ND2015




「アイリアス軍曹、突撃の準備が整いました」

「了解。じゃあ全員、槍を掲げて」

「「「御意!」」」


 私を含む全員が、長い槍を掲げる。私が短く譜歌を歌うと、譜術はみんなの槍に施され、蒼い炎が燃え上がった。その槍を構え、叫ぶ。


「全軍突撃ー!!」

「「「うおおおお!!」」」



 私達20人は全員で走り出し、前方から向かってくる何倍もの数のシルバーの兵隊に槍を投げ振るい、相手が譜術を使う間もないくらい、迅速に貫いていく。一瞬で譜術の効果を出せるように訓練した私は、槍を振るいながら、攻撃範囲外の敵も譜術で倒していく。

 私の戦闘を見た敵は怯み、そして生まれた隙を他の兵士達が見逃す訳がなく、どんどんとこちらに有利な戦況になってくる。

 私は大きく息を吸い込み、味方に聞こえるように叫ぶ。


「我がマルクトの勝利は目前だ!全軍突き進め!」

「「「おおおお!!」」」





―――――
――――――――





「キムラスカ300名の部隊をたった20人で撃破するとは…流石ですねぇ、マルクト槍術先鋭部隊隊長アイリアス軍曹」


 報告書を読み、掛けている眼鏡を中指で直しながら、私の上司であり、槍の師でもあるジェイド・カーティス大佐は笑った。光栄なお言葉に、敬礼をする。


「しかし、民間の領地にまで被害を加えてしまいました。私の監督不行き届きです。申し訳ありませんでした」

「被害と言っても、エンゲーブの畑がほんの少し燃えた程度じゃないですか」

「ですが…」

「民間人も、エンゲーブもきっちり守られましたよ。貴方は充分役目を果たしました」


 そう言って、大佐はやれやれと笑う。



「本当に貴方は堅苦しいというか真面目すぎるというか…。全く、見てて可哀想になってきますよ。もう少し楽にしなさい」

「…申し訳ありません」


 いつもの大佐の嫌味。けれど、それはどことなく優しさを含んでいて、私も少しだけ笑った。



「それにしても、キムラスカは我々に突っかかって来ますねぇ」

「エンゲーブは食糧が豊富な土地なので、何としても抑えたいのではないしょうか」


 ホド戦争が終わってからは休戦となっているのに、キムラスカはマルクトの領地を落とそうと攻めて来る事が多い。中でもエンゲーブは、この一年だけで三回目である。


「…土地柄もあるでしょうが、これじゃあ戦争を起こそうとしてるだけに見えますよ」

「そう…ですね」


 大佐は深い溜め息を吐く。私も視線を下に向ける。


「まぁ…昨年、皇帝がピオニー陛下に代わってからは、大きな戦争にならず済んでますが…こちらは我慢して大人しくしてるんですからね、腹立たしい限りです」

「…そうですね」


 カール五世前皇帝は非常に好戦的で、つい昨年までは毎日が戦のようなものだった。私も何度か参戦している。

 ご子息のピオニー九世陛下が皇帝になってすぐ、マルクトは絶対に戦争はしないと宣言。以前開かれた上層部会議では、キムラスカと平和条約締結の為に、ピオニー陛下を未だ認めていなかった軍の上層部に陛下自ら頭を下げたらしい。その場で反対の意見は出ず、全員が平和条約を結ぶという案で一致したそうだ。

 ただの兵士の私は陛下と言葉を交わしたことはない。陛下や上層部がどのような意見や思いで条約を結んだのかは分からないが、正直、少し陛下のことを軟弱に思ってしまう。

 戦争を回避したい気持ちは共感出きるが、ただ戦争を引き起こしたくないだけの…引き起こすのが恐いだけの様にも思えるのだ。

 確かに戦争は嫌だ。恐い。けれど…相手がキムラスカ軍であるなら、私は躊躇い無く殺せる。今回の任務のように…



「結局は分からないんですけどねぇ、敵国の思惑なんて。では私は、この報告書を軍事会議に提出してきます。貴方も疲れたでしょう。休んでなさい」

「…はい。失礼致します」


 大佐の部屋を出て、私は宮殿の近くにある士官寮に戻る。そして軍服のまま、ベッドに転がった。


「…戦争…か…」


 私は肌身離さずに付けている首飾りを握る。


「…父さん、母さん…」


 幼い頃、キムラスカに殺された大好きだった両親。当時5歳だった私を母が全身全霊でワープさせ、私だけが生き延びた。

 気付いたら、グランコクマに居た。セントビナー付近の草原に倒れていた私を、マクガヴァン元元帥が助けてくれたらしい。そして、目を覚まさない私から微かに音素の振動を感じた元帥は精密検査をする為、グランコクマの総合大型病院に運んでくれた。

 そこで、私は目を覚ます。ワープの寸前の記憶を思い出し、私は訳が分からなくて泣いた。


「父さんと母さんが…死んじゃった…ここはどこなの?またみんな殺されるの…?」


 周りの大人達は泣きじゃくる私を見てどうしたもんかと途方に暮れていたが、元帥が私の首で光る首飾りに気付き、驚きの声を上げた。


「この、首飾りは…まさかアイリアス家の…!?」


 自分の家がどんな家で、どんな立場であるのか。幼い私は知らない事だらけで、それでも元帥は、丁寧に説明してくれた。

 …私達アイリアス家は、マルクトの小さな島に住む住民だった。
名も無いほどの小さな島だったが、アイリアス家の一族には騎士団や譜術士がたくさんいて、一個小隊程の人数がいたらしい。その全員が第七音素を扱えることもあり、戦争では前線部隊・後方支援共に任されていたという。

 アイリアス家の当主で父の、ジョン・アイリアスは名高い槍の使い手で、その妻で母であるレア・アイリアスは、優秀な第七譜術士だったらしい。

 ある時、アイリアス家にキムラスカ軍が大量に攻め込み、皆殺しにされた。能力や技術の無いメイドや庭師まで、一人残らず。


「そうか…生き残っておったのか…良かった、本当に良かった」


 元帥は涙声で私を抱き締める。当時まだ何も理解出来なかった私は、ただされるがままになっていた。


―――そして。

 天涯孤独となった私は、グランコクマの子供施設に入れられた。けれど、元帥がいつも遊びに来てくれたし、みんな優しく接してくれたから…私は少しずつ立ち直る事が出来た。15歳になった時。私は助けてくれた元帥のお手伝いがしたくて、士官学校へと入隊した。


「…あれから、もう8年か」


 過去の記憶を振り返り、私は目を閉じる。23歳になった私は今は軍曹として、マルクトの槍術先鋭部隊を率いている。最初は人を殺すなんて、そう思っていたけど…殺らなきゃ殺られるこのご時世、戦場に出る度に慣れていった。

 それに、母が居なかったら死んでいただろう命。今はこの命を、助けてくれたマルクトの為に捧げると決めた。


「ちゃんと生きろ、って。母さんは怒るかもしれないな…」


 あの時…最期に母さんが詠んでくれた私の預言…母さんはすごく驚いて、けれどその預言を知る事は無かった。私が死ぬ時のことが書かれていたのだろうか…今となっては、何も分からないけれど。

 私は目を閉じて、押し寄せる睡魔に身を委ねた。



20120707


- ナノ -