いよいよデートです。


互いに緊張しているからか、俺もミョウジも口数が少ない。けれど流れてくる洋楽のおかげで、車内は穏やかな空気で満ちていた。

ミョウジのオススメのカフェは水族館までの道中にあるらしい。彼女が「次の信号を右です」「もう少し進んだところを左折です」と丁寧にナビをしてくれるので、その通りに車を走らせる。

チラッとルームミラーを見れば、ミョウジが口元を綻ばせて景色を眺めていた。少しは肩の力が抜けたようで、さっきよりも柔らかい雰囲気を醸し出している。可愛い。いつものキリッとした彼女も好きだけど俺の隣でリラックスしているミョウジも可愛くて大好きだ。思わずニヤニヤしそうになって慌てて口元を引き締める。危ない、何も喋らないくせに一人でニヤついてたら気持ち悪いだろ。


「あ、この交差点の先です。あの赤い看板の……」
「ああ、あれだね」


しばらくしてカフェに到着した。日曜のお昼時ということもあり店内は混んでいたが、案内されたのが半個室の席だったため、ちょうどいい静けさだった。テーブルやイスもモダンな感じでお洒落な店だ。俺がよく行くチェーン店とは全然違う。

向き合うように腰を下ろし、メニュー表を二人で覗き込んだ。


「ミョウジのオススメとかある?」
「えっと……このランチセットがオススメです。パンの食べ放題が付いてくるのですが、焼きたてで美味しいですよ」
「じゃあ、それにしよう」


店員さんを呼び、二人分のランチセットを注文する。メインはステーキ、パスタ、オムライスから選べたので、俺はステーキ、ミョウジはオムライスを頼んだ。


「それにしてもお洒落な店だね。よく来るの?」
「はい。同期と休みが被った時とか、だいたいここでランチしてます」
「同期……」


誰だろう……男だろうか。いや同期なんだから男も女も関係ないだろ、横の繋がりは大事だ。でも少しだけモヤッとしてしまう。俺はこんなにも心が狭かったんだろうか。


「今は保須署の交通課にいるので、忙しそうで中々会えてませんが……」


ミョウジの言葉を聞きながら、顔には出さないように気を付けて脳をフル回転させる。保須署の交通課……ミョウジの同期……あ、あの子か。良かった女性だ。って何を安心しているんだ俺は。


「そ、そうか。保須署の管轄地区は交通量も多いから大変だろうな」
「そうですね」
「保須署と言えば……」


ふと金曜日の飲み会を思い出す。面構所長が盛大に酔っ払っていたことを、みんなからミョウジと俺は不釣り合いだと言われたことを。


「塚内さん?」
「ああ、いや……この前の合同会議の後に飲み会があってさ」
「恒例のやつですね」
「そうそう。いつにも増して……すごかったんだ」


思わず遠い目をする俺に、ミョウジが苦笑した。


「塚内さん車でしたもんね。シラフではキツかったですか?」
「うん……俺達の飲み会とは訳が違うっていうか……色々とすごかった」
「ふふっ、想像つかないです」


ミョウジが笑う。いつも俺に見せていた控え目なものではなく、楽しそうに。その笑顔を見れただけで、あの飲み会に行った甲斐があったと思えた。あの時はみんなからボロクソに言われたが、今俺の目の前にはミョウジがいる。誰に何を言われたって、俺はミョウジの彼氏なのだ。

頬杖をつき、可愛い表情をじっくり見つめる。はあ可愛い。突然無言になった俺にミョウジが「なっ、なんですか」って慌ててるのも可愛い。照れたらすぐ赤くなるのも、目線が泳ぐのも、何もかも、


「君は可愛いな」
「っ、……ずっと思ってましたけど、塚内さん、キャラ変わってませんか……」


ミョウジが俯き気味に、ボソッと言う。彼女の頬に髪が掛かったので表情が見えない。俺は手を伸ばし、その髪をそっと掬うように撫でた。ミョウジが驚いて顔を上げたので、俺は声を出して笑う。


「ハハッ、ごめんごめん」
「も、もう! 揶揄わないでください!」
「ごめんって。こんな俺はイヤかい?」
「い、いやじゃない、ですけど……」
「けど?」


口籠もりながらもミョウジが小さな声で「……いつもと全然違うから、ドキドキします」なんて続けたから、俺はまた笑った。


「俺も同じだよ。君が可愛いから、ずっとドキドキしてる」
「……嘘」
「嘘なもんか。脈でも測ってみる?」
「脈って……もうっ」


左手首を前に差し出したのに「測りませんっ」と突っぱねられてしまった。嘘じゃないのにな。あ、でも今の俺の脈拍はドキドキどころではなくドドドドド! って感じだから、ミョウジを驚かせるかもしれない。平常心を保っているつもりでも心臓は実に正直である。

店員さんがランチセットを運んできてくれるまで、俺はミョウジを揶揄いながら幸せを感じていた。







オムライスを頬張るミョウジを見ながら俺はパンをひたすら食べた。ステーキももちろん美味しくて完食したのだが、美味しそうにモグモグ食べるミョウジを見ているだけでパンが進んだのだ。もし米だったなら三合くらい食べていたと思う。ミョウジをおかずに飯が進むってやつだ。おかずって変な意味じゃないからな、断じて違う。

会計の時、「運転してもらっているので」とミョウジがものすごいスピードで財布を出したが、なんとか制止して俺が払った。車に乗ってからもミョウジは申し訳なさそうにしているので「デートくらい俺にカッコつけさせて」と笑うと、照れながらも頷いてくれたので内心でガッツポーズ。たぶんカッコつけられたと思う。

それに仕事漬けの毎日で金だけは貯まっているのだ。同年代より稼いでいる自信もあるし、ミョウジが気にすることは何もない。むしろミョウジの笑顔がプライスレスなのが信じられなくて逆に払いたいくらいだった。


そんなこんなでカフェから数分で水族館に着いた。駐車場はそうでもなかったが、チケット売り場は想像以上に混雑していた。人混みにミョウジを巻き込まないよう、少し離れたところでミョウジには待っていてもらい、一人で窓口に向かう。

窓口のおじさんに「大人二枚ください」と告げると「カップルチケットでよろしいですか?」と聞かれ、よく分からなかったがカップルという響きに感動したので頷いた。

二枚のチケットを握り締め、ミョウジを探す。壁際でぼんやりしているミョウジは遠くから見てもとても姿勢が良くて、綺麗だ。

人混みを抜けて駆け寄ると、俺に気付いたミョウジが顔を上げてニコッと笑ってくれた。眩しい、可愛すぎて転ぶところだった。


「お待たせ」
「すみません、ありがとうございます」
「カップルチケットってやつにしたんだけど、良かったかな?」
「カップルチケット?」
「これなんだけど」


チケットを渡すと、ミョウジがじっと見てから、「あ」と顔を上げた。


「このチケットがあれば、シャチのショーを前の方で観れるみたいです」
「シャチのショー?」
「ギャングオルカさん監修の、人気のショーらしいですよ」


ほら、とチケットの裏面を見せられる。人気ヒーロー・ギャングオルカの仕事は仮免教官から水族館の館長まで幅広い。彼の監修なら絶対面白いだろう。


「じゃあ、あとで観に行こうか」
「はいっ」


嬉しそうなミョウジに頬を緩めながら歩き出す。館内はチケット売り場ほど混んでおらず、落ち着いた雰囲気だった。

水族館なんていつぶりだろう……と懐かしく思っていると、隣にいるミョウジが突然「わっ」と声を上げて前のめりになった。咄嗟に腰を引き寄せるように支える。


「おっと、大丈夫か?」


ミョウジが俺のシャツを軽く掴む。彼女の後ろを男の子がキャッキャッと騒ぎながら走っていった。続いて母親らしき人が「ああ、申し訳ありません! コラッ、走っちゃダメでしょ!」と頭を下げながら追いかけていく。

ぶつかったのだろう、館内は少し暗いから、男の子も前が見えなかったのかもしれない。


「す、すみませんっ」


ミョウジが慌てて離れようとしたので思わず、その小さな右手を握った。


「危ないから」


指を絡ませながら言うと、ミョウジは俯きながら「は、はい……」と頷き、そっと握り返してくれた。

自分とは正反対の、細い指。
少し冷たく感じる彼女の手を離さないよう、今度は並んで、ゆっくりと歩き出した。



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