この温もりを永遠に




梅雨の季節。今日は野球部が自主練という事で、久しぶりに恋人の武と一緒に帰ることになった。


「一緒に帰んの、久しぶりだな」

「本当に久しぶりだね。そういえば日曜の試合どうなったの?」

「そうそう、先発組になったんだ!応援来てくれるか?」

「良かったね!もちろん行くよ」

「サンキュー!」


笑い合い、静かな河原を傘を揺らしながら歩く。

ふと、ザーザーという雨の音に混じって何か声が聞こえた。


「…みゃー」

「…ん?武…今、なんか聞こえなかった?」

「へ?」

「みゃー」

「…ほら!」

「ああ…向こうだ!」


急いで土手を降りると、ちょうど川上からダンボールがゆっくりと流れてきた。


「みゃあー」

「…あの中から聞こえる…!」

「まじ?!」


手を伸ばし、二人でダンボールを必死で引き上げる。恐る恐る蓋を開けると…


「みゃー…」

「…子猫だ」

「…誰かに捨てられたのな…」

「まだ、小さいのに…」


濡れないように橋の下まで連れていった。抱っこしたら、寒かったのだろう、子猫は微かに震えている。


「寒かったんだね…」

「ほら、これで拭いてやろう」


武は鞄の中から練習で使うはずだったタオルを取り出して子猫をくるんだ。少し暖かくなったようで、子猫は目を細める。


「にゃー」

「ねぇ、武」

「ん?」

「…この子、どうしよう」

「…うちもナマエんちも、飼えないもんな…」

「でも、このままじゃ…」


武はしばらく何か考えて、ひらめいた様に笑顔になった。


「明日、野球部の奴らに聞いてみるな!」

「うん…私も友達に聞いてみる」

「よし、レッツ飼い主探しだな!とりあえず今日はここで過ごせる様に、暖かくしといてやろうぜ」

「うん!あ、ご飯だけ用意してあげよっか」

「そうだな。俺買ってくるから、ナマエはこいつを暖めてやってくれ」

「ありがとう、武」


武は走って近くのコンビニへ向かった。その間に私は河原の橋の下、水が浸水しない場所に流れてきたダンボールを置いて、武に渡す予定だったタオルを中に敷く。子猫は武のタオルでくるまれたまま。

そっと抱き締めると、子猫は小さくゴロゴロと喉を鳴らしながら気持ち良さそうに目を閉じた。可愛くて、いつまでも見ていたくなる。


「ナマエ、お待たせ」

「武!早かったね」

「おう。ほら子猫、ミルクと缶詰だぞ」


戻ってきた武は紙皿も買ってきてくれたので、紙パックの牛乳と子猫用の缶詰を食べやすい様に紙皿に移し、ダンボールに入れた。

私は少しの名残惜しさを感じながら子猫をダンボールへとゆっくり下ろす。弱々しくも、子猫は少しずつ紙皿を舐め始めた。


「可愛いな…」

「うん…」


二人で子猫を眺めていたら、気付けば夕方。


「あ、やべ!今日は店手伝えって言われてたんだ」

「じゃあ、そろそろ帰ろっか」

「だな」


私は自分の傘をダンボールの上に被せ、風で飛ばない様にタオルでダンボールに固定し、最後に子猫を一撫でする。


「明日、また来るからね」

「みゃー」

「よし、行くか」

「うん」


武の傘に入れてもらって、誰が飼ってくれそうかを話ながら河原を後にした。



「…みゃー」











次の日は晴れた。武の朝練の時間に合わせて早起きをし、二人でコンビニに寄って牛乳とパンを買った。きっとあの子、お腹空いてるよね、って話しながら。


「風邪引いてないかな?」

「昨日は雨だったからなー…でも、傘もあるしタオルもあるし!きっと大丈夫だろ!」

「…うん!」


手を繋いで河原へと足早に歩く。土手を降りて橋の下を見ると、私の水色の傘があった。


「起きてるかー?」


そう言って武が傘を退ける。


「……え」


子猫は、いた。でも、ピクリとも動かない。


「…え、え…?」


戸惑いながらも子猫に触れようとした時、武が私の腕を掴んだ。


「…ナマエ、」

「な、に…武」


武は悲しそうな悔しそうな、そんな表情をしている。それを見て、私はだんだんと状況を理解した。


「…嘘だ…昨日までは、…」

「…ナマエ」


武は黙って私を抱き締めた。その瞬間に涙が溢れ出す。


「…無理矢理にでも…うちに連れて帰ったら良かった…!」

「…ナマエが、声に気付かなかったら…こいつは、冷たい雨の中で死んでた」

「…で、も」

「…こいつも、少しは幸せだったと思う」

「……、…っ…」




橋の下の目立たないところに、穴を掘って子猫を埋めた。買ってきた牛乳とパンを、そっと並べる。


「…命って、すぐに消えちゃうんだね」

「…ああ」

「…」

「…」


どちらからともなく、手を握る。


「なぁ、ナマエ」

「…ん?」

「俺は、いなくならねえから」

「…武」

「俺は、ナマエとずっと一緒にいる…だから、そんな顔すんな」


にこっ、と笑った武を見て、また泣きそうになった。


幸せと、悲しみと、嬉しさと、切なさと。いろんな感情が交わって、私は武の手をぎゅっと握った。


「私も、武とずっと一緒にいる…」

「…おう。なあナマエ、今日は学校さぼろーぜ?」

「…うん。あ、でも朝練は?」

「昨日の雨でグランド整備だと思うし、今日だけ特別ってことで」

「…なら、どこかでお昼寝でもしてゆっくりしよ?」

「賛成!」


私の手を引いて歩き出す武。元気付けてくれてるのだろう、彼も悲しいはずなのに、私の大好きな笑顔をずっと向けてくれている。


「…ありがと、武」


だから私も、小さく笑った。



20081022




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