貴方のために




「ゲホ、ゲホ…」


右足が痛い。どうやら銃弾に当たってしまったようだ。後ろからは炎が揺れ動く影。広い城の中で煙が凄まじい速さで襲ってくる。出来るだけ吸い込まない様に口を塞いで、出口までの道のりを必死で歩いた。


「…ゲホッ…」


せっかく任務遂行出来たのに、悔しい。上手く息が出来ず苦しいのと重なり、自然と涙が溢れてくる。


「…みん、な…」


どこに居るの?部下達とはぐれてしまったから、私の周りには誰もいない。どうか誰も怪我なんてしていませんように。出来るなら、みんなが無事に脱出していますように。


「…ッ!」


近くの部屋が爆発し、反動で足元が大きく揺れて転けそうになった。早く城から出ないと建物が崩れ落ちて巻き込まれてしまう。

なんて入念なんだ。ただの弱小マフィアだと思っていたけれど、まさかこんなに多くのトラップが仕掛けてあるなんて。


「ゲホ…」


足元がフラフラする。壁に寄り掛かかる様に歩こうとしても中々前に進めず、ついに膝をついてしまった。今度は後ろから爆発音。城全体が揺れ出し、煙が背中にぶつかる感触がした。

私は此処で死ぬんだろうか?いっそ、それもいいかもしれない…此処で死ねば、もう誰も殺さないで済むし楽になれる。

だけど…


「…スクアーロ、」


首にかかった銀の鎖。貴方からもらったら愛の印。それが、隊服の下で熱を帯びている。ペンダントをそっと握りしめて、震える膝に喝を入れて立ち上がり、一歩一歩を踏み出す。

死んだら、楽になる。だけど…私にはスクアーロがいる。彼が待ってる…こんな所で死ねない。


「……ゲホッ…う、…く…」


満身創痍の身体は気持ちとは裏腹に言うことを聞いてくれず、全身から力が抜けていった。もう駄目だ…目が霞む。


「ナマエ!!」


倒れる瞬間に暖かい感触がしたのは気のせいか。名前を呼ばれたのは気のせいか。何も分からないまま、私は目を閉じた。









体が…重い…思うように動かせない。右足が熱く全身が痛い。ここは、どこなんだろう。


「ん…」


薄っすらと目を開けると、そこは見慣れた部屋、私の部屋だった。あれ?私いつの間に部屋に戻ってきたんだろ。確かSランクの任務中で、敵のトラップに引っかかって…え、死んだの?死後にも自分の部屋があるの?

天井を見ながら呆然と考えながら、痛む右足と全身が自分が生きていることを示していることに気付いた。

そして、ふと、ゆっくり横を見ると、そこには私の愛しい人が椅子に座って寝息を立てている。


「ス、スクアーロ…?」

「あら?目が覚めたみたいね」


ガチャリというドアの開く音と同時にルッスーリアが入ってきた。


「ルッスーリア…」

「こらこら、まだ起き上がっちゃダメよ」

「…私、なんで…」


ルッスーリアは私の右足の包帯を新しいのに取り替えてくれた。慣れた手際の良さをぼんやり見ながら尋ねると、ルッスーリアは小さく笑う。


「一昨日本部にね、連絡が入ったのよ。【ミョウジ隊長が行方不明です!】ってね」

「一昨日…」


私は二日も寝ていたのか…


「それを、ちょうど任務から帰ってきたスクアーロが聞いて飛んでいったの。後ちょっとでも遅かったらアンタ死んでたわ」

「…」

「ずーっと付き添ってくれてたわよ」

「…うん」


一昨日、スクアーロもSランクの任務を任されていたハズ。しかも昨日なんて彼にとっては数ヶ月ぶりの、丸一日の休日だったのに。

任務後の疲れた体で助けに来てくれて、ずっと側にいてくれたなんて。私やルッスーリアが話していても目を覚まさない程に疲労が溜まっているのに、全然休めない椅子に座って、ここにいてくれたなんて。


「ちゃんと感謝してあげなさいな」

「うん…ルッスーリアもありがと」


ルッスーリアはにこりと笑って部屋を出て行った。

痛む体をゆっくり起こし、ベッドの横の椅子に座るスクアーロに手を伸ばして、彼の髪先を撫でた。

キラリと、スクアーロのワイシャツの襟からお揃いのペンダントが見えた。それだけで嬉しくて、体の痛みが消えていくようで。


「……ん…」

「…スクアーロ、」

「…!…ナマエっ…!」


目を覚ましたスクアーロは私の腕を引っ張り抱き締めた。


「…スクアーロ…」

「良かった…」


ぎゅっと、力強く抱き締められる。少し痛いけれど、それ以上に安心する温もりと匂いが全身を包む、とても心地良い。


「心配かけてごめん…助けてくれて、本当にありがとう」

「…全然だぁ…お前を、守れなかった…」


小さな声で呟くスクアーロの背中に手を回し、精一杯強くしがみつく。


「守ってもらったよ?だってスクアーロが来てくれなかったら、私死んでた」

「…でも、怪我、」

「こんなのすぐ治る。だから大丈夫…スクアーロ、本当にありがとう」


スクアーロはもっと強く私を抱き締める。苦しいけれど幸せで、私はただただ大好きな彼の存在を感じた。




人を殺す、冷たくなる。私はまだ温かくて、貴方の静かに脈うつ大きな胸の中へ飛び込む。スクアーロがいるから、私は生きている。あなたの温もりを分けてもらって、私はこれからも頑張れるんだ。

スクアーロ、大好きだよ。私はこれからも、貴方の為に。




20111015




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