額の上で氷水が揺れる微かな音がした。目頭に粘つくような重い疲れがある。眼を使いすぎた後はいつもこうだ。ゆっくりと瞬きをして薄青い天井を見上げた。部屋を満たす静謐な空気に、夜が明けたばかりなのだと知る。

氷嚢を除けて体を起こすと、あちらこちらが痛みに軋んだ。溜息をついてふと、床に丸まって眠るほしみの姿を見つけた。隣の部屋から運んできたのか、淡い緑色の毛布にくるまっている。夕べ見たままの、薄い部屋着の肩が寒そうだ。音を立てないようにベッドから降りて、彼女の前にしゃがんだ。

夜明けの光がそう感じさせるのか、眠る彼女の白い顔は静物を思わせた。――ほんとうに生きているのだろうか。じっと見つめてしまう。睫毛の一本一本を、鼻梁を、閉じられた唇を。

どうしても確かめずにはいられなくなり、寝顔に手を伸ばした。少し迷って右手で触れたほしみの丸い頬は冷えきっていた。そのまま、じっと手をあて続けていると、徐々に皮膚の奥から体温が感じられた。――安堵としかいいようのない感情が胸の内に灯る。まだ薄暗い部屋の中で、確かに此処にいる命。

なぜ、こんなにも安らぐのだろう。彼女の呼吸の音をずっと聞いていたくて、自分の鼓動すら煩わしかった。

オレの前に、彼女は彗星のように現れた。同じ孤独を抱えて。

毛布からはみ出たほしみの白い指先をそっと掴んだ。体温が溶け合う前に、毛布の中にその手を押し込める。

――同じはずがないのに。

なぜ似ていると思ってしまうのか。彼女はオレとは違う。暗闇ではなく、日なたの中を歩いて行く人だ。

「……くしゅん」

ほしみが小さなくしゃみをした。

「お前が風邪ひいちゃうよ……」

毛布ごと抱え上げたほしみの体は温かく、柔らかい匂いがした。冷えていたのは顔と指先だけだったらしい。ベッドに横たえて布団をかぶせてやると、口の端がかすかにあがり、微笑むような寝顔にかわる。

「……父さ……」

囁くような言葉に、胸の奥が小さく痛んだ。どうか、彼女が幸せな夢を見ていますように。




















「君はバカなの?」

不機嫌な声に瞼を開けると、ほしみが突っ立ってオレを見下ろしていた。

「おはよう……」
「おはようじゃないよ。なんでカカシがここで寝てるの?何にもかけないで……」

ほしみが怒っているところを見るのは初めてかもしれない。呑気な事を考えながらソファから体を起こすと、さすがに体が重かった。

「カカシはずっと病人でいたいの?」
「……チャクラ切れを起こしてるだけで病人ってわけじゃ……っくしゅ」

くしゃみが出て、背筋を悪寒が走った。疲れで熱を出すことはままあった。今回もそれかと思っていたが……。ほしみの言っているとおり、風邪を引きかけているのかもしれない。

「引きかけてるっていうか、君のそれは完全に風邪だよ」

ほしみが半眼になって低い声で言う。

「人の心読まないでくれる」

オレは内心焦りながら言い返した。

……怒られることが嬉しいなんて、どうかしている。



夜明け色に染まる



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