消えた赤と灯る青


ヒーロー公安委員会からの依頼で、ウイングヒーロー・ホークスは東京の夜空をパトロールしていた。満月を横目に駆ける空気は冷たく、白い息が暗闇に浮かぶ。


「厄介なヴィランが現れた。早々に手を打たなければ取り返しのつかないことになる。一刻も早く捕まえなさい」


福岡に拠点を置くも、その“個性”から全国で活躍するホークスは、こうして度々公安から連絡がくる。東京タワーを筆頭に夜景が美しい街を見下ろしながら、彼はつい先程聞かされた今回の事件について考えを張り巡らせていた。


「電気系の“個性”ねぇ…」


誰に呟くでもなく放った言葉が、僅かに白い息に包まれる。

現段階で分かっているのは、ヴィランの“個性”が電気を操作する類であることのみ。人物や名前等は一切不明。事件の痕跡以外に手掛かりはなく警察の捜査も行き詰っているとのことで、目聡く耳聡いホークスに協力要請が入ったのだった。

事件の発端は一週間前。東京郊外の無人電力設備で小規模爆発が起きた。付近のプロヒーローと警察が駆け付けた時には一面が火の海に包まれており、近くには気を失った男性が一人。その男性を保護し事情聴取をすると、爆発時刻、男性は都心部にある仕事場にいたという。男性の個性は少しだけ宙に浮くといったもので爆発には無関係であり個性事故とも考えられなかった。そして、都心部にいた男性がどうやって一瞬で郊外まで移動したかも不明。

次の日。今度は都心部からほど近い印刷会社が爆発し全焼した。幸いにも従業員は全員帰宅していたため死傷者は0。しかし、付近には意識不明の女性が一人倒れており、この女性もまた、爆発現場からは離れた場所にいたという。持っている“個性”も爆発や移動に関係するものではなかった。そうして今日までで六件、被害者は六名。東京で突発的な爆発と人の瞬間移動が同時に、連続して起きている。


ホークスは翼を羽ばたかせながら、脳内で事件を整理する。

まず、爆発が発生。現場から離れた場所にいた無関係な人が、本人も気付かぬ内に瞬間移動。爆発現場と巻き込まれた人がいた場所との距離はおよそ5キロ程度。

爆発は電力回線から引き起こされていた。そして推定爆発時刻、現場の電力使用量は異常に高く、強制的に受信された過剰な電力に耐えられなくなったため爆発したということが調査で分かった。

最初の爆発で巻き込まれた男性がいた仕事場は電信柱を整備する会社で、当時システムのアップグレードのため付近の電信柱が持つ電力が集中していたという。次いで巻き込まれた女性はゲームプログラミングをしており、容量の大きい新作RPGのネット配信を開始した時だった。

このように、巻き込まれた被害者六名が全員、爆発と同時刻に、多大な電力を使用する環境下にいたという。


電気を操作し爆発を引き起こす“個性”。しかし、ヴィランの姿は付近の防犯カメラには一切映っておらず、電気系統の“個性”を持っている人物は多く、現段階では特定不可能。
六件とも奇跡的に爆発現場は人通りが少ない場所だったため、巻き込まれて瞬間移動した者以外に被害者はいないが、もし人口密度の高い場所で爆発が起きたら。まだ被害が都内で済んでいるものの、もし全国に広がってしまったら。それはもうテロであり、世に混乱をもたらしてしまう。危惧した公安は全国に情報提供を求めたが、一週間が経った今、目ぼしい情報はない。

もし、また次に爆発が起きたら。そこで、高速で自在に移動でき、空中から目視が可能なホークスの出番である。彼は七件目の爆発が起きる前にヴィランを特定したいと思っていた。地上で見回りをしている警察やプロヒーロー達と連携を取りつつ、注意深く空を駆ける。少しでも怪しい動きをしている者を見つける度に剛翼の一部を飛ばし観察、ということを続けていたが、今のところ成果はなかった。

さて、どうするか。ホークスは一休みするため、街を一望できる東京タワーの頂上の骨組みに腰を下ろす。こうしている間にも爆発は起こるかもしれないが、手掛かりが少なすぎる現状に彼は思わず溜め息を吐いた。

その時、突然視界が闇に包まれた。何事かと翼を羽ばたかせ立ち上がると、今座ったばかりの東京タワーのライトアップが全て消えているではないか。年中無休で赤い光を灯す東京タワーのライトが消えることは滅多にない。ホークスは高速で下降しタワー周辺を大きく旋回した。
ふと、視界の先、タワーの足元にある倉庫の一角が一瞬、青く光った。爆発は起こらない。

ホークスは音を立てないように近付く。その場所は東京タワーの電力が集中するところだった。剛翼の一部を青い光を放った隙間に落とし気配を調べるが、僅かな生命反応しか感じられない。月の光を頼りにゆっくりと下降したホークスは、驚く。

倉庫の壁に挟まれた狭い場所、そこに、蹲るようにして倒れている女が一人、自分を驚愕の表情で見上げていた。そして、


「悪、魔…」


消え入りそうな言葉を吐いた。着地したホークスは女の手に握られた物騒なモノを捉える。彼の知るモノよりも重厚で機械的だが、銃に見えた。それにしても。


「(悪魔って…失礼な…)」


天使とまでは望んでいないし、そんな神聖なものでないが、まさか剛翼を悪魔と称されるとは。少なからずショックを受けたものの、警戒したまま女を観察する。血の匂いがする女は震えながら腕を上げ銃口をホークスへと向けた。銃の装甲部分が青く光り、それに同期するように女の大きな瞳にも青い光が宿る。そして同時に、


『携帯型心理診断鎮圧執行システム、ドミネーター起動しました。ユーザー認証、立花亜希監視官。公安局刑事課所属、使用許諾確認。適正ユーザーです』


辺りに響く機械的な音声。羽を飛ばし応戦しようとしたホークスは思わず動きを止めた。


「(今の音声はなんだ?公安…刑事と言わなかったか?)」


長い期間を公安で過ごした彼が見たことも聞いたこともない、言葉。こんな銃も知らないし、公安が開発したとなれば耳に入っているはずだった。そして立花亜希、監視官…とは。この女の名なのだろうか。公安関係者の名前は一通り頭に入っているが、記憶にない。戸惑いながら考えていると、女は大きな銃の照準をホークスへと合わせるように動かした。すると、


『通信エラー。システムとのリンクを構築できません』


またもや響く音声。装甲の青い光が消え、ただの黒い塊になったそれを、女は地面に投げつけた。無機質な音を立てホークスの方へ滑ってくる。体を引きずるように女は右手をこちらに向かって伸ばす。弱弱しく、それでいて真っ直ぐに伸ばされた手。ホークスはただ、女を用心深く観察した。


「槙…島、…逮捕…する…」


小さく、絞り出すような声が聞こえたかと思うと、女の体から力が抜けた。ホークスは咄嗟に駆け寄り、女が伸ばした手を掴む。力なく垂れ下がる小さな手を引っ張り、蹲る体を仰向けにした。女の体を見たホークスは絶句する。

血だらけだった。出血元と思われる左肩と腹部に十センチほどの釘が数本、体に埋まるように刺さっており、さらに左肩の傷口はえぐられたかのように捲れている。怪我人や死体を少なからず見てきたホークスでも目を逸らしたくなるような光景だ。僅かにある女の脈を確認し、すぐに救急車を呼んだ。簡易救急セットは持っているがここまで深い傷には下手に触らないほうが良いと判断し、女をそっと横たわらせる。

ふと、近くに転がる銃を拾った。見た目に反して案外軽いそれは、軽く叩いても、振ってみても、銃口を覗いてみても全く動かない。先程のよう装甲が青く光ることもなかった。

救急車がくるまでの間、傷口に触れないよう女が着ているジャケットを脱がし、所持品を調べる。刑事であるならば警察手帳がどこかにあるはずだと思ったが、内ポケットにIDカードのような物が一枚だけ入っているだけだった。女が着用している黒い上下のパンツスーツも調べるとなると傷口に響きそうなので、それは病院についた後にしようと思い、手のひらサイズのカードをまじまじと見る。

【厚生省公安局刑事課 監視官 立花亜希】との文字と、女の顔写真が写っているシンプルなカード。目の前で苦しそうに短い息を繰り返す女の顔写真は凍り付いたように冷たい無表情だが、目鼻立ちがハッキリとしており、端正な美しい顔立ちをしていた。

そして、厚生省、とは。

女が属していると思われる組織に疑問が湧き出る。何故、厚生省に公安が?しかも、警部や巡査といった見知った階級ではなく、“監視官”という肩書にも違和感が拭えない。この女は一体何者なのか。
考えても分からないホークスはポケットからスマートフォンを取り出す。


「――あ、塚内さん?俺です。東京タワーの近くで怪しい人見つけたんですけど重体なんで救急車呼びました。警察病院に運んでもらうんで来てくれますか?」

『ホークス。分かった、今から向かう』

「お願いします」


今回の捜査で警察の指揮を取っている警視庁の塚内警部に連絡し、近付いてくる救急車のサイレン音を聞きながら、ホークスは本日二度目の溜め息を吐いた。



20200520


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