1.嘘は愛を殺す。
春の朝、その人の白い肌が桜の色をはね返し、とても暖かいものに見えたので、思わず「綺麗だ。」と呟いた。
その人はいつも通り「そうか。」と目を閉じ微笑んだ。
それが美しくて、自分のものにしてしまいたくて、その人の細い体を抱き寄せる。
唇を食んで、舌を押し込んでみても、その人は決して抵抗しなかった。
けれどその瞳は俺を見てはおらず、そのひとは俺の肩に落ちてきた桜の花を掴み、「綺麗だ。」と呟いた。
その人がずっと桜の花を見ていたのだと気がついて、胸が痛くて、痛くて、もう1度、今度はその人が花を落として、何も見なくなるまでその唇から酸素を奪った。
とんとんと背を叩く手は苦しみからではなく、俺をなだめているようで、そのひとときだけ、その人の心に近づいたように思えた。
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その人、カルナに出会ったのは二度前の春、高校一年の入学式だ。
そのときカルナとは同じクラス。
白い肌に白い髪、神秘すら感じるそれはこの教室では異質で、彼に話しかけようとする者はいなかったし、俺でさえ初めは自分から声をかけようとは思わなかった。
「お前もこちらなのか。」
話しかけてきたのはカルナからだった。
俺もカルナも徒歩、自転車やバスをつかう通学が多いこの学校では珍しく、さらに同じクラス。話しかけるのには十分な理由だ。
それから気づけば毎日、俺たちは登下校を共にするようになっていた。
約束をしていた訳ではない。そのときは理由すらなかった。ただ自然と帰路は二人でと思うようになり、あたりまえに定着していたのだ。
しかし時がたったある日の放課後、カルナは用事ができたといって教室を後にした。靴箱に靴が残っていたから、下校したわけではないのだろう。俺は特に用事もなかったので待ってみることにした。
「A?待っていてくれたのか?」
ほんのしばらくして、カルナは靴箱に現れた。たいした用事ではなかったのだろう。
「そんなに待ってないぞ。帰ろう。」
いつもと同じ道を並んで帰る。
毎日一緒にいるのだから、話題になるものなどひとつしかなかった。
「用事ってなんだったんだ?」
人間なのだから聞きたくなるのは当然だ。
濁されるようなら追求はしない。そのくらいのちょっとした好奇心だった。
「クラスの女子に呼び出されて、好きだといわれた。」
Aの足が止まった。
「なんて返したんだ。」
「そういったものはよくわからない。と断ったのだが、悪くないと思うのならもう少しだけ考えてみてほしい。と言われ今に至る。いくら考えてもかわりはしないと思うのだが…」
カルナは包み隠すということも知らぬ実直な男だ。けれど押しに弱いのも事実。
このまま放っておけばきっと二人はうまくいく。その女子の思うとおりにいくのだろう。
そう思うとAはとっさに次の言葉を繰り出していた。
「俺もカルナが好きだ。」
カルナは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。あたりまえだ、当の俺ですら驚いているのだから。
「A、先ほども言ったがオレはそういったものは」
「考えてみろ。他にそんな存在ができたら、一緒に帰るなんてもうしないだろ。」
カルナは口をつぐんだ。
最初は奥底にあっただけの、消えてしまうだけだったひとことなのに、もう一押しと思うと口走らずにはいられなかった。
「少なくとも俺はできない。」
「!、それは嫌だ!」
決定打だ。
嫌だ。などと、好きだと言っているようなものではないか。
「今日、待っていてくれてうれしかった。だから…」
「だから?」
「オレもお前が好きなのだ、と、思う…」
「そうか、ありがとう。」
上がった口角が下がらない。
このときカルナを手に入れた。
と、思っていたのだ。
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bkm