目に秋毫の末を察すれば耳に雷霆の声を聞かず。
19話ifR18G
「……もう行け、アルジュナ。ここに来たのは、オレが目当てではないのだろう。」
アルジュナは頷いて、Bの元へ駆ける。
何故か急がなければならないような気がして、どんどん足取りが早まった。
一刻も早くBに会いたかった。
チャイムを押す。その音が虚しく響き渡る。
返事がなくて念の為もう一度、またしてもその音は虚空に消えていった。
嫌な予感がした。
扉に手をかけると鍵はかかっていない。
そっと扉を開く。不思議と不気味に思える薄暗い廊下の先、人の影が見えた。
その影は地に足が着いておらず、縄に首をかけ1ミリも動きはしないようだった。
「ぁ……B……?」
台所にあった包丁で慌てて縄を切り落とし、ベットに横たえさせる。返事、なし、呼吸、なし、脈、なし、心臓音、なし……
地獄のような時間だった。
思いつく限りの人命救助の方法を試した。
どれも完璧に試行したつもりだ。
それでもBはピクリとも動かない。
もっとちゃんと記憶があれば、なんとかできただろうか。
なんて、そんなはずはなかった。
Bはもう完全に死んでいる。
初めからはっきりと理解していた。
「B……」
その人のぬくもりを探す。
身体はアルジュナが来るより前に、とうに冷えきっていた。その声も、鼓動の音も、何一つとして聞こえない。
もう永遠に動かないのだ。
「B……冷たい……今、暖かくしますからね。」
先程縄を切った刃物を手に取る。
もうどうするか決心がついているが、その腕はガクガクと震えていた。
「ああ、苦しい。恐ろしい……貴方はこれを乗り越えたのですか?」
Bの遺体に跨って、切っ先を自分の腹に。
ブチブチと肉を切る感覚。溢れる熱い赤。
その赤がBに落ちて熱を与える。
こぼれた臓器が、鮮血が、Bの体温になる。
たまらなく、愛おしい。
「私のB。私の…………暖かい。」
Bの心臓部に花が咲いている。
アルジュナから落ちたピンク色の花。
Bの届かなかった身体の中身全てが、愛おしいものに触れた。
その花の散らばる……自分の臓器が散らばる遺体を倒れるように抱きしめた。
紛れもなくBだったモノにキスを落とす。
どれだけ繕ってもどれだけ誤魔化しても、いまここでアルジュナはひとりぼっち。
それでもBに届くと信じて必死に舌を伸ばす。
口の中をまさぐってみても自分の血の味しかわからない。
冷たくて、悲しくて、自分の腹から零れ落ちた熱を少し流し込む。暖かいでしょう?と喉を震わせる。動かないその人に、最期まで返事を求めていた。
できることなら、その喉が作る音をまた聞きたかった。
「ガっ……はぁ……B……」
視界がぐらりと歪む。
気だるさが全身を支配する。
溺れるように、目を閉じる。
重い体が動かなくなる。
やがてその血も、臓器も、Bの身体も、アルジュナ自身も温もりを失った。
静寂。
残ったのは冷たい液体と肉だけで、そこにはもう、誰もいない。
愛した人も、愛された人も、誰もいなかった。
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bkm