謁見





「…え?」

「別に驚く事でも無いでしょう?あれだけの戦績を残していれば当然です」


 大佐から告げられた言葉に、私は唖然と立ち尽くす。


「…嘘ですよね?」

「私がこんな下らない嘘をつくと思いますか」


 ニコニコと笑う大佐とは反対に、私の顔面は青くなる。


「…無理です、私なんかが…」

「往生際が悪いですねぇ。いいから早く来なさい」

「え、いや、あの」

「私をイラつかせたいのですか?」

「直ちに向かいます」

「宜しい」


 黒く笑う大佐に無理矢理了承を取られ、私は重い足取りで後ろを歩く。



―――ピオニー陛下が、貴方をお呼びです。先日のエンゲーブの守備警護の件でお話があるそうですよ。


 つい数分前に大佐から告げられた信じられない言葉。私が陛下と謁見する…?そんな馬鹿な。ただの一介の兵士が、ただ任務遂行しただけで?陛下と顔合わせを許されるのは、私の軍曹という階級よりもっと上の…確か少佐クラスからだったはず。

 軍曹の私がカーティス大佐とこうして話せるのも、大佐が士官学校の槍の師であるからで、普通は大佐と軍曹は立場上、こんな気軽に話せる雰囲気ではない。


「何て恐い顔をしているのです。顔面が魔物みたいですよ」

「…すみません、緊張してしまって」

「はは。相手は陛下でも、我々の陛下はブウサギ好きの軽い男なんですから」


 確か大佐は陛下と幼なじみらしい。というと…三十代前半の若さで一国を任されているのか。凄い。そんな陛下を軽い男呼ばわりするなんて大佐も充分凄いのだが。しかもブウサギ好き?全く想像がつかない。


「では、入りましょうか」


 いつの間にか謁見の間に到着しており、私は素早く軍服の乱れを直す。扉を開き、ずんずんと中に進んでいく大佐の後に続いて、私も背筋を伸ばして歩く。そして、中央に…


「お、来たか!」


 凛と響く声に視線を合わせる。そこに居たのは…

 褐色の肌、金髪、とても整った顔が印象的な男の人。遠くから拝見したことしか無かったが、纏う雰囲気で一瞬で彼が陛下だと分かった。私は即座に片膝をついて平伏し、頭を下げる。


「お初にお目にかかります。自分は帝国兵士団槍術先鋭部隊隊長、ニーナ・アイリアス軍曹であります」


 自分でもよく言葉を噛まなかったと驚く勢いだ。そして心臓はバクバクで、一国の主を前にしただけでこんなにも緊張するとは正直思わなかった。


「ははは!ジェイドの言う通り、本っ当礼儀正しい奴だな〜!」

「さっきまで魔物もビックリして逃げ出すくらいの表情で緊張してましてねぇ」


 大佐ってば陛下の前で何て事を…とは思ったものの。未だに緊張したままの私は、下を向いたまま汚れが一つもない絨毯を見つめる事しか出来ない。


「…アイリアス軍曹だったな。ほら、頭上げろ。お前さんの活躍は聞いてる」

「は、はい」


 ゆっくりと顔を上げる。そこで、じっと私を見つめる陛下と目が合った。吸い込まれそうな、深い蒼い瞳。私も思わずじっと見つめてしまう。この人が…マルクト帝国の皇帝、ピオニー・ウパラ・マルクト九世…


「…ゴホン。お二人共、見つめ合うのは大変結構ですけど、とりあえず此処は謁見の間ですので」

「…!し、失礼致しました!」


 ハッと我に返り、私は全力で頭を下げて立ち上がった。それを見て、陛下は笑って下さる。


「先日のエンゲーブ守備警護、ご苦労だった。まさか20人の部隊とは知らなかったが…本当によくやってくれた」

「…お褒めに預り光栄にございます」

「しかもまだ23歳だったか。その歳で槍術先鋭隊を率いてるのには、俺も驚いたよ」


 次から次へと褒められ、どうしたらいいのか分からなくて大佐を横目で見る。が、大佐はにやにやと笑っている。あれは面白がっている表情だ、絶対に。


「おやおや、34歳で陛下になった貴方に褒められたって、嫌味にしか聞こえませんよねぇ」

「いえ、自分は…」


 大佐の嫌味に陛下は全く気にしたそぶりを見せず、ただ落ち着いた微笑みを浮かべている。私はちらりと、盗み見るように陛下を見た。

 この人が…ピオニー陛下…

 何だか信じられない。

 キムラスカと平和条約を結ぶ為に軍の上層部に頭を下げたと聞いて、私は勝手に軟弱だと思い込んでいた。今思えば、なんて失礼な思い込みだったんだろう。今目の前にいる陛下は、真っ直ぐな瞳で、こんなにも威厳が漂う一国の主なのに。勝手な思い込みで、知らず知らずに陛下を軽蔑していた自分を心の底から恥じた。


「にしても…本当に表情が堅いなぁ。そんなんで、こいつの補佐が勤まるのか?」


 くくっ、と。堪えるようにして笑う陛下の言葉に、私は疑問を口にした。


「恐れ入りますが…補佐とは何の事でしょうか?」

「ん?ジェイドから聞いてないのか?」

「あ〜そういえば言ってませんねぇ」

「お前…本当に人が悪いな。これからお前の直属の部下になるってのに」

「…?!」


 驚いて目を見開く。直属の部下…?!え、補佐?!
 ここが謁見の間で無かったら、きっと大きな声を出して驚いていただろう。私は何とか落ち着いて、陛下の言葉を頭の中で復唱する。

 補佐…直属の部下…まさか、私が、大佐の…?

 黙り込む私を半笑いで見ながら、大佐は淡々と話し出した。


「第三師団の補佐をしていた者が、先日の軍事会議で戦績事務処理部に移動になったんです。戦場で背中を預けるには頼りない人だったんでね。そこで、私の教え子でもあり、着々と実績を積んでいる貴方に上層部が目をつけた訳です」

「ジェイドの補佐はキツイだろうが、宮殿勤務にもなるし、待遇面では安心してくれ」


 大佐と陛下は私を見る。なんという展開だ…士官寮で暮らしている、ただの兵士の私が…でも…

 有難いお話だが、私は大佐に向かって恐る恐る口を開く。


「…光栄なお話、ありがとうございます。しかしながら私は槍術先鋭部隊の隊長で、まだ育成出来ていない部下達がたくさん居ます。彼らを置いて、第三師団補佐という立場に異動するのは…」

「ああ、それなら大丈夫だ。お前が率いてる槍術先鋭隊ごと、第三師団所属になってもらう」

「そういう事です。貴方が補佐の仕事中は、先鋭隊には宮殿・街周辺の警護を主にしてもらいます」


 あまりにも良い待遇に言葉も出ない。

 何百といる槍術部隊の中で、私が率いてるのは先鋭隊、人数は20名弱。陛下は、私だけでなく部下達も一緒に第三師団へと迎えてくれると仰った。兵士団の中から、宮殿勤務になるなんて…このいきなりの昇級に戸惑いを隠せないが、それ以上に努力が認められて嬉しい。

 私は陛下と大佐に敬礼をする。


「…有り難き幸せにございます。このニーナ・アイリアス軍曹含む槍術先鋭部隊、全身全霊を以て、第三師団に勤めさせて頂きます」

「ジェイドの補佐はどの師団よりも過酷らしいが、我慢強く頑張ってくれ」

「人聞きの悪いこと言わないで下さいよ」


 そして陛下と大佐は、私を見て微笑んでくれた。




 今日から私の、目まぐるしい毎日が始まる―――





20120708


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