俺は最低な上司です。


ピピピ、ピピピ、ピピピ……

甲高い機械音が聞こえる。俺んちのアラームこんな音だったっけ。ただただ眠い、というか頭が痛い。

でもなんだ、なんか柔らかい感触がする。温かくて気持ちいい。いい匂いもする。この匂いは、確か……


「ん……」


聞こえた、微かな声。
え、声? なんで? 俺、一人、暮、ら、し……


「え」


重い瞼を持ち上げた瞬間、目の前に、ミョウジの寝顔が飛び込んできた。天使か?

ありえない至近距離。近すぎるミョウジの寝顔がなんとも幸せそうで可愛くて思わずガン見する。まだ夢を見ているのか俺は。こんな幸せな夢なら覚めないでくれと願いなら、数秒。

ピピピ、ピピピ、ピピピ……

再び鳴りだしたアラーム音に、長い睫毛が揺れた。


「んん……」


ミョウジがゆっくりと目を開ける。
当然、俺と目が合う。


「……」
「……」


たっぷり三秒の間を開けてから、


「「うわああああーーーー!!!!」」


同時に叫び声を上げながら俺とミョウジは飛び起きた。反動で俺はベッドから転がり落ちる。


「え、……え……え、え!?」


壁際まで後退り、昨日と同じく俺のコートに包まれながら、真っ赤な顔で口をパクパクしているミョウジ。俺は昨晩のことを瞬時に思い出し、床に頭をぶつけて土下座した。


「わ、悪かった! 申し訳ない!! ごめんなさい!!!」


ありったけの謝罪を込めて叫ぶ。頭上からは「つ、塚、うち、さん……?」と、未だ状況が掴めていない戸惑いの声。

俺は昨晩、あろうことかミョウジを抱き締めるようにして眠ってしまったのだ。

一瞬で昨晩の出来事を思い出し全身が硬直する。まるで金縛りにあったように動けない。とにかく説明しなくてはと頭をフル回転させ、土下座したまま俺は続けた。


「き、昨日、酔った君を送り届けた! それで、その、気付いたら寝てしまって、」
「へ……、」
「本当に申し訳ない! でも……断じて変なことはしていない!」


お互いの着衣は乱れておらず、昨日のままだ。寝てる最中についミョウジを抱き締めてしまっていたが、それ以上は絶対に何もしていない。


「ふ、ふしだらなことは一切していないと誓う! だからと言って許される訳ではないけど、でも……どうかそれだけは信じてくれ!!」
「つ、塚内さん……」
「本当に悪かった!!」
「わ、分かりましたから……!」


床にヒビが入る勢いで頭を何度もぶつけていると、ミョウジの焦ったような声が聞こえる。どんな顔をすればいいのか分からないまま顔を上げると、泣いてしまいそうなミョウジが目に入った。

罪悪感と後悔が押し寄せる。
俺はとんでもないことをしてしまったんだと、今更ながらに痛感した。


「……ミョウジ、」
「そ、そんな、謝らないでください……元はと言えば、私が飲み過ぎたせいで……」


迷惑かけて、本当にすみませんでした、と。涙声でミョウジが言った。


「いや、俺がしっかりしてなかったから、」
「あの!」


俺の言葉を遮るようにミョウジが声を上げる。そして、


「わ……私、何か……」
「……」
「……へ、変なこと、言ってませんでしたか」


声が震えている。
変なこと?
変なことってなんだ?

まさか、あの……好き、って言葉のことか?


「……」


何も言えないでいると、ミョウジが切羽詰まったような表情で俺を見る。その直後、

ピピピ、ピピピ……

またアラームが鳴った。二人して目覚まし時計を見て驚く。


「もうこんな時間……!」


ミョウジの声に反応するかのように、俺は勢いよく立ち上がった。それからベッドの近くに置いていた自分の鞄を勢いよく掴み、深々と頭を下げる。


「……本当にすまなかった」
「っ、」
「昨日のことはちゃんと忘れる。だから君は何も心配しないでくれ」


そう言って、逃げるようにミョウジの家を出る。

ミョウジの家から俺の家は案外近くて、数分全力疾走したら自宅に辿り着いた。

無我夢中で走り、見慣れた玄関を壊れる勢いで開けて座り込む。へなへなと、そのまま頭を抱えて蹲った。


「……何、やってんだ、俺は……」


昨夜の俺はどうかしていた。酒のせいだなんて言い訳も通らないほど、愚かな行動をしてしまった。

今まで、何があっても上司としての態度を崩さなかったのに。この関係を壊したくないから、誰にもバレないように必死で隠していたのに。


「最悪だ……」


泣きそうな顔のミョウジを思い出して胸が痛む。どう見たって、後悔している表情だった。

きっと昨晩、あいつが言った「好き」は、俺と同じ「好き」じゃない。ただ寝惚けてたのか、あるいは上司として慕ってくれているだけの、そんな「好き」だったんだろう。

だから変なことを言って、俺が勘違いしないか心配になったに違いない。

ミョウジを困らせたくなかったのに。ただ想っているだけで幸せだったのに。

あんな顔をさせてしまうなんて。


「はぁ……くそ……」


ふと腕時計を見る。こんな時でも時間は変わらず進んでおり、いつもならもう家を出る時刻だった。

ヨロヨロと重い体を起こし、喝を入れるために自分の頬を思い切りビンタする。ものすごく痛い、これは紛れもない現実だ。

しわくちゃになったスーツとワイシャツを急いで脱ぎ捨て、風呂場に直行する。烏の行水でいい、とにかく今はスッキリしたい。

この酒臭い体も、未だに残るミョウジの感触や匂いも全部、洗い流したかった。



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