彼女の気持ち そのH
水族館の裏側にあるスタッフルームへ案内されて数分。事情聴取にやってきた警察官は、予想通り知り合いだった。というか同期だった。
「え、ミョウジ? 何その格好……まさかデート?」
目を丸くしている彼とは、仲が良くも悪くもない。同期の飲み会で会った時、一言二言交わす程度の仲である。
私は余計な詮索をされる前に、事件の経緯について話した。
聴取が終わり、何か言いたそうな同期に別れを告げて早々にスタッフルームを出る。このまま長居したくはないし、何よりも早く塚内さんの元へ戻りたかった。
警察官やヒーロー達が現場検証をしている通路の端を、目立たないように歩く。何人か知り合いがいたので、バレないように顔を隠して早足で通り抜ける。
途中、救急車に運び込まれる母親と男の子を見た。私に気付いた男の子が笑顔で手を振ってくれたので、小さく返す。男の子の涙はもう止まっているようで、ひと安心。
「痛……」
気が緩んだのか、右足首がズキンと痛んだ。ヴィランの男と対峙した時に捻ったのだろう。さっきまでは気が張っていたので気付かなかったが、痛みを自覚すると歩きづらい。
今からスタッフルームへ戻れば応急処置はしてもらえると思うけれど、避難による怪我人は多く、周りもバタバタしている。もう一度同期に会うのも気まずい。
確か絆創膏を持ってきたはず、と鞄を見ると、お気に入りの鞄は先程の騒動でボロボロになっていた。
「あ、プレゼント……!」
慌てて中を確認すると、塚内さんへの誕生日プレゼントの箱は端が凹んでおり、私の気分まで落ち込んでしまった。
こんなことなら早く渡しておけば良かった。後悔しても遅いが、初めての贈り物の可哀想な姿に、無性に泣きそうになる。
でも、今更どうすることも出来ず。絆創膏を取り出すことも億劫になって、連なるように停まっている何台ものパトカーや救急車の隙間を、とぼとぼ歩いた。
やっと静かな駐車場に出られた時、「ミョウジ!」と呼ぶ声。顔を上げると、塚内さんがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
「塚内さん、お待たせしました」
やっと会えたことが嬉しくて笑うと、彼は私の肩をそっと支えるように掴んだ。
「足痛いんじゃないか?」
心配そうな表情で言われ、私は塚内さんに寄りかかりながら小さく頷く。
「……実は、ちょっと捻っちゃって」
「事情聴取の時に言わなかったのか?」
「避難時に怪我をした人が多くてバタバタしてましたし、私は普通に歩けるので問題ないです。だから大丈夫ですよ」
自分の不注意で負った怪我だ。だから心配されると申し訳なくて、恥ずかしい。私はできる限り明るく言ったのだが、塚内さんはやっぱり心配そうな顔で助手席のドアを開け、
「……座って。俺が手当てする」
「えっ、い、いいです、大丈夫です」
驚いて首を振るが、彼は「いいから」と私を半ば強引に助手席へと座らせ、そのまま地面に膝をつき、こちらを見上げた。
じいっと見つめられると何も言い返せず、おずおずと右足を前に出すと、無言で足首を掴まれる。塚内さんの手は大きくて骨張ってて、痛いのにドキドキしてしまう自分が憎い。
恥ずかしく思いつつ塚内さんに靴を脱がされ、指先を見た私はビックリした。想像していたよりも靴擦れがひどく、真っ赤になっていたのだ。傷口を見ると痛みが増した気がする。
「こんなに腫らして……痛かっただろ」
いつの間に用意していたのか、塚内さんは消毒液やらガーゼやらを使って処置してくれた。足首には湿布まで貼ってくれて、その優しい手つきに恥ずかしさと自己嫌悪が膨らんでいく。
「……慣れない靴なんて履くもんじゃないですね」
笑い飛ばしたいのに、うまく笑えない。
塚内さんは呆れただろうか。初めてのデートでこんな靴を履いてきて、勝手に怪我をして。
こんな迷惑をかける私に、幻滅しただろうか。
俯いていると、膝の上に置いていた両手に温もりが重なる。塚内さんの、手だ。
「そんなこと言わないで。この靴、とても似合ってるよ」
顔を上げると、小さく笑う塚内さんと目が合う。
「気付かなくて、ごめんな」
ぎゅっと握られた手が熱い。塚内さんは何も悪くないのに、どうして謝るんだろう。
「……塚内さんは、優しいですね」
思わず、呟く。
どうして、こんなにも優しくしてくれるんだろう。前から優しい人だと知っていたが、今日の塚内さんはいつにも増して優しくて、嬉しいのに戸惑ってしまう。
塚内さんは特に何も言わず、けれど微笑みながら、私の足を助手席にそっと戻し。それから静かにドアを閉め、自分自身も運転席へと乗り込んだ。
◆
気付けばもう陽は落ちていて、辺りは暗くなっていた。さっきの事件がなければ、もっとたくさん塚内さんと一緒に過ごせたのに……仕方ないとはいえ、残念な気持ちでいっぱいだった。
「そろそろ帰ろうか」
「えっ、い、いやです」
塚内さんの言葉に、咄嗟に即答する。運転する彼の横顔は困惑していた。
「……でも、疲れただろ?」
「私は大丈夫です」
「そうは言っても……」
信号が赤になり、こちらを見た塚内さんと目が合う。困らせていることは明白だが、それでも嫌だった。
「……塚内さんは、もう帰りたい、ですか」
こんな言い方、自分でも子供じみていると思う。でも嫌だった。もっと一緒にいたいのだ。
「……そんなことないよ。でもその足、明日に響いたらどうするんだ」
私の足を心配してくれているのは分かる。でも、彼の丁寧な処置のおかげで痛みは十分マシになったし、明日には腫れも落ち着くだろう。
「さっき手当てしてもらったので平気です」
「ミョウジ……」
「……私、まだ帰りたくありません」
まだ誕生日もお祝いできていないし、せっかくのデートをもう終わらせるなんて、どうしても嫌で。あと少しでいいから、一緒にいたくて。
我儘を言って困らせているのは重々承知だけど、でも嫌だった。
「……じ、じゃあ、海沿いでもドライブするか」
「! はいっ!」
悩んでいた塚内さんの言葉に、思い切り頷く。良かった、嬉しい、まだ一緒にいられる。
再び走り出した車に揺られながら、私は窓から景色を眺めて喜びを噛み締めた。
◆
「ミョウジ、お腹空いてないか?」
「あっ……はい。そう言えばお昼から何も食べてませんでしたね」
「何か買っていこうか」
私の足がこんなだから、お店で食べるのではなくテイクアウトを選んでくれたんだろう。塚内さんの気遣いに感謝しつつ、道中を見渡していると、ちょうど持ち帰りできるサンドイッチ屋さんを見つけた。ドライブスルーにも対応しているとのことで、車内から注文し、出来立てのサンドイッチや飲み物を受け取る。
そこからほど近い場所に広場があり、塚内さんは静かに車を停めた。
「ちょっと待ってて」
車から降りた塚内さんは後ろのハッチを開け、何か準備をし、それから助手席を開けてくれた。
「後ろで一緒に食べようか」
「はいっ」
足を気遣って、優しすぎるほど丁寧に私の手を引いてくれる。さっきまでは申し訳ない気持ちでいっぱいだったのに、こんなにも特別扱いされるなんて怪我の功名だな……なんて、不謹慎なことを考えてしまったのは内緒である。
「ここ、座って」
広いトランクに置かれた、可愛らしいクッション。明らかに女性物で一瞬「元カノの私物!?」とモヤっとしたが、あまり気にしないようにして頷いた。
そっと腰を下ろすと、フワフワで座り心地がいい。塚内さんが隣に座ると自然と肩がくっつく。ドキドキするけど、それ以上に安心するから不思議な気持ちだ。
「寒くない?」
「はい。今日は暖かいですね」
「もう春だもんな」
サンドイッチを食べながら、静かな海を眺める。いつもよりも星が綺麗に見えるのは、きっと隣に塚内さんがいるからだろう。
「遠足みたいですね」
「ハハッ、そうだな」
美味しいフルーツサンドと、隣には大好きな人。目の前には綺麗な海と夜空が広がっていて、とても幸せで、こんな穏やかで楽しい時間は初めてだった。
食事を終え、どちらからともなく身を寄せ合う。塚内さんの肩に少しだけ頭を預けると、彼の笑う気配を感じて嬉しくなった。
お互い特に言葉を交わさないけれど心地よくて、いつまでも彼の体温を感じていたいと思いつつ。
「……あの、塚内さん」
私はおもむろに沈黙を破り、隣に置いていた鞄から小箱を取り出し、塚内さんに差し出した。
「……これは?」
端っこが凹んでしまった、お世辞にも綺麗とはいえない箱。塚内さんは頭に疑問符を浮かべている。
「えっと、さっきのイザコザで箱がちょっと潰れちゃったんですけど……その……」
長年言えなかった言葉が、うまく出てこない。私は深呼吸をし、口籠もりながら、
「お誕生日、おめでとうございます」
と、なんとか伝える。
数秒の沈黙のあと、塚内さんが小さく「す、すっかり忘れてた」と呟く。
「本当は朝に渡すつもりだったんですけど、緊張で、それどころじゃなくて……遅くなってすみません」
恥ずかしくなってきて俯くと、塚内さんは
「ありがとう」と言って受け取ってくれた。そして「なんで俺の誕生日……」と呟いて少し考えたあと、
「そっか、あの時に聞こえてたんだな」
「ち、違います」
納得したような彼の言葉に、思わず即答する。きっと先日の飲み会で、先輩が「フライングハッピーバースデー!」と祝ったから、それで私が知ったと思ったのだろう。
「え?」
「や、聞こえてはいたんですけど……」
別にそう思われても良かったのに。つい、本当のことを言ってしまう。
「……塚内さんの誕生日は、ずっと前から知ってました」
「えっ」
「す、好きな人の誕生日くらい、知ってます」
もう何年も前。異動してきてすぐ、偶然とはいえ健康診断票を見て知った……とまでは、さすがに言えない。
私は赤くなる顔を自覚しつつ、驚いている塚内さんを見つめた。
「……でも、ただの部下にいきなりプレゼントなんて渡されても困らせるかなって思って。おめでとうございますってことも、ずっと恥ずかしくて言えなくて」
「ミョウジ……」
勇気がなくて言えなかったけど、本当は、何年も前からずっと伝えたかった。
「だから今日、やっと言えて、嬉しいです」
本当に嬉しい。一年に一度の、大好きな人の誕生日を祝えることができるなんて。数日前の自分には想像できないほど、幸せなことだった。
「……ありがとう。開けてもいいか?」
「はい。ぜ、全然大した物じゃないんですけど」
微笑む塚内さんがそっと包装紙を広げていく。箱は凹んでいるが、中身のボールペンには傷がついていないようで、一安心。
ボールペンを手に取り、宙に文字を書く仕草をする塚内さんが嬉しそうに笑った。
「すっごく嬉しい。これ、毎日使うよ」
「えへへ……喜んでもらえて良かったです」
こんなに喜んでもらえるなんて。本当に渡せて良かった。
このボールペンを一緒に選んでくれた、あのお店の店員さんに心の中でお礼を言いつつ、塚内さんがこれを使ってくれる姿を想像して頬が緩んだ。仕事中にこのボールペンを見たら、ニヤけてしまうかもしれない。
そんなことを考えていると、塚内さんはボールペンを片付けながら、何か思い詰めるように黙り込み、そして、
「……ごめんな」
謝罪を、口にした。
突然の言葉に驚き、「え?」と首を傾げると、塚内さんは俯きながら小さく口を開いた。
「……さっき、何もできなくてごめん。真っ先に助けに行けなくて……ごめん」
つい先ほどの、水族館での出来事。塚内さんが謝ることは何もないと、私が声を上げる前に、
「ミョウジが無事で……本当に、良かった」
力強く引き寄せられ、抱き締められる。
一瞬だけ見えた彼は、辛そうに顔を歪めていた。
驚きよりも、塚内さんの言葉を理解することに必死で。私はただ、彼の背中に腕を回す。温かくて安心する腕の中は、僅かに震えていた。
「塚内さん、」
「俺……」
私の声は聞こえていないらしい塚内さんが、
「……俺が、ヒーローだったら良かったのに」
呟いた言葉に、さっき思い出したばかりの、懐かしい記憶がまた、蘇る。
ーー君、大丈夫か!?
私を見つけてくれた、青い服を着た彼の姿を。お巡りさんだった塚内さんを。
あの時、塚内さんは誰よりもヒーローだった。一人で怯えることしかできなかった私を、助けてくれた。
私にとって、ずっとずっと昔から――
「……ミョウジ、どうか、いなくならないでくれ」
聞いたことのない、絞り出すような声。
いつも自信に溢れ、誰よりも先に進んでいく彼からは想像できないほどの、弱々しい声だった。
塚内さんの大きな背中が好き。真っ直ぐに突き進む背中が、大好きだった。
私が悩んだり、高い壁にぶつかった時、振り返って手を差し伸べてくれるのが嬉しかった。私だけじゃない、刑事課のみんなはいつも塚内さんを頼っている。
そんな彼が……いつも余裕で冷静な彼が今、泣きそうな声で、震えている。
私の、せいで。
「……私、まだまだですね」
大きな背中を撫でるように、手を動かしてみる。ついこの間、塚内さんが泣きじゃなくる私を宥めてくれたように、ゆっくりと。
「塚内さんに心配かけちゃうなんて」
「……」
「私、これからももっと頑張ります」
「……ミョウジ、」
「だから……」
だから、ヒーローだったら良かったのに、とか、そんなこと言わないで。そんなに悲しい顔をしないで。
顔を上げ、塚内さんを見つめる。いつもの無表情はどこにいったのだろう。今目の前にいる彼は、すぐにでも泣いてしまいそうなほど苦しそうで、私のせいでこんな顔をさせていると思うと胸が痛んだ。
私は、あの時。お巡りさんに出会ってから、彼のようなかっこいい警察官になりたいと思った。
憧れの塚内さんに再会して、その気持ちは更に大きくなって。
いつの間にか惹かれて、一番近くて、彼の役に立ちたいと思うようになった。
塚内さんが自分の信じる道を進んでいけるよう、支えたかった。
……なのに。
私が不甲斐無いせいで、余計な心配をかけてしまうなんて。自分がいかに弱いかを、改めて思い知る。
緩んでいた気を引き締めながら、泣きそうな彼を真っ直ぐに見上げた。
「塚内さんは、前だけ見ていてください」
私は、
「どんな時も、私は塚内さんの背中を追いかけます。守ります。」
あなたが進んでいく道を、共に進んでいきたい。
「そのために、もちろん自分のこともしっかり守ります。塚内さんに安心して、背中を任せてもらえるように」
塚内さんが振り返ってくれた時、いつも笑顔で迎えられる私でいたい。
だから、
「だから塚内さんは何も迷わないで。目の前のことだけ見ていてください」
そんなあなたが大好きだから、どうか、私を信じてほしい。
「私は勝手に追いかけますから」
私にとって、塚内さんは好きな人であると同時に信頼している上司だ。それはこの先、何があっても変わらない。
そんな上司のために頑張るのは部下として当然のこと。
そして何より、尊敬する塚内さんに安心してもらえるように、これからも努めていきたい。
「……君は、強いな」
ポツリと呟かれた言葉に、首を振る。
「……私は、強くなんてないですよ。さっき……男の子がヴィランに立ち向かった時も、判断に迷いました」
ヒーローがいない今、男の子を守るべきか、ヴィランを止めるべきか。あの時、一瞬どうすればいいのか分からなかった。何を優先すべきか分からなくなってしまった。
「でも塚内さんの声が聞こえて……迷いは消えました」
思考が停止しそうになった時、「ミョウジ!」と名を呼ばれたことを思い出す。
「塚内さんの声に反応して、自然と体が動いた。だからヴィランを確保することができた。それに、あの柔道の技も逮捕術も……全部、塚内さんから教わったことです」
塚内さんが教育係だった頃。何度も柔道の稽古をつけてもらった。「自分より相手が大きくてもコツを掴めば倒せる」ことを教えてもらった。鍛錬に励んだ日々は、きちんと体に刻まれている。
「私はそれを実践しただけです。今回だけじゃない、私はいつも塚内さんに教えてもらったことを信じて、助けられています」
柔道だけじゃない。刑事としての全てを、塚内さんが教えてくれた。
人を心の底から好きになることも、大切に想う気持ちも、隣にいるだけで幸せになれることも。
いろんなことを、塚内さんに出会って、初めて知った。
「……だから、何もできなかったなんて言わないでください」
塚内さんがいたから、私は今生きていて、ここにいるのだから。
「……俺、カッコ悪いな」
彼の瞳が月の灯りに照らされて、きらりと輝く。
「君の前では、ちゃんとした人間でいたいのに……難しい」
――長い間、憧れ続けたお巡りさんは。
私が思っていた通りの素敵な人で、誠実で、かっこよくて、余裕たっぷりで。
でも、私が思っていたよりずっと……脆い。
「……私は、そんな塚内さんも好きです」
「っ、」
私を揶揄っている時とは全然違う、恥ずかしそうに照れている塚内さんを、見上げる。
「自惚れじゃないなら……私だから、そんな顔を見せてくれるんですよね?」
だって、こんな塚内さん、今まで知らなかった。きっと誰も、彼のこんな表情を知らない。
「あ、当たり前だろ」
ぶっきらぼうに言う彼に、愛しさが込み上げる。
「ふふっ」
「……なんで笑ってるんだ」
「だって嬉しいんですもん。普段とは違う塚内さんを見れて」
私だけが知っている、塚内さんの姿。
誰も知らない素顔を見せてくれることが幸せで、つい笑いながら、彼の赤い頬を指先でつついてみる。意外とプニプニしてて、柔らかい。
「……何するんだよ」
「塚内さんが泣きそうだから、可愛くて」
こんなこと言ったら怒られるかも、と思ったけれど、塚内さんは小さく笑う。
「ふっ……くすぐったいな」
吊り目がちな、鋭い瞳が細められる。
「……やっと笑ってくれた。どんな塚内さんも好きですけど、やっぱり笑顔が一番好きです」
仕事中には見せない、この優しい笑顔が大好きだ。
「……俺も、君が笑ってくれると、すごく嬉しい」
塚内さんの手が、私の指先を包み込むように握る。大きい手のひらに触れられるだけで、安心感が胸に広がっていく。
「ミョウジ」
「塚内さん……」
至近距離で見つめ合うと、なんだか照れくさい。さっきまで僅かに震えていた彼の体は、今はもう、ただただ温かった。
「ミョウジ、好きだよ」
小さく、けれどハッキリと口にされる言葉。こんな風に真正面から気持ちを伝えてくれることが嬉しくて、恥ずかしくて、幸せで。
ゆっくりと近付いてくる塚内さんを感じながら、目を伏せる。
優しい月明かりの下、触れるだけの優しいキスをした。何度も何度も、お互いの存在を確認するように。
塚内さんの唇は、少しだけ乾燥していて、熱かった。
抱き締められながら、私の首筋に頭を埋める彼の髪を撫でてみる。いい匂いがする硬い髪に触れていると、塚内さんも私の髪を撫でてくれた。壊れ物を扱うように、慈しむように。
警察官でいる限り、これからも塚内さんに心配をかけてしまうことは、きっとたくさんある。
でも私は、真っ直ぐに進んでいく塚内さんの邪魔はしたくない。負担になりたくない。
大きな背中を、一番近くで守っていきたい。
そのために、もっと、強くなる。
大好きな塚内さんと、一緒にいたいから。
だから安心して、信じて。
そして、ずっと笑顔を見せてほしい。
それだけで私は、幸せだから。
…end