下忍の子ども達を引き連れて、珍しく少し遠出した任務の帰り、もう里は目と鼻の先だというのに、足が痛いだの喉が渇いただのと文句を言われて、森の中で一時休憩をしていた。自分でも甘いな、と思うが、まあ良い。急いで里に戻る必要は無いのだから。

手伝いをした農家の人から、帰ったら食べるようにと貰った大福をナルトが早速食べている。お婆さんが水筒に温かいお茶まで入れてくれたので、サクラは嬉しそうにそれを飲んでいる。サスケは木の幹に凭れて、オレと同じように星空を見上げていた。

「なんだか、ピクニックみたいね」

少女らしくはしゃぐサクラに笑いながら「ピクニックは昼間にやるもんでしょ?」と言うと「夜だっていいじゃない」と彼女は明るく笑った。サスケもナルトも、何も言わずに微笑んでいる気配がする。孤独な幼少時代を過ごしてきた二人が、何を考えているのかは、言わなくともわかる。それを素直に表に出せない事も。

「なー、あの星だけなんで赤いんだってばよ?」
「赤いのはアレだけじゃないわよ」
「……星の名前も覚えてないのか、ウスラトンカチ」

ナルトが図星をつかれたという顔でサスケにくってかかり、サクラはそれを止めるでも無く、「私はもちろん知ってるわ!アカデミーでならったもの!」と胸を張る。

「星座は?」
「え?」
「星座も、アカデミーで習うんだったっけ」

珍しく会話に加わったオレの事を、三人が見つめてくる。何だか、少しだけ嬉しそうに。普段休憩中も本ばかり読んでいるからだろうか、と少しだけ反省した。

「星座は――主要なものだけは教えて貰ったけど」
「そんなに詳しくはやらなかったな。自分の位置がわかるのに必要な星だけ覚えてれば充分だろ」
「そんな授業あったっけ!?全然覚えて無いってばよ」
「ナルトお前、正座しなさい」
「うぇっ!?カカシ先生それってばダジャレかよ!?」
「フフフ……ホントあんたってばかね」

三人に星座をいくつか教えてやりながら、――そうか、こうして星を見ながらオレに色々と教えてくれたのは、親父だったんだ、と思い出す。微かな、忘れかけていた記憶を思い出して、胸の内がほんのり温かくなった。

「はぁ……好きな人と星を眺めるって、ロマンチックーー」
「……」
「サクラちゃん、それってばオレの事!?」
「あんたな訳ないでしょ!……ね、サスケくん?」

そっぽをむいて、でも顔を赤らめているサスケを見て、まだまだ可愛い年頃だなあ、と思っていると、突然サクラの興味がこちらへ移った。

「ねぇカカシ先生は?恋人とこんな風に、星空を見上げた事も、やっぱりあるんですか!?」
「んー、どうだろうねぇ……」
「無駄だってばよサクラちゃん。カカシ先生はどうせ、何聞いてもはぐらかすんだって」
「……オレだって真面目に答える事ぐらいあるよ?」
「ウソウソ。先生ヒミツシュギじゃんか。いつもケチくせーってばよ」
「随分生意気言うじゃない」

ナルトのほっぺを掴んでびよーんと伸ばしていると、サクラが「じゃあ先生、教えてくださいよ!カカシ先生って、彼女とかいるんですか?」と身を乗り出して聞いてきた。サスケの耳もぴくりと動く。

何て答えようかな、と迷いながらまた、頭上を見上げた。下忍達の間であれこれ噂になっても困るような、困らないような。……いや、別に困ることは何も無いか。

「ほしみ、降りといで」

「「「え?」」」

下忍達の声が重なり、ぽかんとした様子でオレが見上げる先を見た。

がさがさ、と頭上の木の枝が揺れる。オレは立ち上がって両腕を広げ、彼女を受け止める準備をした。やがて木の上から落ちてきた恋人をしっかりと腕の中に抱きとめる。反動でよろめいたのはご愛敬だ。

「は!?え!?だ、誰だってばよ!?」
「いつからそこに……!?」
「忍……か……!?」

パニックになる三人を見て、あらら、誰も気配に気づかなかったの?こりゃ鍛え直しだな、と思いつつ、腕の中のほしみを地面に降ろした。

「あはは……やっぱり気づいてたの?」
「気づかないわけないでしょ。……今晩小屋に行くって言ってたし」
「うん。ばっちり薬草、収集できたよ」
「で、何で木登りなんかしてたわけ?」
「今夜は星が綺麗だから、もっと高いところで見たくなって。登ったはいいけど降りられなくなっちゃいまして……」
「そんな事だろうと思った」

オレに怒られると思って大人しくしていたんだろうか。それとも、ナルト達がいたから、恥ずかしくて黙っていたのか?まったく、彼女にはいつも驚かされる。

オレ達の会話をしばらくぽかんとした様子で聞いていた三人だったが、ショックが抜けると、矢継ぎ早にあれこれと質問攻めにされた。

「誰だってばよ!?」
「カカシ先生の知り合いですか!?」
「忍者……ではないのか?」

ほしみは目をぱちぱちと瞬かせてから「えっと、私はただの薬屋だよ」と笑った。

五人で里へ向かって歩きながら、帰る道は賑やかだった。いつかの……ミナト先生やリンと見た時と同じ、不思議なほど綺麗な星空の下なのに、あの時とはまるで違っていた。大事な人たちが共にいる、という点は一緒だったけれど。

もっと前、オビトも生きていた頃、やはり四人でこんな星の夜に森を歩いた。
さらにずっと前には、父と二人で。

そしてあの日、星空の下で彼女に出会った。
今もほしみと共に歩いている。
これから先も、叶うならば死ぬまでずっと――。

三人の子ども達が歩く後ろを、ほしみと並んで歩きながら、そっと手を取れば、握り返してくれた。ただ隣にいてくれる事に、どれだけ救われてきただろう。

視界の端を、ほうき星が流れていく。その温かい光は優しく、どこまでも伸びていった。

end.
20171205


星空のおとしもの



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