「花さん、こんばんは」
「ホークスさん!いらっしゃいませ〜」


とっても可愛い花さんが経営する移動型ドリンクカーの常連になって、早一週間が経った。朝から夜まで駅前の公園で一人、彼女は可愛い笑顔を振りまいている。この可愛さマックスの笑顔を一日の始まりと終わりの両方で見たいのが本音だが、俺は知名度の高い人気ヒーロー。通勤通学で人が多い時間帯に地上に降りようものなら、緩みっぱなしのだらしないニヤけ顔をパパラッチされるだろう。さすがに恥ずかしいので避けたかった。それに何より、人が少ない夜の方が二人きりでゆっくり話せるから、俺はこうして毎日、決まって夜の八時を過ぎた頃にカウンターを覗くのだ。


「今日も来てくださったんですね、嬉しいです」
「ふふふ」


そりゃあ、貴方に会いたいからね。と言いたいのに、今日も今日とて破壊力抜群の笑顔を見たら笑い声しか出せないから不思議だ。おかしい、よく回る口だと評判なのに全然機能していないじゃないか。我ながら気持ち悪すぎる。てか…嬉しい、だって。カウンターに両肘ついていなかったら萌えすぎて倒れ込むところだった。胸キュンが止まらない。100パーセント社交辞令だろうけど。


「いつもの甘々になさいますか?」
「はい」
「かしこまりました!」


甘々。この魅惑の単語に憑りつかれてからというもの俺の血糖値は上昇の一途を辿っていることだろう。来月の健康診断がめちゃくちゃ怖い、でもいいのだ、この笑顔に癒される為ならば何だってやってやる。それに毎日飲んでいるせいか舌も慣れてきて咳き込むことも少なくなった。今や普通のカフェオレだと物足りないとさえ思える。たぶん日夜激しくパトロールに勤しんでいる体は糖分を必要としていたのだ。いや、絶対に必要だったのだ。だから過剰摂取なんてことはない、断じて。大丈夫、病は気から、ケセラセラさ。

…と、そんなことを考えつつ花さんを見ていると、彼女が小さく鼻歌を歌っていることに気付いた。豆を挽く表情は真剣なのに、どこか楽しさが滲んでいるはないか。え、何この人めちゃくちゃ可愛いんですけど。しかもこの歌…歌?いや違う、リズムに乗っているけど違う、これは、


「美味しくな〜れ〜」


じゅ、呪文だ。いや魔法の言葉だ、それを繰り返し唱えている。なんてことだ、ただでさえ美味しいカフェオレ(ただし甘すぎてコーヒーの味は分からない)をプルスウルトラするつもりなのか?母校でもなんでもない高校の校訓が思わず脳裏を過るほど、可愛さの衝撃が凄まじい。そんなキュートな彼女に今日もノックアウト寸前になっていると「あ、そうだ」と、花さんは何か思いついたような声を上げた。


「あの…お腹空いていますか?」
「え?」
「もう今日はホークスさんが最後のお客様だと思うので…」
「?」


そう言ってカウンターに出されたのは、サンドイッチ。


「余っているので、良かったら食べていただけませんか?」
「え、いいんですか」
「はい!サンドイッチもホークスさんに食べてもらいたいと思います」


なんなんだ、その可愛い発想は。サンドイッチの気持ちになれるなんて心が綺麗すぎるに違いない。純真無垢、純白の天使、マイエンジェル花さん。
全力で首を縦に振りながら「是非」と答えると、嬉しそうな笑顔を浮かべてくれた。あ〜今日も可愛いな〜!と全人類に向けて叫びたい。


「ではトーストしたらカフェオレと一緒にお持ちしますので、あちらでゆっくりなさってください」
「はい」


ずっと間近で見ていたかったが、近くのテーブルを示されたので素直に従う。腰を下ろしながらも車内を覗こうと首を伸ばす俺の姿は他人から見れば不審者極まりないだろうが公園に誰もいないことは把握済み、ちゃっかり剛翼で感知しているのだ。ヒーロー舐めるなよ。あ、…良い香りが漂ってきた。ホント淹れたてのコーヒーの匂いって落ち着く。よし、今日こそ連絡先を聞こう。あまりの可愛さに面と向かって喋ることが出来ないまま一週間が過ぎたが、今日こそは。
月と街灯に照らされる静かな空間、そんなムード満点な場所に二人きり、大丈夫、俺なら出来る。本日最大の任務・花さんの連絡先をゲットせよ。よし、やってやるぞ。そう決心した時、カタンと小さな音がしたので顔を上げた。


「お待たせしました、熱いので気をつけてくださいね」


車から降りてきた花さんが近くまで寄ってきて、お皿に乗ったサンドイッチをそっと置いてくれた。待って、そういえば全身って初めて見た、全身も可愛い。ブルーのスキニーデニムに無地の黒いパーカー、その上から着けている車と同じ黄色のエプロンがよく似合っており、パールホワイトのスニーカーもお洒落だ。俺も欲しい、お揃いで履きたい。

カウンター越しでも思っていたが小柄で細身、ボン・キュ・ボンの部分は残念ながらエプロンで隠されているが程よい体形で、頭の先から足の先までドストライクである。今は座っているので俺よりも身長の低い花さんを自然と見上げる形になっているのだが、下から見ても可愛かった。すごいな、どの角度から見ても最高に可愛い。このままずっと見ていたい、心のシャッターを押し続けていたい…が、せっかく温めてもらったのだ。早速サンドイッチを食べよう。


「ありがとうございます…じゃあ、いただきます」
「はいっ」
「…ん、ウマ!何これ、めっちゃウマ!」


やばい、めちゃくちゃ美味しい。卵とハム、レタスが挟まれたシンプルなサンドイッチはとんでもない美味しさで、目が飛び出るかと思った。瞳孔は確実に開いた。それほど美味しい。塗られているマヨネーズソースに秘密があるのか…?パンの部分も外はカリッ、中はしっとりで、ただただ美味しい。口の中でサンドイッチのハーモニーが奏でられている。パトロール後に何も食べず公園に来たので空腹だったが、それを抜きにしても絶品だ。サンドイッチってこんな美味しかったっけ、ハッ!もしかして、さっき花さんが唱えていた魔法の言葉、アレがサンドイッチにも効いている…?恐るべし花さん、美味しい物を更に美味しくする天才、ここに参上。
割と大きめだったサンドイッチ三切れは数秒で全部食べ切った。一気に口に放り込んだので飲み込み切れず、モグモグと口を動かしていると、


「あ、ほっぺにマヨネーズ付いてますよ」


そう言って、笑いながら伸ばされた小さな白魚のような手、細い指先が、真っ直ぐに俺の頬を軽く撫でる。ふわりと漂う甘い香りはコーヒーでも砂糖でもない、花さん自身の匂いだろう。これが花さんフレーバー…

初めての近すぎる距離と、初めて触れた彼女の温かさ。突然の強すぎる刺激に俺は、真顔のまま椅子から転げ落ちた。


「え?!ホークスさん?!」
「マヨネーズ…万歳…」


ありがとう、マヨネーズ。グッジョブ、マヨネーズ。でもやっぱり、今日も連絡先は聞けそうにないや。



20201002


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