思考回路がキャパオーバーです。


酔い潰れた女性を抱きかかえている、なんて。誰かに見られたら絶対に変な勘違いされるよなと焦ったが、幸いにも誰にも会わないままミョウジの部屋の前に着いた。三茶が「一応」と部屋番号を教えてくれていたので迷わずに来れた。

そっとミョウジを降ろし、支えながら声を掛ける。


「ミョウジ、着いたよ」
「……んー…………」
「君の家だよ。鍵ある?」
「……外ポケット」


言われるがままミョウジの鞄の外ポケットを覗く。キーケースが見えたので、それを取り出してドアを開けた。

さすがに部屋の中まで上がるのはマズイと思ったのだが、ミョウジがそのまま玄関に倒れ込みそうな勢いだったので、俺は罪悪感に苛まれながらも再度、彼女を抱き上げる。


「お、お邪魔します」


そんなことを言ってる場合ではないが、もう何がなんだか分からなくて必死だった。月明かりを頼りにスイッチを探し、肘で部屋の電気を点ける。眩しいのか、腕の中のミョウジが「うーん」と唸る。

初めて入るミョウジの家と、密着しているミョウジ。仕事モードとはいえ俺の緊張はとっくに限界を超えていて、少しでも気を抜くと意識を失いそうだった。

つい部屋を見渡しそうになったが、そんな不躾なことはしてはいけない。そう自分に言い聞かせ、リビングから地続きになっている寝室に真っ直ぐ向かう。綺麗に整えられたベッドの上にミョウジを降ろし、ゆっくりと寝かせた。

そこで、やっとホッとした。思わずミョウジのベッドの端に座り込んで、長い溜め息を吐き出す。

良かった、無事にミョウジを送り届けることができた。これで大丈夫。

明日、本人に「勝手に入ってすまなかった」と謝ろう。「部屋に入るなんて最低!」と怒られても誠心誠意謝れば、きっとミョウジも許してくれるはず。

そんなことを考えて、ふと気付く。


「……あ、」


どうしよう、俺のコートで包んだまま寝かせてしまった。コートは皺だらけになろうがどうでもいいが、俺の汗臭い服に包まれて自分のベッドに寝転ぶなんて、ミョウジにとっては地獄……拷問なのでは……

いやしかし、これは仕方ない……明日謝るついでにコートを返してもらおう。その時にお詫びとしてファブリーズを渡そう、そうしよう。

一人で自問自答していると、寝ているミョウジが「うー」と身じろぎし、そして、薄っすらと目を開けた。


「ん……」


ミョウジがぼーっと、俺を見る。うつろな瞳が揺れて、それから、


「つか、うち、さん……?」


俺の名を呼んだ。どきりと心臓が跳ねる。俺が驚いてベッドから立ち上がろうとすると、すっと細い腕が伸びてきて俺の手を掴んだ。


「ミョウジ……?」
「やだ……」
「え……」


戸惑う俺を気にもせず、ミョウジはそのまま体を起こして、俺を引き寄せるように引っ張って、近付いて、


「塚内さん、好きです」


そう言った。

瞳に涙をいっぱい溜めて、ミョウジが言った。そのまま寄りかかってくる小さな体を呆然と抱き止めて、俺は硬直する。

なんだ、今、何が起こった?

好き、って、言ったのか?
誰が? 誰を?
ミョウジが、俺を?


「……ミョウジ」


俺は好きだった、ずっとずっと好きだった。
でも俺達は職場が同じだけのただの上司と部下で、薄っぺらい関係で。この気持ちを自覚した時、同時に叶わない恋だということも理解していた。


「ミョウジ、」


仕事に私情を持ち込む訳にもいかないし、何よりも、こんな薄っぺらい関係さえも壊したくない。

だから気持ちに蓋をして、何食わぬ顔をして。
あいつが幸せなら、それでいいと。
隣にいるのが俺でなくても、あいつが笑顔なら、それだけで幸せだと。

そう、思っていたのに。


「……これは、夢か?」


俺の呟きに返事はなく、代わりに聞こえてくるのは規則正しい寝息だけ。

腕の中のミョウジは温かくて、柔らかい髪から石鹸みたいな、花みたいないい匂いがして。

頭がぐるぐる回る、ついでに目も回る。


「塚内、さん……」


ミョウジの小さな寝言が聞こえた。俺にすがりつくように、胸に顔を埋めている。

どうして、俺を呼ぶんだ。どうして、そんなことするんだ。なんで、どうして。

全身が燃えているように熱い。冷静になりたいのに、落ち着かなければいけないのに。どうしたらいいのか何も思い浮かばなくて、なんだかふわふわしてきて。

キャパオーバーした思考回路に抗えないまま、俺は意識を手放した。



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