朱に染まる赤
雨が降っている。ザーザーと空から降ってくる雨は、まるで私の涙のようだと思いながら、目の前に在る、もう動かない無数の塊の死体達を見下ろし、ただただ立ち尽くした。
雨が地面に当たって跳ね返る。血だらけの水溜まりに、紅い雫。
「…寒い」
こんな季節に、こんな雨が今の私には丁度良いけれど。体を芯から凍らせていく雨の冷たさに、小さく身震いをする。
ぼんやりと紅く濁った視界をクリアにする為に顔を空に向けて、見上げる。
冷たい。
瞳に溜った雨は顔のラインを沿って流れていく。堕ちた水は、赤く、紅く跳ねた。
「…どうして、私は」
何の為に、血にまみれるのだろうか?
空に向かって問う。闇が広がる黒い空は何も答えてはくれなかったが、思わぬ返答が後ろから返って来た。
「任務遂行の為だ」
低く呟かれた声にゆっくりと振り返る。
「…ボス」
雨で視界がぼやけているせいで、その姿はちゃんと認識出来ないけれど、心地良い声と近付いてくる微かなブランデー香りが、ボスであるXANXUS様であることを物語っていた。
「早く屋敷に戻れ。もう任務は終わったんだろーが」
雨よりも冷たく投げられるその言葉、けれども私は何も感じない。
「任務は遂行しました。ですが、まだ屋敷に戻りたくありません」
空に視線を向けて答えると、ボスは一歩、また一歩と私に近付いてきた。
目の前まで来て、上から私を見下す。空を遮る様に、視界いっぱいに広がるボスの顔。
「てめぇ…何泣いてやがる」
私と目が合ったボスは、眉間に皺を寄せた。
「これは、雨です」
「違ぇだろ。泣いてんじゃねぇかカス」
ボスは、抑揚のない声で静かに言う。
「…私は、泣いているのですか?」
「ああ。今更殺しが嫌になったのか?」
見つめ合ったままの私とボス。
私は血にまみれた紅いままの両手で、ボスの頬に触れてみた。
…温かい。熱を帯びている。
「…この温かさを奪う理由が、見付からないのです」
ボスは、私の手に自分の手を重ねた。
「…理由が、ほしいのか」
ほしくない、と言えば嘘になるけれど。ほしいと言うのも嘘になるかもしれない。ただ、見付からないだけ。
「…それすらも、分からない。ボスは、任務遂行の為だけに、人の命を奪いますか」
「…任務を完了するのに、殺しは絶対必要不可欠だからな」
そう言ったボスがどんな表情をしていたのか、ちゃんと見えなかった。
だって。
私が何かを言う前に、ボスが上から口づけを落としてきたのだから。
「…ボス」
今のは。
「人殺しに理由なんてねぇ。いらねぇ。だがな…」
紅くまみれたナマエは、綺麗だ。
「汚れた私を、綺麗と言うのですか」
「汚れてるなんて思っちゃいねぇ」
「…」
「…戻るぞ」
差し出された右手に自然と手を合わせる。温かくて大きな掌は優しく私の手を包み込んで、そして軽く引っ張られてるようにして歩き出す。
雨は、いつの間にか止んでいて、視界がボスの姿をクリアに映していく。
立ち止まった私に振り返ったボスの瞳は、とても綺麗な赤。
…これからも、貴方の瞳と同じ色に染まる為に、私は人を殺していくのだろう、そう強く思った。
それ以外、理由なんていらない。
20130115