――安らぎ――
「お疲れ様です」
頭上から穏やかな声が聞こえる。そう広くないソファーに彼女を押し倒すように寝転がり、ぎゅう、と胸元に顔を埋める俺の姿は、とてもじゃないが職場の奴らには見せられないほど弱々しくて、格好悪いものだろう。
そんな俺を小さな身体で、大きな心で受け止めてくれているナマエの鼓動が耳に心地よく響いた。とくとく、とくとく。一定のリズムを刻む命の音にひどく安心して、常に張り詰めた状態の緊張の糸がゆっくりと解けていく。
「よしよし」
赤子にでも語りかけるような、柔らかい口調。ナマエが俺の髪を撫でた。あまりにも丁寧に、それでいて優しく動く、俺よりも少し体温が低い手のひらが気持ち良い。ごわごわで硬い俺の髪なんて触っても楽しくないだろうに、なんだか笑っているような息遣いに思わず顔を上げた。
いつもは丸い瞳が細められていて、吸い込まれそうなほど澄んだ宝石の双眼と視線が交わる。
「…嫌じゃ、ないのか」
「何がです?」
「こんな、情けない俺…」
縋り付くように呟く俺に、ナマエはキッパリ「いいえ」と。「むしろ嬉しいです」と言った。それから寄り添うように、俺の背中に手を回す。
「もっと、甘えてください」
囁かれた言葉が、全身に広がっていく。愛しさで胸がいっぱいになっていく。少し力を入れたら簡単に折れてしまいそうな細くて頼りない腕だけれど、俺にとっては安らぎを与えてくれる唯一の温もりで。
「…ありがとな」
誰にも代えられない、大切な人。全部投げ出したくなる度に理由を聞かず、ただ抱き締めてくれるナマエに身を任せるように、俺は幸福を感じながら目を閉じた。
20201207