誓い(亜希独白)


私の職業適性診断の結果は【厚生省公安局刑事課】、その一択だった。

――成しうる者が為すべきを為す、これこそシビュラが人類にもたらした恩寵である。その言葉が脳裏をよぎり、思わず鼻で笑ったものだ。

私の色相は濁りにくい。仲の悪かった両親に暴力を振るわれても、その両親のサイコパスが規定値を超え更生施設に連行されても、孤児院で虐められても、私の色相はクリアカラーのままだった。

公安局は常に人手不足だという。その過酷で厳しい職務に殉職者が多く、現場で十年を過ごせば残りの人生は出世街道まっしぐらというが、そこまで長生きしている人は極少数であることも有名だった。命を落とさずとも、潜在犯を従えながら潜在犯を撃つ日々に、色相を濁らせて施設に送り込まれる者も少なくない。

だからきっと、濁りにくい私が選ばれてしまったのだろう。

正直に言えば、そんな危ない仕事は御免だった。けれど他の職業はどれも相性が悪いとシビュラシステムに判断されてしまい、生きていくには働かなければと仕方なく受け入れた。


想像以上に辛い仕事内容に、当初は隠れて泣くこともあった。迷わず突き進んでいく同僚たちに着いていけず、足手まといになったことも多い。

このままでは死ぬのも時間の問題だと思い、身も心も強くならなければと、日頃から鍛えている狡噛さんに頭を下げて格闘術を基礎から習った。


「強くて優れた武器を扱うために、使い手はより強くてタフでなきゃいけないが…お前は筋がいい。格闘センスがあるな」


そう言って頭を撫でてくれた狡噛さんの笑顔が優しくて、気付いた時には惹かれていた。


「ドミネーターの指示通りに、撃てと言われれば撃てばいい。それがこの仕事だ。でも…お前は、刑事ってなんだと思う?」


監視官として現場に向かう度に恐怖は消え去り、何人もの潜在犯を撃った。シビュラシステムが下した判定を忠実に守り、躊躇いなく多くの人生や命を奪った。

そうして次第に何も感じなくなった頃、狡噛さんは優しい口調で言った。


「…俺にはもう、獲物を仕留める猟犬の習性が身に染みついてしまっている。でもな、俺達は刑事だ…刑事ってのは誰かを刈り取る仕事じゃなく、誰かを守る仕事のはずだった」


そう言った狡噛さんは肉食獣のような瞳を揺らし、どこか悲しそうな表情を浮かべて。


「なあ、亜希。お前は…俺のようになるな。何が正しいかを自分で判断しろ。役目ではなく正義を優先できる刑事になれ」


上司のお前がそんな刑事になってくれたら俺も刑事として生きられるかもしれない。と、どこか冗談めいたように言ってくれた言葉に、生き方が見えた気がした。


そして、ある日。浮上した彼の過去と狂気。


「絶対に…殺してやる。槙島聖護…」


初めて見る彼の憎しみが溢れる瞳と刑事らしかぬ言葉に、私の心に浮かんだのは恐怖でも嫌悪でもなく、同意、だった。


ドミネーターが効かない男を裁く唯一の方法。狡噛さんの瞳に宿る闇を少しでも明るく照らすには、彼が自らの手で下すしかないと。

なのに上層部は、槙島を生きて捕えろと言う。宜野座さんはそれに従うようにと厳しく言い放ち、友人を目の前で殺された朱ちゃんもまた、納得いかないような表情をしながらも頷いていた。

一人、誰もいない休憩室でタバコを吸う狡噛さんが背負う大きな影から目を逸らすことが出来ず、私は彼に向かって宣言した。


「私が手伝います。監視官としてではなく、一人の刑事として」

「…犯罪者の片棒を担ぐってのか。」

「槙島が創造する犯罪で、新たな被害者を出さないためです」

「…出世コースから外れるぞ」

「そんなものに興味ありません」

「…お前の色相が濁るかもしれない。俺みたいに執行官に降格されたらどうするんだ」

「濁りにくい体質なので大丈夫です。それに、もし…」



もし、執行官になったとしても、貴方と一緒なら。

その言葉は飲み込み、狡噛さんを見上げる。一歩も引かない私に彼はやがて、ふっと笑い、手を差し出した。


「…槙島は、俺が殺す」


私は頷いて、この大きくて温かい手を殺人犯にするために、握手を交わす。

人殺しが正義でないと分かっていながら、なんとしても槙島聖護を逮捕して狡噛さんに差し出すと心の底で誓った。

狡噛さんの復讐のために。

立場が違う私が彼のためにできる、唯一のことだから。




20200610


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