戦いが終わって


死闘の後。

駆け付けた救急車により警察病院へと運び込まれたホークスと亜希は、リカバリーガールに「またそんな怪我して!いい加減にしなさいよ!」と怒鳴られながらも治療してもらい事なきを得た。

ただ、亜希の左肩には痛々しい傷跡が残っている。過去に槙島に抉られた箇所と全く同じ場所を、マキシマが突き立てた剃刀が食い込んだせいで縫われていた傷口が開いてしまったのだ。リカバリーガールの治癒でも治すことは難しいらしく、彼女に「痕を治してやれなくて悪いね」と申し訳なさそうに言われた亜希は慌てて首を横に振った。こんな傷跡だけで済んで良かったと思う。

ホークスは、ブースト薬を少しだけ鼻から吸い込んでいた為に精密検査が行われた。“個性”反応が僅かに乱れてはいたものの注視するほどではないらしく、時間が経てば薬物成分は抜け切るとのこと。


「新学期が始まったら私は今ほど警察病院ここに来れないんだ。二人とも、もうそんな大怪我してくるんじゃないよ」


分かったね?と念を押すリカバリーガールに亜希とホークスが大人しく「はい…」と頭を下げながら処置室を出ると、塚内と相澤が出迎えるように立っていた。


「お疲れ。二人とも元気そうで何よりだよ。早速だけど晩飯食いに行こうか」

「ほれ、お前らの服だ。一旦着替えてこい」


気付けば、もう外は暗い。あの悲惨な現場の後始末を終わらせた二人はホークスと亜希の服が返り血まみれになっていることを思い出し、病院に戻る前に服を買って用意してくれていた。


「まじですか!ありがとうございます〜ベタベタしてて気持ち悪かったんですよ、助かりま…」


手渡された紙袋を喜んで受け取ったホークスは一瞬見えた中身に思考が停止したように固まる。そんなホークスを不思議に思った亜希も横から中を覗き込み、目を見開いた。

亜希が唖然としながらも紙袋に手を突っ込んで乱暴に取り出すと『GANRIKI NEKO』というロゴとキラキラした目が印象的な猫のキャラクターがプリントされた派手な蛍光色のトレーナー…


「色違いのお揃いにしといてやったぞ」


喜べ、とドヤ顔をする相澤に、亜希は思わずトレーナーを床に投げ捨てるように叩きつけた。


「こんなの着れる訳ないでしょうが!」


珍しく声を荒げる亜希にホークスはハッと意識を取り戻し、改めて紙袋を確認する。亜希が投げた蛍光緑のトレーナーはおそらくサイズ的にメンズで、袋の底にあるの蛍光ピンクの物はレディースだろう。絶望的なセンスの悪さに言葉を失っているホークスの前で塚内も絶句していた。相澤が「俺が適当に選んできますよ」と言ったので任せたが、自分が買いに行けば良かったと無言で後悔している。

無残にも床に落ちたトレーナーを急いで拾った相澤は亜希に詰め寄った。


「何しやがんだ!可愛いだろうが!」

「冗談ですよね?!これ着るくらいなら裸の方が千倍マシですよ!」

「なんだとコラ!人の厚意を無下にしやがって!なら今すぐ脱げ!今すぐにだ!!」

「イ、イレイザー!それはセクハラだ!」


今にも亜希に掴み掛かりそうな相澤を塚内が必死で止めている横でホークスは「ダサすぎる…絶対に着たくない…どうしよう…」と頭を悩ませる。

その時ふと廊下の先に見知った白いフォルムを見つけたホークスは、天の助けとばかりに目を輝かせながら勢いよく駆け寄った。


「ウォッシュ!良いところに!」

「ワシャシャシャシャ!」


“キレイにツルツル”CMでおなじみの洗濯ヒーロー・ウォッシュである。


「お願いします、俺と、あっちで言い争ってる女性の服を今すぐ洗濯してください!!」


ホークスは必死の形相でウォッシュの四角い体を揺らす。ヒーロー活動の一貫で警察病院のような大きな施設の洗い物を定期的に洗濯して回っているウォッシュは、可愛らしい手で「OK」マークを作って了承してくれた。


「オラ!早く脱ぎやがれってんだ!」

「はいはい脱げばいいんでしょ脱げば!」

「イレイザーやめろ!立花さんもジャケット脱がないで!」


病院だと言うのに大声で言い争っている三人と呆れた表情のホークス。ただならぬ状況なのだろうと察したウォッシュが慌てて出向いてくれたおかげで、この下らない騒ぎは程なくして落ち着いた。





▽▽▽




「マキシマはタルタロスに収監されたよ…って、聞いてる?」


ウォッシュにより、ほんの数分で染み抜きから乾燥、アイロン掛けまでやってもらったホークスと亜希の服は元通りに綺麗になった。
そうして文句を言い続ける相澤を引っ張るようにして個室居酒屋にやってきた四人の間には、微妙な空気が流れている。


「本っ当に可愛くねえ女だな、お前はよ。俺が金出したんだぞ?」

「あんなのに一円でも払う人の気持ちが理解できませんね」

「ああ?!」


もっぺん言ってみろ!とジンジャーエールを片手に髪を逆立てる相澤を、塚内がまぁまぁと宥める。亜希はそんな二人を無視して黙々と食事に手を出していた。

ホークスも心の中で亜希に同意しつつ、余計な怒りは買いたくないので黙ってウーロン茶に口をつける。


「…で、タルタルソース?ですか?」

「うん、タルタロスね」


エビフライを齧りながら口を開いた亜希に塚内は冷静に突っ込みつつ、「極悪犯罪者専用監獄タルタロス、死ぬより苦しい場所だよ」と続けた。


「まぁあんな奴、普通の刑務所だと抑えられないですよね」


唐揚げを食べながら答えるホークスに、塚内は頷く。


「今は怪我が酷くて意識不明だけど、何処にブースト薬をバラ撒いたか聞き出して摘発に向かおう。立花さん、また忙しくなるよ」


もぐもぐと食べながら「はい」と返事をする亜希に、相澤は疑問を浮かべた。
 

「…ん?どういうことですか?」

「ああ、イレイザーにはまだ言ってなかったね。立花さんは今後俺の部下になるんだ」


相澤は驚いたように亜希を見る。


「まじかよ…おい亜希、お前、報連相だけはしっかりやれよ?」

「分かってますよ」

「いーや、分かってねえな。だいたい今朝だって、お前もホークスも連絡つかなくて焦ったんだぞ」

「え?」


突然自分の名前が出てきてホークスが驚くと、塚内は苦笑した。


「あはは…まあ、あの状況だと連絡してる場合じゃなかったよな。でも心配したよ」


廃病院へホークスと亜希が向かった後、塚内と相澤は動員した警察やヒーローを率いてマキシマのもう一つのアジトである都内の廃ビルへと向かった。
人の気配が全く感じられないビル内には廃病院と同じく数多の動く死体達がびっしりと待ち構えており、現場は一瞬で地獄と化した。しかしマキシマの姿は見つからず、塚内がホークスと亜希に現状報告の為に連絡をしたが繋がることはなく。「あっちが本拠地だ!二人が危ない!」と叫ぶ塚内は相澤をパトカーに乗せて急遽廃病院へと向かったのだった。

ホークスが慌ててスマートフォンを確認すると、山のような塚内からの着信履歴。


「あー…すみません全然気付きませんでした」

「いや、いいんだ。結果オーライだよ」


笑う塚内に、亜希は言いにくそうに口を開く。


「すみません、私も気付かなくて…あと腕時計型デバイス壊れました」

「え?!なんで?!」

「マキシマの注射器を避けようと腕で庇ったらデバイスに貫通してしまって。液晶が割れてもう使用不可能です」

「そんな…アレかっこ良くて俺も欲しかったから発目さんに開発お願いしようと思ってたのに…」


 残念そうに項垂れる塚内が以前デバイスを見て目を輝かせていたことを思い出した亜希は、彼女自身は悪くないのだが「重ね重ねすみません」と謝った。


「いや謝らないでくれ…とりあえず、立花さんには新しいスマホと、あと、これから住む場所を見つけてもらいたいんだ」


一応警察本部の寮があるけど、あんまり綺麗じゃないからおススメ出来ないかな。と続ける塚内に、亜希はついにホテルを出る時が来たのかと実感する。

電気“個性”の男もマキシマも逮捕し、長かった捜査はひと段落ついた。今後、表向きは塚内の部下として刑事、裏では公安として動く生活が始まる。それは同時にホークスとも離れ離れになることを意味しており、亜希は顔には出さないものの物悲しい気持ちになった。

そんな亜希の僅かな表情の変化に気付いた塚内は小さく笑って、続ける。


「…だから、明日と明後日の二日間の休み中に、色々と今後の準備をしてもらってもいいかな?」

「え…休み、ですか?」

「うん。たった二日で申し訳ないんだけど、勤務するのは三日後からに調整しておいたからゆっくり休んで」

「そんな…私だけ休ませていただく訳には…」


断ろうとする亜希に塚内は首を横に振る。マキシマの犠牲となった多くの人間の身元確認など、まだまだやることは沢山あるのだが、それは塚内と部下達でどうとでもなる。これから彼女が忙しくなるのは明白、休める時にしっかり休んでほしい。それが塚内の考えだった。そして、


「立花さんだけじゃないよ。ホークス、君もだ」

「え?俺も?」


明日には福岡に帰らないといけないだろうな、と思っていたホークスは驚きの声を上げる。


「さっき事務所に連絡しておいた。今回の事件に大いに貢献してくれたし、二日間こっちで療養させてもらえないかって」


相棒サイドキックにお願いしたら快く了承してくれたよ。と笑う塚内に、ホークスは感謝で胸がいっぱいになった。きっと亜希と過ごす時間を作ってくれたのだ。事務所のみんなも忙しいだろうに、先日福岡に戻った時にすぐに東京へとんぼ返りした為、何か事情があると理解してくれたのだろう。


「塚内さん、ありがとうございます…」

「こちらこそ協力してくれて助かった。それに、この世界は勝手が違うだろうから立花さん一人だとスマホとか家とか契約するの難しいだろ?ホークスが一緒だったら俺も安心だよ」


どこまでも優しい塚内に、ホークスも亜希も頭が上がらない。


「俺も休みてえな…」

「イレイザーは新学期の準備順調?」

「全然…クラス担任持つってなると、色々やることが多いです」


やってられん、とジンジャーエールを飲み干した相澤は、ホークスと亜希に視線を向ける。


「…ま、二人ともよく頑張ってくれた。また一緒にチーム組むこともあるだろうし、そん時はよろしく頼むな」


ホークスと亜希は、頷いた。





▽▽▽





「はあ〜…本当に終わったんですねえ」

「そうだね」


もう慣れた帰り道に、仲良く並ぶ二つの影。いろんなことが、ここ数日で一気に起きた。亜希も自分もたくさんの怪我をしてきたが、二人とも無事で何よりだと思う。
誰もいない夜道、ホークスが亜希の手を取ると、指が絡められる。何の躊躇いもなく触れられるのが、たまらなく嬉しい。


「塚内さんじゃないけど、デバイスは確かに勿体なかったですよね…あれ便利そうだったし」

「うん…本当に身一つになったよ」


亜希がこの世界にきた時に身に着けていた物は全て、もう手元に無い。公安局のジャケットは燃え、ドミネーターは消えて、IDカードは警察手帳へと変わり、腕時計型デバイスは壊れた。刑事課にいたことを証明する物が一切無くなってしまったのは、少し心細いような寂しいような気がする。
ホークスは亜希の手をギュッと握り、笑顔を向けた。


「これから二人でいっぱい思い出作っていこう。今回みたいな連休はあんまり取れないけど、休みの日は必ず会いにくるから」

「…うん、私も」

「あ、東京で仕事ある時は、亜希さん家に泊まらせてね」

「え…ああ、うん…」


恥ずかし気に目を逸らす亜希を可愛いなと思いつつ、顔を覗き込む。


「ねえ、この二日間はさ、俺の部屋で一緒に過ごそうよ」

「え」

「俺が泊ってる部屋広いし、少しでも一緒にいたい」


だから、お願い。そう言いながら抱き締めるように引き寄せると、亜希は慌てたように「ええ、その、あの」と口籠っているのが分かって、面白かった。


「…ね、俺の部屋行こう?」


耳元で囁くように言えば、ぎこちなく頷く亜希に、ホークスは満足げに笑う。

夜は、始まったばかり。



20200720


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