最近、移動型ドリンクカーなるものが駅前の公園に現れるらしい。ポップなイエローカラーが印象的な、フォルクスワーゲンのキャンピングカー。

また随分と珍しい。様々なカフェが立ち並ぶ駅周辺にドリンクカーなんて流行らないだろうに、どこの物好きなのか。まあ俺は自販機で売ってるエンデヴァーコラボの缶カフェオレがマイブーム、行くことはない。だって缶に付いている応募シールを集めたら限定のオリジナル・エンデヴァーフィギュアが貰えるのだ。一ファンとしては何が何でも手に入れたいので毎日こつこつシール収集に励んでいる。正直、他のドリンクを飲む暇なんてない。

そう思いつつ、とても美味しかったのだと興奮気味に語るサイドキックの言葉は右から左へ流していたのだが。


「あと、店員さんがバリ可愛かった!」


…前言撤回、やっぱり行ってみよ。




甘々honey




夜も八時を回れば、いつも賑やかな公園からは人気が消える。街灯と月明かりに照らされる静かな空間はどこか寂しい気もしたが、その中心、噴水の隣に佇む黄色いフォルムはよく目立っていた。パトロールが終わって帰宅途中、噂のドリンクカーに早速近付いてみると仄かに漂うコーヒーの香り。苦いのは飲まないが豆を挽く音や匂いは好きだ。

…なんで来たかって?そりゃ可愛い店員さんは一目見なきゃでしょう。男ってのは単純なのである。

カーの傍らに置いてある木目調の小さな立て看板には、綺麗な文字でメニューが書かれていた。数種類のコーヒーに紅茶、フルーツジュース、タピオカ。さらにはクレープやサンドイッチ、ホットドッグまで。ドリンク専門店だと思っていたので軽食まで扱っていることに驚く。値段もリーズナブルで良心的だ。
立て看板の近くには同じ木目調の小さなテーブルが二つと、それぞれに椅子が二つずつ。この場で出来立てを食べることも出来るらしい。

ポップなイエローが目を引く、可愛らしさとお洒落さを併せ持ったドリンクカー。醸し出す雰囲気は決して華美なものではなく、ゆっくりと一息つけるような落ち着く場所だと思った。学生から大人まで幅広い年齢層から愛されそうな、親しみやすい、そんな空間。けっこう俺好みだ。

どれどれ、と。受け渡し口の窓から車内を軽く覗いてみる。が、“バリ可愛い店員さん”とやらの姿はない。…いないのか?トイレ?いやでも、こんな時間にお店を放置して離れないか…とりあえず声をかけてみよう。


「すいませーん」


窓のカウンターから中に向かって呼び掛けてみると、すぐに「は〜い」と透き通った元気な声が聞こえて、ひょこっと女性が顔を出した。片付けでもしていたのか、ちょうど窓の下辺りで屈んでおり見えなかったみたい、だ、が…え、嘘でしょ、待って。


「いらっしゃいませ、ご注文は…あれ?」
「…」
「えっもしかして、ホークスさん?すごーい本物だ!」


握手してください!とはしゃぐ女性に呆然と手を差し出すと、両手でぶんぶんと音が鳴りそうな勢いで握られた。ちょっと待って、手小さい、爪めっちゃ艶々で綺麗、いやいや何よりも…


「あっ、ごめんなさい、つい嬉しくって…いつもテレビで見てます!」


翼、とっても大きいんですね、と笑顔を浮かべる女性。離された手を戻すことなく宙に留めたままフリーズした。どうしよう、え、え?めちゃくちゃ可愛い、想像の一億万倍可愛い、えげつない可愛さだ、この笑顔があれば世界を救えるほどに可愛い、極悪ヴィランも改心するレベルで可愛い、やばい可愛いしか言葉が出ない、語彙力が死んだ、可愛い、ただただ可愛い、好みのタイプすぎる。好みのタイプっていうか、もう何、もう既に、


「好き…」
「はい?」
「ハッ?!いや、なんでもないです」


危ない危ない、ナチュラルに口から出た。小声で良かった、ギリギリセーフ。俺の独り言が全く聞こえていなかったらしい店員さんは、カウンターに置いているメニュー表を差し出してくれる。


「ホークスさん、ご注文は何になさいますか?」


にこにこ。そんな効果音がつきそうな可愛い笑顔で“ホークスさん”だなんて呼ばれてごらんよ、俺の中の萌えメーターは振り切れて大気圏突入した。宇宙で「その可愛さ百億点」って叫んでる。衛星もビックリしてるに違いない。
必死で緩む頬を引き締める為に奥歯を噛みしめ、鼻で深呼吸。落ち着け、落ち着け、俺はウイングヒーロー・ホークス。ビルボードチャートNo.3のヒーロー。【恋人にしたいランキング】では二位に大差をつけて堂々の一位を取ったこともある女性人気の高い男だ。大丈夫、冷静になって口説こう。俺ならできる。スー、ハー…スー、ハァァァ〜…あ、やば、鼻息荒い奴だなんて思われてないかな。


「…あの?」


黙ったまま顔をガン見していたら首を傾げられた。その拍子に店員さんの焦げ茶色の髪が揺れる。サラッサラだ、サラサラヘアー、シャンプーのCM待ったなし。キョトンとした顔も可愛い。あ、駄目だ、何も言わないでいたら不審者だと思われる。何か言わなければ。


「え、えっと、注文いいですか」
「はいっ」


ああ〜可愛い。「っ」がやばい。その笑顔おいくらですか、金なら出すから永遠に見せてくれ。史上最強の極上プリティーフェイス。なんか技名みたいだけど俺の心は一瞬で射止められたのだ、ある意味どんな攻撃よりも恐ろしいし破壊力抜群。…やばい、すぐガン見しちゃうな、いい加減に頼もう。っていうか俺さっきから挙動不審な気がする。せめて注文する時はカッコつけよう。

カウンターに片肘をついてゴーグルを額まで上げた。そして浮かべるのは、数々の女性を虜にしてきた必殺の流し目スマイル。これでキメる。


「カフォオレで」


しまった、思い切り噛んだ、カフォってなんだカフォって。決め顔と決めポーズで自信満々に噛むなんてカッコ悪すぎて死にたい。
しかし店員さんは固まる俺から目を逸らしながらも、


「カ、カフェオレですね。アイスとホットはどちらにしましょう?」


って聞かなかったことにしてくれた。その優しさが辛いけど有難いのも事実。無かったことにしよう、そうしよう。何事も切り替えが大事。


「…ホットで」
「はい、しばらくお待ちください」


頷いた店員さんはマシンに豆を入れたり、小型の冷蔵庫から取り出したミルクを温めたりと、テキパキ作業に取り掛かった。…待てよ、作ってくれている間はガン見し放題じゃないか、いろんな角度から店員さんを見れる、ラッキーハッピータイムだ。ついさっきの失態はどこかへ追いやって、カウンターに両肘をつき、手のひらに顎を乗せて観察開始。

深めに焙煎されたドリップコーヒーと温まったミルクが紙コップにとくとく注がれ、良い香りが広がった。実は数時間前にエンデヴァーコラボのカフェオレを飲んだのだが、やはり自販機で売ってる一缶130円のものより本格的で全然違うんだな…いやエンデヴァーさんを貶している訳ではない、決して違う。普段カフェになんて滅多に行かないから新鮮なだけ。でもエンデヴァーさん、ごめんなさい。俺もうフィギュアはいいや、今日からここに毎日通うから缶はもう飲まない。いやホントなんか、ごめんなさい。あ、でもやっぱ限定フィギュアだしな…シールだけ集めて缶だけサイドキック達にあげようかな、それいいな名案だ、うん、そうしよう。

それはそうと、店員さんの表情だ。あんなに笑顔だったのに作っている最中は真剣そのもの、顔が良すぎてノックアウト寸前である。膝から崩れ落ちそうだが耐えている俺すごい。ポーカーフェイスのまま無言で見つめていたら、大きな丸い瞳がこっちを向いた。ドキッとする、やっぱりめちゃくちゃ可愛い。


「お砂糖はどうなさいますか?」
「あ、入れてください」


頷いた店員さんは、ほかほかと湯気立つ紙コップを片手に笑顔を浮かべる。


「ちょい甘、甘々、激甘、どれにしましょう?」


…え?


「…すいません、もう一回言ってもらっていいですか」
「はい。ちょい甘、甘々、激甘、どれがお好みですか?」
「あっ、甘々で!!」


なんてことだ、甘々だと?甘々の言い方と口の動きが史上最大に可愛くてビックリした、膝が割れるかと思った。甘々という単語からしてキュートだ。凄まじい可愛さの暴力、恐るべし甘々パワー。どもりながら前のめりで答えた俺はきっとニヤけ顔に違いないが、「は〜い」と、これまた可愛い返事をしてくれる店員さんに緩む表情筋が止められない。


「お待たせいたしました、カフェオレになります」


蓋を付けられた白い紙コップ。無地だが、側面に【ホークスさん、お仕事お疲れ様】なんて手書きで書かれていて、このコップは生涯捨てないと誓う。え、嘘、端っこにヒヨコみたいな動物の絵も小さく描いているではないか、待って、もう発想が可愛い。こんなに可愛い紙コップ付きで300円だなんて安すぎるだろと思いつつ百円硬貨を三枚トレーへ。


「ありがとうございました!」


お礼を言うのは俺の方だ。こちらこそありがとう、こんな素敵な笑顔と紙コップに出会えた今日という日を迎えられて生きてて良かったと心底思う。
家宝とも言える紙コップを両手で大事に包みながら、笑顔の店員さんをまじまじと見つめた。


「あ、あのー…お名前聞いても良いですか?」
「私ですか?花っていいます。水野花です」


よろしくお願いしますねっ、と続ける店員さん、もとい、水野花さん。可愛い人は名前まで可愛いんだなぁ…しみじみ思う。それにしても可愛いな。不躾なほどガン見しているのに嫌な顔一つせず、優しい微笑みを浮かべる花さんが眩しい。夜なのに後光が差しているように見えるのは気のせいか?あ、外灯か、なんだ幻か。

そんなことを考えながら、出来立てのカフェオレをゴクリと一口、喉に流し込んだ俺は。


「ブッフォァァァ!!!」


盛大に吹き出した。


「え?!ホークスさん?!」
「ゴホゴホッ!!ゲホ!!」


驚いた花さんが慌ててボックスティッシュを出してくれたので受け取りつつ、口元を拭う。咽せが治らない、喉がやばい、え、え?待って、え?カフェオレ?あれ?カフェオレって、ん?甘すぎやしないか?いや甘いっていうか喉が焼けそうなほど濃厚すぎる気が、え?コーヒー風味の砂糖汁?


「大丈夫ですか…?」


心配そうに見つめる顔も可愛い。咽せすぎて鼻水も出そうになったがギリギリ堪えた。


「だ、大丈夫、です…甘々って…砂糖どれくらいですか?」
「紙コップの三分の一です」
「さん…?!」


とんでもない量に言葉を失う。



「…お気に召しませんでした?」
「いえ全然むしろ好きです美味しいです最高」


不安そうな表情の花さんに思わず首を横に振って即答した。そんな顔まで可愛いなんて罪が深い。俺の心を盗んだ罪も併せて大罪だ、俺という檻に逮捕したい。

ぶっちゃけ甘々はキツイし、体にも悪いだろう、悪いってか毒だ。でも…でも。


「良かった〜。ホークスさんは甘々、覚えておきますね!」


甘々。その可愛い響きと、この笑顔。花さんの為なら俺は、喜んで糖尿になろう。



20201001


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