非番の朝はいつもよりもゆっくりと寝ていられた。朝日が昇って大分たってから目を覚まし、明るくなった部屋を見わたす。ひとつ欠伸をして、いつから自分はこんなにぐっすりと眠れるようになったのだろうと不思議な気持ちになった。

昨夜、ほしみに貰った入浴剤を試したのが良かったのかもしれない。ラベンダーの他にも色々入ってて、と、ほしみはいくつかの薬草の名前を挙げた。そもそも湯を張ることすら面倒で、湯船に浸かる事自体が随分と久しぶりだった。小さな半透明の袋を浮かべると、湯色は透明なまま、ほのかな薬草の香りが広がった。深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐きながら、全身の疲れがほどけていくような心地良さに目を閉じた。

顔を洗って歯を磨いて、それからすっきりと腹が減っている事に気づいた。睡眠欲が満たされて食欲がわいて、随分と健康的な事だ。ごく当たり前のことが当たり前じゃ無くなって、いつからか不健康なことの方が当たり前になっていた。生きる力。ふいにほしみに言われた言葉が頭をよぎった。

『カカシの命が助かったのはカカシ自身の生きる力のおかげだよ』

別に死にたいと思っていたわけじゃない。けれど、生きたいと思っているわけでもない。いつからかずっと、そう思ってきた。何故か一人だけ生かされてしまったこの世界で、自分はどうしたいのか等考える余地も無く、何かを選択する自由も無かった。――そう、思い込んでいた。選びたくてこの人生を選んだわけじゃ無いと。あまりにもいじけた考えだ。

けれどきっと、忍として生きていく事を選んだのは自分だった。父を亡くしたあと、そうして生きていくしか道はないように見えていたとしても。
父の行動を言葉では否定しながら心の中では否定しきれず、だからこそ、忍になることを選んだのだと思う。最初にそう気づかせてくれたのはオビトだった。

親友を亡くした後、あいつが最期まで大切に想っていた彼女を守ろうと決めたのも自分で。
結果としてオレはリンを守ることができなかった。命をかけてでも守ると決めたのに。

間を置かず、尊敬していた師も失った。守るべきものも、唯一の心のよりどころも、全てを失って自棄になっていた。何でオレだけが生かされたんだと何度もこの世界を恨んだ。同時に、恨むべきは自分の弱さだという事も、気が狂いそうなほどにわかっていた。

オレは生かされたのでは無く、生きる事を選んできたというのか。

生きる力という言葉の意味を考えるよりもはやく、ほしみが続けた言葉に、今度こそ打たれたような衝撃を受けた。

『救うって事で言えば、カカシだって忍としてこの里の皆の命を守ってくれてる。私たちをいつも、守ってくれているよね』

彼女にとってはきっと、何でも無い言葉だったのかもしれない。だからこそ、心からそう思ってくれているのだと、信じられた。たった一人の里人の言葉に、どうしてこんなにも救われた気持ちになるのだろう。

何人もの命を奪ってきたこの手に、あの日彼女が触れたとき。気が遠くなるような思いがした。父を亡くしたという事は共通していても、オレとは別の世界を生きている人。温かい日だまりのなかを歩いて行く人だと、そう思うからこそ、その明るさに惹かれていた。決して交わることなどないからこそ。

それなのにほしみは、そんな隔たりをいとも簡単に飛び越えた。
オレのことを救ったという自覚などきっと無いままに。



意識してしまえば、もう抑えられなかった。

その小さな背中を、自分の腕の中に閉じ込めてみたいと思った。
抱き締めればもっと、離れがたくなると知りながら。

ただの友人としては近すぎる距離に、ほしみは困惑していた。
けれど、彼女は許してくれた。その優しさがただただ心地良くて。
背中に回された腕に、泣きそうなほど安らいだ。


この感情に名前を付ける事には踏み出せないままで。



棚の上に目をやると、彼女の字が書かれたメモがそのままになっていた。
なぜか捨てることが出来なかったそれを手に取って、またその字を読み返した。

テーブルの脇にはパン屋の袋がそのまま残されている。持って帰るのを忘れたらしい。明日の朝も食べるのだと言っていたくせに……。

自分の頬が緩んでいるのを感じながら、ほしみはもう起きただろうか、と隣人を思った。


臆病者の独白



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