――最期で最後の――
※2021.01.01時点での本誌ネタバレ含、死ネタ
あの仮面が隠していたものは多すぎると思う。表情だけではない。胸に秘めた血統への誓いとか、他人を思い遣る優しさとか。おおよそ周りが知り得ぬような、そういった彼の心に染みついている感情までもが全て、覆われていたように思えてならないのだ。
血の海の中で横たわる、別人のような姿。真っ赤に染まる顔も体も、全部知らないものだった。
「…ミスター、」
返事はない。ただゆるりと、視線が向けられる。
いつも小さな花を出してくれた温かい右手を握ると、熱を失いかけていた。本物と違わぬほど器用に動いていた左腕も、今では無機質な塊に成り下がっている。
「そんな顔すんなよ」
彼が目を細めて笑った。満足げな笑みを浮かべたままの瞳から少しずつ色が消えていくことに気付き、初めて見た彼の顔が、この笑顔が彼の最期の表情なのだと、理解する。
待って、置いていかないで。その言葉が無意味だと分かっていても、止めどなく流れる涙と一緒に溢れて止まらなかった。嗚咽を漏らす私に向かって、弧を描いたままの薄い唇がゆっくりと動く。
「嬢ちゃんには笑顔が似合うってもんだ」
――だから、笑ってくれよ。
たぶん、そう言った。でもそれが確かなのか知る術はない。あんなに私を楽しませてくれた優しい人は、もう、動くことをやめたから。
閉じきらなかった彼の瞳に、どこまでも深い闇が浮かび上がる。ポタポタと落ちる涙が赤い海に波紋を作る中、彼の熱がこれ以上冷めないようにと必死で抱き締めた。このまま一つに溶け合うことが出来たらどんなに幸せだろうと思いながら、ただ力強く。
ごめんなさい、貴方がいなくなった世界で笑うだなんて、そんなこと出来ないのだ。最期の笑顔で、最後に言ってくれた言葉すら守れない私を、どうか許して。
20210101