10.remembrance
「……アルジュナくん。」
「B、来てくれたのですか。」
その後、アルジュナは入院している。
仕込まれていた液体はやはり薬物。
犯人は以前からそれをアルジュナの飲物に混入させており、体調を崩したのはそのためだという。
「来たよ、体調は良くなった?」
「ええ、お陰様で。」
アルジュナがなんともなかったような素振りで接してくるので、勘違いなのではないかと思いそうになる。
……薬の、副作用の効果が。
「B、手を貸してください。」
「手を?」
差し出した手を、アルジュナはぽんと自らの頭に乗せた。
「えっと……」
「撫でてください。……忘れたくないので。」
アルジュナは薬の副作用で、記憶を保てなくなっているという。
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以前やったのと同じように、よしよしと手のひらで優しい圧をかけた。
以前と違うのはアルジュナの髪が平時のように整えられていることくらいだ。
「B、今日はずっと一緒にいて欲しいです。」
「うん?泊まれってこと?」
「はい、実家に帰らなければならなくなったので、きっと会うのはこれが最後になるでしょう。」
こんなことがあったのだ。そうなることは予想できていた。アルジュナが遠くに行くのは心苦しいが、仕方の無いことだ。
「一緒に来て欲しいとはいいません。これまでもたくさん貴方にいただいたことは承知しております。それでも、このわがままを聞いてはもらえないでしょうか。」
後ろめたく思っているのか、アルジュナは俯いて、目を合わせてはくれなかった。
「アルジュナ、」
撫でる手はそのままに、その人を抱き寄せた。
「好きだよ。」
アルジュナが驚いて、顔を上げて、目が合った。
どうして、と零す口も、困惑に曲がる眉毛も、可愛らしくて仕方がない。
なによりあの日冷え切っていた身体が、人間らしく温かくて、とても安心した。
「私、きっと忘れてしまう。貴方のくれた物なんて、覚えておけないんですよ。」
「そんなの、何度だって作ればいいんだよ。」
「私は穢れたんだ、こんな穢らわしいモノ、貴方にそぐわない。」
「確かにそぐわないかもだ、俺なんかよりアルジュナはずっとずっと美しい。」
またなにか言い返そうとするその口を、己の口で塞いだ。その人は眉を寄せたが抵抗はせず、それをいいことに口付けたまま、でもそれ以上は踏み込めないで、互いにその柔らかさだけを堪能していた。
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それをみて、カルナは病室の扉をそっと閉じた。
オレなどいなくとも、アルジュナは大丈夫。彼にはもう、救いとなる人物がいる。
『貴様とAの関係は不純だ。』
いつかアルジュナが言っていた。
その意味がなんとなくわかって、一抹の苦しさを覚えた。
あの二人はきっとAと自分より正しくて、綺麗なのだろう。
だが、それがどうした。
不純であろうが、なかろうが、この気持ちに変わりはない。
Aにもらったあいしてるが、ずっと枯れていた心に水を与えている。
それだけが、オレを支えている。
そうに違いないのだ。
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bkm