伝えたいこと
ねぇ、スクアーロ。
私にだって、貴方にだって。
助ける事が出来る命は、あるんだよ。
▽
どんなに辛くても、どんなに痛くても、ナマエは笑ってる。
「スクアーロ、」
どんなに悲しくたって。
「ねぇ、スクアーロ、聞いてる?何か言ってくれなきゃ、分からない」
ほら、今だって、
「何で、お前は笑ってんだぁ…」
ナマエは任務中に爆発に巻き込まれた。たかが猫一匹かばって。たかが猫一匹助ける為に。
ナマエは、血だらけになった。
「スク、アーロ、怒ってる?」
もう動かす事も困難であろう腕をゆっくりと上げ、俺の頬をなぞる。ベッタリと、紅い血の跡の感触。
「…あのままいっときゃあ、任務遂行だったのによ゛ぉ…」
伸ばされた手に、俺も手を重ねる。冷たい。
「…猫一匹、助ける為に死ぬなんて、馬鹿みたいって、思ってるでしょ」
目を細めて笑うナマエ。
「ああ…大馬鹿だぁ」
ゆっくりとナマエの体を抱き上げ腕の中に入れる。俺の好きなナマエのシャンプーの匂いが鉄臭い血に掻き消されて分からなくなっているのが、無性に腹立たしい。
「でも、ね…私達は…暗殺者だけど、助けられる命も、あるんだよ」
ナマエは視線を空へ向ける。俺もつられて見上げる。雨が、降りそうだ。
「私は…そんな命を、ちゃんと助けたかったの…どんな、に、小さくても」
馬鹿だ。お前は大馬鹿だ。
「ナマエ…」
「ごめん、ね。スクアーロ、先に逝ってるね…」
空から目を離し、ナマエの顔を見る。
「うお゛ぉぉい…ナマエ、」
「…」
「…ナマエ」
ナマエが、それから目を開ける事は無かった。
「…死んだ、のか?」
俺は、なぜか落ち着いていた。
恋人が死んだってのに。
涙を流す事すら出来ないなんて。
―――ポツ
「…ああ゛?」
雨、だ。
雨が降ってきた。
冷たい、俺の心よりも冷たい雨が降る。ナマエの瞼に雨が溜って流れた。
それはまるで、泣いてる様で。
「…泣くんじゃねぇよ」
ナマエの頬を撫でる。さっきまでは僅かであっても温かかったのに、雨で急速に冷えたのか、もう氷のように冷たくなったナマエ。
「にゃあ」
ナマエが抱き締めていた猫が、ナマエが助けた猫が。ナマエの胸元から顔を出した。
「…なぁ、ナマエ」
「にゃー」
「お前が助けた命は…生きてるぞぉ…」
猫は、ナマエの顔を舐めている。
まるで「ありがとう」と、言うかの様に。
俺は、俺は。
「…ナマエみたいな小さな命も、守れなかったんだなぁ」
俺の声を掻き消すかの様に、いつのまにか雨は土砂降りになっていた。
見上げる。
空を見上げる。
雨が顔を、容赦なく攻撃する。
「ナマエは、どんな想いで、爆発に飛び込んだ?」
――絶対に助ける、って。それだけ考えてたよ。
「どんな想いで、笑ってた?」
――スクアーロに、悲しんでほしくなかったから。
「何で、俺を置いて逝った?」
――スクアーロには、果たさなきゃならない誓いがあるでしょ?
「…は、はははは!…頭イカれちまったのかぁ?…ナマエの幻聴が聞こえやがる」
その瞬間、視界がぼやけて、雨とは違う暖かい何かが目から溢れた。
「…これが、涙か?」
俺は目を閉じる。
ナマエ、ナマエ。
大馬鹿ナマエ。
お前の守った命、お前が守りたいと思う命を。
俺はまだ、今は理解する事が出来ないけれど。
でも、
小さな命を守った小さなナマエを。
ナマエという存在を。
俺は忘れねぇ。
絶対に忘れねぇ。
ナマエが俺に伝えた想いと、そして誓いを立てた男の為に、俺はこれからも、生きてやる。
20101005