無邪気な中毒者 | ナノ

23.嘘は愛を殺す。 しかしバカ正直が、ますます愛を殺してしまうのだ。※


初雪の朝、その人は雲間に覗く僅かな陽の光をはね返し、雪に等しく冷たく透き通って見えたが、抱きしめてみると暖かくて、心地よくて、なにも言葉がでなかった。
その人が目を覚まして、俺をみつめて微笑んだ。
その笑顔さえ誰でもない、Aのものだと、彼は言う。
細いながらもしっかりと肉がついた尻はまだ密着していて、眠っているあいだもAをいれたままだった。
今、その人の身体には激痛が走っているだろうと引こうとしたが、抱き止められてあきらめた。

時計を見ると午前11時をすぎていて、一瞬は無断欠席かと落ち込んたが、1度くらいいいかとその人を抱きしめ返す。ちょうど首筋が目の前に来て、じゅっ、と吸い付いた。その人が短く息を吐く。
まだ眠たそうな顔がほんのりと紅くなって、いつもより一層官能的に見える。
首筋から胸へ下り、何度も啄む。肌が白い分、それは紅く花を咲かせてよく目立つ。

「綺麗だ。」

カルナが胸元の見える位置に咲いた花をそっとなぞる。
キスマーク……一番わかりやすい独占欲の形だ。

「オレはいま、何にも換え難い悦びを感じている。お前はどうだ?」

きゅっとアナがしまった。
もう完全にAの形になったそこは、昨晩の続きを望んでいる。

「この言葉を使うのを、今一度だけ許して欲しい。」

コクリと喉がなった。その言葉にはっきりと欲情して

「オレの全て、なにもかもを差し出しているつもりだ。
……存分に使うがいい。」

その腰をがっしりと掴んでいた。



初雪の小さな影が、清廉な白い肌を滑る。
唇から胸、腹から下肢へと落ちようとした時、えも言われぬ不安に襲われ、思わずカーテンで遮った。
自分のとった行動に困惑するAに対し、カルナはそれでいいのだと微笑む。これがこれからの2人の関係で、2人の成しうる最高の在り方なのだ。

この瞳が今、カルナだけを映している。
逸らし続けてきたその人を、はっきりと捉えている。

その瞳に、俺は映っていない。
その人はずっと、本当は俺だけをみていたかった。

空の瞳はずっとAを探していた。
ズタズタに壊されて、誰も映せなくなったそれで、ただ1人をずっと探していたのだ。

「A、好きだ。」

何も変わらない。冷たくて、どうとも思えない、つまらない言葉。
けれど、もうこれでじゅうぶんだ。どれだけ逸らしても、どれだけ忘れても、1番大切なことはいつもここにあった。

「好きだよ。カルナ。」

俺はカルナを見つめている。
誰がどう思おうと、俺はカルナが好きなのだ。

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新しい春がきた。

俺……Bは無事進学。誰も自分を知らない、誰もアルジュナを知らない新しい土地で、当たり障りのない、穏やかな日々を過ごしている。

毎日絶対連絡、なんてアルジュナらしくもない、こちらから断絶してしまえばおしまいの、抜け道だらけのルールを守り、毎日声を聞かせている。
しかし、離れて2ヶ月がたった頃、またなにか忘れてしまったのだろう。気を使って隠そうとはしていたが、その日のアルジュナはどこか悲しげな声をしていた。

だから、今日はアルジュナに会いに行くことにしたのだ。


ガタンゴトンと電車に揺られる。
あと1時間もすればアルジュナのいるあの地に着くだろう。

何を考える気にもなれず、微睡むようにただじっと窓の外を眺めていると、見た事のある人影が乗車してきた。
その人物に驚いて、眠気が吹き飛ぶ。

あの事件以降1度も顔を合わせなかった彼、カルナだった。

「む、Bか。なんだ、お前も帰郷か?」

「うん、まあ……Aは一緒じゃないのか?」

「ああ、今はな。」

静寂が訪れる。ガタンゴトンと電車の音のみが響き渡る。
窓に覗く風景が移り変わると同時に、時計の針も進んでいく。
正面に座った白い男は前と何も変わっていないのに、その顔はどこか憂いを帯び、前よりずっと艶やかな雰囲気を醸し出しているように見えた。

「アルジュナには会いに行くのか?」

「行くよ。」

「そうか……ヤツは存外、素直になりきれぬ男だ。
だから、オレから言わせてもらう。」

木々が陽光を遮り2人のいる場所は影になった。
けれどカルナ自身が、カルナこそが光輝を持つように見えて、かわりに、

「アルジュナを見捨てないでやって欲しい。
お前が決別を望むのであれば、きっとアルジュナはそれを受け入れるだろう。受け入れてしまうんだよ。
それを見るのは、オレにとっても耐え難い。」

かわりに、これまで一抹の翳りもみせずいにたカルナの目が、少し、曇ったようにもみえた。

「捨てるわけないだろ。俺にとってはアルジュナくんが全てなんだよ。」

「そうか……そうか。心配していたんだ。お前はAやアルジュナと、違う目をしていたのでな。」

「アルジュナくんとAは同じ目をしてる?」

「ああ。同じ目をしている。」

ガタンゴトン……

「俺は、そうは思わない。」

「?」

「アルジュナくんは、アルジュナくんだけの目を持ってるよ。」

カルナは気づいた。
Bは盲目だ。
彼の瞳には、本当にアルジュナしか映っていないのだ。
だからわかるはずもない。Aなんて見たことがないのだ。

そしてそれは、カルナがそうでありたいと願ったものだった。

「そう、だな。忘れてくれ。」

「そうだよ。全然似てないよ。」

ガタンゴトン……

電車が目当ての駅に近づいた。
席を立ち、扉の前に立つ。

改札の向こうにアルジュナがみえる。
俺とカルナを見つけたようだ。

俺はいてもたってもいられずに駆け出した。

駆け出した瞬間、カルナが何かを言ったが、それは春風にかき消されて、全く聞こえなかった。

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「オレも、お前のようになりたかった。」

理想の2人に背を向け1人、帰路をたどる。
自分を待つAを思い浮かべながら。

Aだけを見る自分を、思い浮かべながら。


無邪気な中毒者―end

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