2.心の底からやりたいと思わないのならやめておけ。
「生徒会長になろうと思う。」
一度前の春。
二度目の春。
カルナに生徒会長になるので応援演説をしてほしいと頼まれた。
カルナが俺に何かを頼むのは珍しい。俺は二つ返事で承諾した。
カルナが生徒会長とは…自ら立候補したとは考えられない。担任にでも薦められたのだろうか。
「感謝する。」
そういった口がほんのすこしだけ弧を描いていてうれしくて、些細な疑問なんて吹き飛んだ。
そんな小さな思いをひとつ見つけるたびに、気持ちだけが大きくなっていた。
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「む、もうこんな時間か。」
候補者の届出やら選挙公報に掲載する文章やらを提出していたらいつの間にか夜になっていた。
暗い帰り道、カルナは疲れているのかいつもより口数が少なく上の空だ。
会話が途切れ、静まりかえる。
住宅街、周りは誰もいない。
街灯がひとつ。白いライトに照らされて、ぱっと見いつもと変わらないような顔がより透き通って見えた。
「カルナ。」
思い至ったときにはすでに、手首をつかみ、引き寄せていた。
「?」
背中に手をまわし、抱きしめる。
その人の体温が、春寒の夜風で冷え切った身体にしみる。
柔い髪に指をさしいれ頭を一撫ですると、首筋にふぅっと熱い息がかかった。
「今日は疲れたな。」
「ああ。今日はありがとう。」
どことなく戸惑いを感じる動きはあったが…カルナの腕が俺の背にまわされた。
これまで抱きしめたことなどなかったのだから、戸惑うのも無理はない。
「その、なんだ。抱きしめられる、というのも悪くない。」
幸福そうな顔をするその人をみて、何かが満たされるのを感じた。
俺はポロリと「幸せだ。」と口にしてしまって、それを聞いたその人は「そうか」と微笑むと再び帰路をたどりだした。
いってしまったとAは羞恥に目をそらした。
少し目を向けていれば、その人のほんのりと紅潮したその顔に気がつけただろうに。
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以降、特に何の問題もなくカルナは生徒会長になった。
もともと彼以外に立候補者はいなかったらしい。話では立候補ということだったが、やはり押し付けられたのではないのかと勘ぐってしまう。
カルナがいいように利用されないようにと、なんとなく見張るようになっていった。
そんなあるとき、文化祭の話し合いで集まりがあるから遅くなるとカルナは言った。
課題やら復習やらで時間を潰し、話し合いが終わるのを待っていたのだが、生徒会室の明かりが消える気配はない。
もうすぐ完全下校時刻だ。さすがにこれ以上長引くことはないだろう。先に昇降口に行っておくことにした。
昇降口、あたりは暗く、しかも大雨。激しい雨の音と薄暗い空間のせいで不気味な雰囲気だ。
そんな不気味な空間の中、全く気配なんてしなかったのに人がいて、ひえっとおどろいてしまった。
その人と目が合う。
夜のような黒い瞳に言葉を失う。
端正な顔立ちにきれいな褐色の肌。雰囲気も手伝って彼は人間ではないのではないかと思ったが、見たことのある白い学ランが目についた。確かうちの兄弟校の制服だ。
今日はカルナがその兄弟校の生徒会が来るといっていた。なるほど、彼がそのうちの一人か。
「えっと、生徒会の人?どうしてこんなところに?会議は?」
「会議は終わりました。」
まだ心のどこかで彼は人形なのではないかという疑念が残っていたのか、その懇切丁寧な返しにまたすこし驚いてしまったが、傘を忘れて立ち往生していたと聞いて普通の人間だと思い直す。
まあカルナも今日は傘を持ってきていたし、ビニール傘の一つくらいいいかと思い、その男に差し出した。
「これ使えよ。」
少し驚いた顔をしたその人が、口を開こうとしたときだった。
「嘘をつくな、アルジュナ。」
カルナだ。カルナはいつもと変わらない顔をしているのに、どこかいつもと違う。ビニール傘の落ちる音が響いて、思考だけでなく身体も硬直していたことに気がつく。二人の放つ緊張感に息さえ詰まる。まるで空間が凍りついたようだ。もう一人の…アルジュナと呼ばれた男に目を向ける。こちらからも先ほどまでの穏やかな気配は失われていた。
「オレに用があるのだろう?言いたいことがあるのなら言え。」
ズカズカという効果音でも付きそうな足取りでカルナはアルジュナに近寄った。
こんなカルナは見たことがない。その威圧で後ずさった俺とは対照的に、アルジュナは眉一つ動かさず口を開いた。
「いや、もう用は済んだ。邪魔者は消えよう。」
アルジュナは俺とカルナを一瞥し、カバンから折り畳み傘を取り出し去っていった。
「傘あったのかよ…っていうか、知り合い?」
「お前が気にすることではない。」
帰ろう。
そう言ったカルナはアルジュナが去っていった方向だけを見つめていた。
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