カカシと私はどうやら『ごはん友達』というやつになったらしい。なんとものどかな響きだが、この関係をそう呼んだのは彼の方である。先日、仕事を終えて家に向かって歩いていたら、ばったりカカシに出会った。隣に住んでいると言うことを差し引いても、彼とは何だか良く出会う。外灯の薄明かりの下、二人の暗部が立っているのを遠目に見たとき、まさかとは思ったけれど、だんだん近づくにつれて、やっぱりそうだと確信した。

お面をしていても、その銀髪と背格好、会話する声からカカシだ……と思ったけれど、声をかけるのは躊躇われた。カカシはもう一人の、同じく暗部の格好をした茶髪の男の人と立ち話をしていたからだ。任務帰りだろうか。

一般人である私が、忍同士で会話をしているところに気楽に割り込むわけにも行かず、その横を足早に通り過ぎようとしたら、ふいに銀髪が振り向いて「ほしみ」と名前を呼ばれた。

まさか声をかけられるとは思わず、ちょっとびっくりしながら立ち止まる。キツネなのかイヌなのかわからないお面を外して、「オレだよ。仕事帰りなの?」と微笑んだのは、やっぱりカカシだった。こくりと頷くと、カカシの横に立っている茶髪の、ネコのお面の人が「先輩のお知り合いですか?」と小声で聞いた。
「そ。……オレのごはん友達」
「ごはんともだち……」
茶髪さんがつぶやくように、カカシの言葉を繰り返すのを聞きながら、私は目を瞬いて(そうだったんだ……)と心の中で思っていた。てっきり『お隣さん』と紹介されるのかと思っていた。ごはんがついているとはいえ、『友達』と言って貰えるなんて。

確かにカカシと私は、約束をしているわけでもないのに何だかよくばったり会って、その度、なんとなく一緒にご飯を食べに行ったりする仲になっていた。大体、夜ごはんを近所の定食屋で一緒に食べることが多かったけれど、たまに昼間出会うこともあって、そんな時は違うお店で食べてみたりした。

忍と一般人では話が合うわけなさそうだけれど、意外に話はよくはずんだ。といっても、大体私が、こんなお客さんがいてね……という面白くもない話をしてばかりだったのだけど、カカシはいつも楽しそうに聞いてくれて、笑って続きを促してくれたので、ついつい、いつも話しすぎてしまうのだ。私ばかり話していて、つまらなくないだろうか。しかし、たまに訪れる沈黙の時間も、それはそれで不思議と居心地が良かった。それが何故なのかは、わからないけれど……。

世間話程度にも、カカシが彼の任務の話をしてくる事は無かった。それは仕方の無い事だと思うけれど、やはり少し寂しかった。彼はただ私の話を聞いて静かに笑っていたり、先に食べ終わったときには、何だか怪しいタイトルの文庫本を読んでいたり。いつもそんな風だった。

だから、まさかカカシの中で私が「ごはん友達」として認識されていたとは……。今はっきりそう言われて、ちょっとびっくりして、それから頬が緩んでしまった。たまに会うお隣さんと、なんとなく一緒にご飯を食べる仲になれた事も嬉しかったけれど、カカシの中で私は「友達」にまで昇格していたのか。この茶髪の人にさっくり紹介するために、何気なく言っただけなのかもしれないけれど、嬉しかった。





二週に一度、薬を買いに来る呉服屋のおばあちゃんが生栗をくれた。家に大きな栗の木があるそうで、毎年分けてくださるのだ。ごろんと大きな栗はつやつやしていて、一人では食べきれないぐらいの量があった。昼間のうち日なたに干していた栗を家に持ち帰り、今夜一気に煮てしまおうと思って水につけておいた。

夕飯を食べ終えてからまた栗の鍋にむきあって、お父さんは栗が好きだったな、と思い出して少ししんみりした。近頃ふとした拍子にぼんやりしてしまうのは、気温が下がってきたせいもあるのかもしれない。裸足の足が冷たくなっている。

栗の実がゆであがる頃、隣の部屋のドアが開く音がした。お隣さんが帰ってきたらしい。一つ取り出して割った栗が柔らかいのを確認してから、ざるに上げた。山ほどゆであがった栗を皿にのせ、机に置いて腰をおろした。包丁で割ってスプーンですくって食べると、まだ温かい栗がほくほくしていて、とても美味しかった。塩気もいいかんじにきいていて、栗の甘みを引き立てている。

カカシは栗が好きだろうか。お隣さんの顔が浮かんだ。ゆでたての温かい栗を食べてほしい気持ちもあるけれど、今夜はもう遅い。明日の朝にでも、声を掛けてみよう。美味しいものを食べると、自然とカカシの顔が浮かぶようになっていた。最近よくカカシとご飯ばかり食べているからかもしれない。先日ごはん友達と言われたことをまた思い出して、一人にやけてしまった。

ふいに、窓をこつこつ叩く音がした。何だろう?立ち上がって、ベランダに続く窓のカーテンをあけてみる。室内の明かりが反射してよく見えない。窓をそっと開けてみると、冷たい秋の風がふきこんできた。暗い夜空を見回しても、音の正体が見つけられず、気のせいだったのかな、と思いながら、ベランダに出ようとしたら、びゅうと何かがとんできて、私の頬の横をかすめた。

「きゃっ!!?」

よろめいて、部屋の中に顔をむけると、白っぽい何かが、バサバサ音をたてなから天井のあたりを旋回している。

「……鳥?」

茫然としていると、窓の外から「ほしみ?」と私の名を呼ぶ声がした。
後ずさりながらベランダに出ると、隣のベランダから「どうかした?」と声がする。ベランダの手すりに凭れたカカシがこっちを見ていた。私の悲鳴が聞こえて出てきたのだろうか。

「な、なんか鳥が入ってきて」
「鳥?」
「どうしよう……」

部屋の中でバサバサ暴れている鳥を見ながら困り果てていると、「そっちいっていい?」とカカシに聞かれた。こくこく頷くと、彼はひょいっと自分のベランダの手すりに飛び乗った。え!?と驚いている間に、カカシは跳躍して、もう私の隣におりたっていた。ここ三階なのに……まさかベランダから来るなんて。やっぱり忍なんだなぁ……。

「びっくりした……」
「ん……?」

何のことか解らないというようにカカシは首を傾げて、それから私の部屋に目を向けた。鳥はまだ暴れながら飛んでいて、多分パニックになっているんだと思った。はやく捕まえてあげないと、ぶつかって傷ついてしまいそうだ。

「あー……お前か」
「え?」

カカシが部屋を覗き込むと、鳥は一直線にカカシの方へ飛んできた。ぶつかる……と思って息を飲んでみていると、彼は落ち着きはらった様子で右手を鳥に向かって差し出した。鳥はあっさりカカシの右手に乗った。

「……すごい。鳥使いだったの?」
「ぶはっ……鳥使いって何?」

カカシは笑いながら、大人しくなった鳥の足元を探っている。よく見ると、何か紙らしきものが結びつけられているみたいだった。それを開いて中身を読むと、カカシは「はぁ……また面倒なのが回ってきたな」と呟いた。鳥の頭を撫でてから「お前、ほんとにドジだよね……」と鳥に向かって話しかけている。

役目を終えたとばかりに、鳥が夜空に向かって飛び立つのをみおくって、カカシは私に向き直った。

「ごめんね。あいつ、明日の任務の知らせを運んできたんだけど。オレの部屋とほしみの部屋を間違えたみたい。……もう結構おじいちゃんだからさ」
「あの鳥、おじいちゃんだったんだ……」

まだぽかんとしている私の前で、カカシは困り笑いをする。そして右手に掴んでいたさっきの紙を、ぼうっと燃やしてみせた。

「わっ!え……?すごい。何で燃やしたの?」
「え?もう読んだからいらないし……」

唐突にあがった小さな火はあっというまに消えて、紙は跡形も無く消えていた。

「……忍者って手品師みたいだね」
「手品師って……なんか胡散臭いね」
「じゃあ、魔法使い?」
「そんなキラキラしたもんじゃないよ」

カカシの中で魔法使いはキラキラしたものなのか…と思いつつ、私は感心してカカシの事をじっと見てしまった。

「何?」
「いや……忍ってすごいなあと思って。ぴょーんってジャンプしたりボッと燃やしたり……」

カカシは頬をかきながら「別に……何にもすごくないよ」と笑っている。

「あ!そうだ、栗!」
「栗……?」
「よかったら食べていかない?」

さっき茹でたばかりなの、と室内を指さす。カカシが小さな声で「オレはほしみの切り替えの速さの方がスゴイと思う」と言った。部屋の中に招き入れると、「床が汚れちゃうけどイイの?」と遠慮している。みればカカシの足下は裸足だった。改めてベランダから飛び移ってきたんだもんな、と思って私は小さく吹き出した。
お湯で搾ったタオルをわたして、カカシが足を拭いている間に、私はスプーンをもう一つ持ってきた。テーブルの隣同士の辺にこしかけて、栗をひとつつまむ。鳥騒ぎの間に、栗は大分冷えていた。

包丁で割って、スプーンと一緒にカカシに渡すと「上品な食べ方だね」とつっこまれた。
「……栗をむくのが下手でして」
私の言葉にカカシは小さく笑って、包丁貸してみて、と言われたので渡した。栗をひとつとって、器用にするするむいていく。

「おお……上手だね」
「茹で方が上手だから綺麗にむけるんだよ。ほしみもやってみたら?」
「いい。……私がやるとすぐ割れるから」

ちょっと悔しくなったのが声に滲み出てしまったのかもしれない。カカシは笑いながら、綺麗にむいた黄色い実を、私の顔の前に差し出した。ぱくっとその実にかぶりつくと、ちょっと驚いた顔をされて、一瞬遅れて恥ずかしくなった。普通に手で受け取ればいいのに何をやってるんだ私は。

「……美味しい」

冷めて甘みが増したような気がする。幸せな気持ちになっていると、「うん、美味しいね」とカカシが言う。みるとさっき渡した栗を、スプーンですくって食べていた。

「その食べ方もいいでしょ」
「そうだね」

そうして笑っているカカシになんとなく癒やされながら、私はまた栗を一つ割った。そうして、スプーンで食べてみたり、カカシが何個も栗をむいて並べていくのを貰ったりしながら、山ほどあったはずの栗はどんどん減っていった。一人では食べきれないと思っていたけれど、二人で食べるとあっという間だ。美味しいものはやっぱり、二人で食べた方がもっと美味しく感じる。

「ふう、大分お腹いっぱいになってきた」
「だね。にしても茹で栗なんて随分久しぶりに食べたよ」
「そうなんだ?店に来るおばあちゃんが毎年くれるんだけどね、これを食べると秋がきた〜って感じがするんだ」
「へえ。お茶をくれたって人?」

少し考えて、この間柚子の入ったお茶をカカシと飲んだことを思い出す。

「ああ、あの人とは別の人!」
「ほしみは、お客さん達から随分好かれてるんだね」
「んー……私が小さい頃から来てくださってる方々だからね。孫みたいに思ってくれているのかも」

気恥ずかしくなりながら栗の皮を片付けていて、ふとこの間の事を思い出した。

「ねぇ、そういえば。この間、私の事をごはん友達って言ってくれたよね」
「……ああ、馴れ馴れしかったかな?」
「ううん。友達って言って貰えて嬉しかった」

私が笑うと、カカシは鼻を掻いて恥ずかしそうな顔をした。

「あの茶髪の猫の人は後輩さんなの?」
「猫の人って……ほんとほしみって面白いね。あいつはテンゾウっていって……」

そうしてカカシは、後輩さんの話をきかせてくれた。彼が忍の話をしてくれるのは、たぶん初めてだったと思う。きっと一般人に話してもあたりさわりの無い内容だけを選んで、話しているんだとはおもうけれど、私はそれが、とても嬉しかった。その晩は遅くまで、とりとめない話をした。カカシが隣の部屋に帰っていくとき、少しだけ寂しかった。


お隣さんと秋の夜



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