不明確事態


「ホークス。悪い、待たせたかな」


救急車に女が運び込まれた後、ホークスは念のために東京タワー周辺を見回った。特に怪しい人影も爆発の気配も感じられなかったので、そのまま警察病院へと向かう。受付でヒーロー免許を提示しながら事情を説明し、通されたのは手術室の前の待合室だった。

女の怪我はかなり酷いらしく、偶然にも警察病院に治癒を施しにきていたリカバリーガールも手術に立ち会っているという。ホークスが待合室のソファに腰を下ろしてしばらくすると、塚内が小走りでやってきた。


「いえ。お忙しいところ呼び出してしまってすみません」

「いやいや。早速だけど、君が見つけた怪しい人…っていうのは、今手術中かい?」

「はい。で、問題がコレです」


隣に座った塚内に見えるように、ホークスは女が所持していた大きな銃とIDカードを取り出した。


「…なんだこれは…銃にしては、えらくゴツイな」

「ですよねえ。しかも一瞬だけ喋ったんですよコレ。装甲部分も青く光ってました」

「今は電源が入ってないのかな…サポートアイテムにしては珍しい形状だし…えーっと、こっちのカードは…」

「ここ、見てください」


銃を様々な角度から見た塚内はホークスに手渡されたIDカードに書かれている文字を見て、驚きの声を上げる。


「…厚生省…公安局、刑事課…?どういうことだ…?」


戸惑いの目を向ける塚内にホークスは首を横に振る。


「俺もサッパリです。公安、刑事って、警察組織ですよね。俺、ヒーロー公安委員とか警察関係の人間の名前と顔は一通り覚えているんですけど、この人のこと全く知らないんですよ。塚内さん知ってます?」

「…立花亜希。知らないな…」


塚内が所属している警察組織に厚生省はなんら関係がない。刑事と名乗ることができるのは警察だけだ。悪質な悪戯なのだろうかと唸る彼に、ホークスは先程の出来事を思い出しながら口を開く。


「うーん…悪戯、みたいな雰囲気じゃなかったように思いますけどねえ…ひっどい怪我してましたし」

「ああ、そういえばリカバリーガールも立ち会っているらしいね。そんなに酷かったのか」

「ええ。肩と腹に十センチくらいの釘が数本撃ち込まれていて、何故か肩は抉られてました。出血もすごかったし…リカバリーガールさんがいても厳しいんじゃないですかねえ」

「何言ってんだい。手術は無事終わったよ」


ホークスの言葉に少し被せるように聞こえた声に二人が顔を向けると、疲れた表情を浮かべたリカバリーガールが肩をバキバキと鳴らしながら手術室から出てきた。


「リカバリーガールさん…めっちゃ早いですね、流石です」

「あと少し遅かったら危なかったからね。峠は越えたけど、血を流しすぎてるからまだ目は覚まさないよ。話をするなら明日の方が良いんじゃないかい」


彼女の言葉に、塚内は頷く。


「そうします。リカバリーガール、ありがとうございました」

「やだよ礼なんて。じゃあ私は帰るからね。明日の昼前にでも、もう一度治癒をやりに来るから」


そう言い残し、リカバリーガールは伸びをしながら去った。そのあとすぐに再び手術室の扉が開き、女を乗せたストレッチャーと医師が数名出てきた。

明るい光の下で見る女の顔には人工呼吸器が装着されており、血の気が全くない青白い肌からは生きている様子が感じられず、まるでよく出来た人形のようだとホークスは思う。
ガラガラと音を立てて、ストレッチャーは警察病院の奥の隔離病棟へと向かっていった。

事件が起こった時、疑わしき怪我人は基本的に警察病院へと搬送するのが決まりになっている。怪我や体力が回復したあとに“個性”で攻撃されても対応できるために。
衝撃吸収が備わった特別な壁と天井に囲まれた個室は一部分がガラス張りになっており、外から監視することができる。隔離病棟にはそんな個室がいくつかあり、女もまた、そこへ運ばれていった。


「…とりあえず、あの女性が目覚めるのを待つしかない、か」

「そうですね。あ、塚内さん。事情聴取に俺も同席します」

「助かるよ。なんだかややこしそうな案件だから君がいてくれると心強い」

「…俺も色々と気になるんで。この所持品は預かっといてください。じゃあ、また明日にでも」

「ああ。よろしく頼む」


塚内に別れを告げたホークスは病院を出て、長期滞在を見越した公安が手配した宿泊ホテルへと向かった。都内に位置するこのホテルは派手でないものの清潔感があり、最上階に位置するこの部屋は景色も広さも十分だったため、案外快適に過ごせている。

来ていたジャケットを脱ぎ、夜景を見渡すように窓辺に立つ。この灯りの中に、電気を操る“個性”を持ったヴィランが潜んでいるのか、それとも、あの女がそうなのか。

先程、女に発せられた言葉を思い出す。


「槙、島…逮捕…する…」


マキシマ、とは。一体、なんなのか。

女の、あの必死に伸ばされた手の冷たさが蘇る。青が灯った鋭い目つきは、暗闇の中でもハッキリと分かるほどに真っ直ぐで、そして綺麗だった。


ヴィラン、って感じやなかったけど…」


呟いた言葉が、誰もいない部屋に小さく響く。

女が何者かも、所属しているであろう組織についても何も分からない。しかしホークスは、あの瞳がどうしても気になって仕方がなかった。


「それに…あの姿は…」


あんな大怪我を負ってまで何かを捕まえようとする姿は、確かに刑事、そのものだった。




20200606


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