伝えたいこと




ねぇ、スクアーロ。

私にだって、貴方にだって。

助ける事が出来る命は、あるんだよ。








どんなに辛くても、どんなに痛くても、ナマエは笑ってる。


「スクアーロ、」


どんなに悲しくたって。


「ねぇ、スクアーロ、聞いてる?何か言ってくれなきゃ、分からない」


ほら、今だって、


「何で、お前は笑ってんだぁ…」


ナマエは任務中に爆発に巻き込まれた。たかが猫一匹かばって。たかが猫一匹助ける為に。

ナマエは、血だらけになった。


「スク、アーロ、怒ってる?」


もう動かす事も困難であろう腕をゆっくりと上げ、俺の頬をなぞる。ベッタリと、紅い血の跡の感触。


「…あのままいっときゃあ、任務遂行だったのによ゛ぉ…」


伸ばされた手に、俺も手を重ねる。冷たい。


「…猫一匹、助ける為に死ぬなんて、馬鹿みたいって、思ってるでしょ」


目を細めて笑うナマエ。


「ああ…大馬鹿だぁ」


ゆっくりとナマエの体を抱き上げ腕の中に入れる。俺の好きなナマエのシャンプーの匂いが鉄臭い血に掻き消されて分からなくなっているのが、無性に腹立たしい。


「でも、ね…私達は…暗殺者だけど、助けられる命も、あるんだよ」


ナマエは視線を空へ向ける。俺もつられて見上げる。雨が、降りそうだ。


「私は…そんな命を、ちゃんと助けたかったの…どんな、に、小さくても」


馬鹿だ。お前は大馬鹿だ。


「ナマエ…」

「ごめん、ね。スクアーロ、先に逝ってるね…」


空から目を離し、ナマエの顔を見る。


「うお゛ぉぉい…ナマエ、」

「…」

「…ナマエ」


ナマエが、それから目を開ける事は無かった。


「…死んだ、のか?」


俺は、なぜか落ち着いていた。
恋人が死んだってのに。
涙を流す事すら出来ないなんて。


―――ポツ


「…ああ゛?」


雨、だ。
雨が降ってきた。

冷たい、俺の心よりも冷たい雨が降る。ナマエの瞼に雨が溜って流れた。

それはまるで、泣いてる様で。


「…泣くんじゃねぇよ」


ナマエの頬を撫でる。さっきまでは僅かであっても温かかったのに、雨で急速に冷えたのか、もう氷のように冷たくなったナマエ。


「にゃあ」


ナマエが抱き締めていた猫が、ナマエが助けた猫が。ナマエの胸元から顔を出した。


「…なぁ、ナマエ」

「にゃー」

「お前が助けた命は…生きてるぞぉ…」


猫は、ナマエの顔を舐めている。
まるで「ありがとう」と、言うかの様に。
俺は、俺は。


「…ナマエみたいな小さな命も、守れなかったんだなぁ」


俺の声を掻き消すかの様に、いつのまにか雨は土砂降りになっていた。




見上げる。
空を見上げる。
雨が顔を、容赦なく攻撃する。


「ナマエは、どんな想いで、爆発に飛び込んだ?」


――絶対に助ける、って。それだけ考えてたよ。


「どんな想いで、笑ってた?」


――スクアーロに、悲しんでほしくなかったから。


「何で、俺を置いて逝った?」


――スクアーロには、果たさなきゃならない誓いがあるでしょ?


「…は、はははは!…頭イカれちまったのかぁ?…ナマエの幻聴が聞こえやがる」


その瞬間、視界がぼやけて、雨とは違う暖かい何かが目から溢れた。


「…これが、涙か?」


俺は目を閉じる。


ナマエ、ナマエ。

大馬鹿ナマエ。


お前の守った命、お前が守りたいと思う命を。

俺はまだ、今は理解する事が出来ないけれど。

でも、

小さな命を守った小さなナマエを。

ナマエという存在を。

俺は忘れねぇ。

絶対に忘れねぇ。

ナマエが俺に伝えた想いと、そして誓いを立てた男の為に、俺はこれからも、生きてやる。



20101005




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