狂った犯罪者


翌朝。


「言質とったぞ。マキシマのアジトは二つある」


相澤の言葉に、隔離病棟を訪れた塚内とホークスと亜希は唖然と口を開いた。


「えっ…イレイザー拷問したの?」

「まさか。時間が勿体ないから叩き起こして吐かせただけです」


問題あります?と当然のように言い放った相澤の背後で操縛布にぐるぐる巻きにされた男が口をパクパクさせながらベッド上でのびている。塚内は「最初から君に頼めば良かったな」と苦笑した。
相澤は操縛布を元に戻しながら、男に視線を向ける。


「…こいつも、被害者ですよ」





▽▽▽





人生勝ち組と言われる電気の“個性”を持っていた男はヒーローや目立つような仕事に特に興味はなく、普通のサラリーマンとして穏やかな生活を送っていた。“個性”を使うのは近所の電信柱から電気代を節約する為にこっそり電力を頂戴する時だけという、静かな日常を過ごしていた。

そんなある日、警報機が鳴り響く踏切に閉じ込められた子どもを見つけた。迫りくる電車に腰を抜かした子どもを助ける為に男は咄嗟に無我夢中で“個性”を使った。子どもの体は電子分解され、電線を伝って男がいる踏切の外へと一瞬で移動した。

何が起こったのか分からずに泣き続ける子どもを見ながら、男は「今のは俺がやったのか?」と戸惑ったという。そしてそんな男の背後から小さな拍手が聞こえて振り向くと、恐ろしい程に整った外見と、すらりと伸びた手足、灰白色の髪と金色の瞳が印象的な男が自分を見下ろすように立っていた。


「素晴らしい“個性”を持っているね。それ、僕の為に使ってくれないかな」


それが、男とマキシマとの出会い。

何言ってるんだ?と男が不審そうに尋ねると、マキシマは一瞬の隙をついて男の首に何かを突き刺した。あっという間に濁る視界にマキシマの愉快そうな笑顔が映る。

男自身も知らなかった、“個性”の力。マキシマはブースト薬を無理矢理使用し、人を瞬間移動させる男の“個性”を高めようとした。強制的に薬漬けにされた男は僅かに残る理性で「助けてくれ」と懇願したが、マキシマは「僕の前にヒーローを連れてきてくれたら元の元気な姿に戻してあげる」と笑うだけ。


「僕はね、この平和に溺れたヒーロー社会に飽きているんだ」


それが、マキシマの口癖。

ブースト薬をヒーローに投薬したらどうなると思う?とマキシマはよく男に尋ねた。人を守り、平和を為に自分を犠牲にして戦う者が自分の能力に飲み込まれる様子は、きっと、とても面白いだろう?と。人々は混乱しヒーローも自身の“個性”を恐れるかもしれないよね、と。

マキシマは街の中にひっそりと潜むように現れては、いろんな人間にブースト薬を配っていたらしい。ヒーローに不満を抱いているゴロツキから、殺意を持て余しているヴィラン、裏社会を牛耳ろうとしている暴力団まで、見境なくブースト薬を渡しては「好きに暴れなよ」と笑っていたという。

男はマキシマが怖かった。だから言うことを聞いて早く逃げ出したかった。薄れる自我をギリギリで保って、マキシマが望むことを早くやって解放されようと、その思いから、必死で誰でもいいからヒーローを連れてこようと試した。

しかしブースト薬を使っても、人体を電子分解させて移動させることは出来なかった。仮に出来たとしても、ほんの数メートル先の寝ているホームレスや小動物などの動かない対象を移動させるのが限界で。マキシマがヒーローを瞬間移動させるなんて、どう考えても無理だった。


「単純に力が足りないんじゃない?大きな電力の側で電気を奪いながら“個性”を使ったら、回線を使って引っ張れるかもしれないよ」


男はマキシマに言われた通り、郊外の無人電力設備で“個性”を使ってみた。強制的に受信された過剰な電力に耐え切れなかった回線が爆発したが代わりに男性を一人連れてくることに成功。これでやっと解放される、そう思ったのに。


「…これ、ヒーローじゃないね」


気を失って倒れている人間は、一般人だった。マキシマは「ただの人間に興味はない。明日また違う場所で試してよ」と冷たく言い放つだけ。
男は翌日の夜、都心部からほど近い印刷会社で“個性”を使った。また爆発したが今度は女性を連れてこれた。しかし昨晩と同じく、マキシマが望むヒーローでは無かった。同じことを六日続けたが、一度として成功はしなかった。

多大な電力の元で“個性”を使えば、同時刻に電力が集中する場所にいる人間の体に流れる僅かな電磁波を受信し、こちらに移動させることが出来る。距離も五キロ程度と長くなった。しかしブースト薬のせいで朦朧とする意識の中で、瞬間移動させる対象を選別することはどうしても出来ず。


「案外使えないね、もっと優秀だと思ったのに残念だ」


マキシマは、慣れない“個性”使用とブースト薬の連続摂取でボロボロになった男を見下しながら「最後のチャンスだ。東京タワーの電力を使ってヒーローを連れてこい」と言った。

東京タワーが爆発したら、どうなる。もしヒーローを引っ張れなかったら、どうするんだ。男がそう反論しても「もし失敗しても東京のシンボルが爆発したら面白いじゃないか」と笑って一蹴された。
いざ、東京タワーの足元に立った時、これから自分が“個性”を使えば、たくさんの人が死ぬのではと絶望が襲った。これまでの六件は奇跡的に死亡者は出ていないが、街の中心であるこの場所を爆発させてしまったら。取り返しがつかない。

躊躇う男を見兼ねたマキシマは溜め息を吐き、「早くやれ」と言いながら男の首に一気に三本もの注射器を突き立てる。それからの記憶はなく、気付けば男は誰もいない河川敷に倒れていた。
体は思うように動かなくて何もできない。近くにホームレスがいるらしい、聞こえてくるラジオに耳を澄ます。東京タワー関連のニュースは無いらしく、爆発はしなかったのかと安心した。

一気に三本ものブースト薬を投薬された男は“個性”の制御が効かず、自分の体を電子分解させて瞬間移動してしまったのだろうと思った。

ふと、マキシマはどこだ?と思う。中毒性の高いブースト薬は全身に行き渡っており、動けないのに体は薬を欲している。完全に毒気を抜く為にはマキシマ自身が作る特効薬が必要だ。

男は半分死んでいる状態で、雨水やゴミを漁って命を繋ぎ、なんとか動けるようになるまで長い時間耐えた。意識はほとんど無かったが自分自身を電子分解させて電線に溶け込ませば、移動だけは簡単にできた。
男は神出鬼没のマキシマを探し出し、体を元に戻せと叫ぶ。しかし、


「まだ生きてたのかい?僕は君のせいで散々な目に合ったよ」


と、鼻で笑われただけだった。
東京タワーで“個性”を使った時、強すぎる衝撃にマキシマの体も巻き込まれ瞬間移動したと。そう遠くない距離だったが「自分の体が分解されるなんて気持ち悪い感覚だった」と、男に平然と言ってのけた。

体が思うように動かない男はマキシマに殴り掛かることも出来ず、床に這いつくばるように倒れる。そんな男にマキシマは囁くように言う。


「もう一度だけチャンスをあげよう。僕の元にヒーローを連れてこい。そうしたら元の体に戻してやるよ」


もう、何もかもどうでも良かった。静かに穏やかに暮らしていた日々に戻りたい、その一心で、どこかに大きな電力が無いか探した。

そして自分と同じく、マキシマに目をつけられブースト薬の餌食になったガス“個性”を持つ男が引き起こしたショッピングモールでの爆発事件の当日、異常なほど大きな電力を感知し、追いかけた。途中で見失いはしたものの警察病院にあると知り、奪った。

これがあれば、元に戻れる。

無我夢中で引き寄せられるように東京タワーに登っていた男は、以前マキシマに渡されたブースト薬がポケットに入っていることに気付き、自ら注射器を突き立て、“個性”を使おうとし、

追いかけてきた亜希とホークスにより、身柄を拘束されたのだった。





▽▽▽





「ドミネーターがこいつの“個性”を全部吸い取ったのと同時に、“個性”自体に作用していたブースト薬の中毒も消えたらしい。さっき泣きながら喜んでたよ」


相澤の言葉に、亜希は眉を寄せながら「マキシマ…」と小さく呟く。

奴は狂っている。自分の楽しさの為にヒーローを玩具にしようとし、無関係な人間を巻き込んだ。そしてブースト薬をばら撒き新たな争いを生もうとしている。シビュラシステムを壊そうとした槙島聖護と同じく、このヒーロー社会を混沌に陥れようとしているマキシマ…絶対に捕まえなければならない。


「男がマキシマを探している時、アジトと思われる場所を二か所見つけたらしい。一つは都内の廃ビル、もう一つは郊外にある廃病院です」


塚内は地図を取り出し、相澤が指した場所を赤ペンで囲む。二か所は随分離れているが、マキシマに逃がさない為にも同時に乗り込むべきだ。


「ここから近いのは廃ビルだな。すぐに動員して俺とイレイザーで先導を取ろう。廃病院の方へは…ホークスと立花さん、行ってくれるか?」


もちろん他の人員も向かわせる。だが今は迅速に現場を押さえ、新たな被害者がでる前にマキシマを確保したい。そう続ける塚内に、ホークスと亜希は黙って頷く。

ピンと張り詰める空気の中、時間を確認した塚内は静かに言った。


「…これより十五分後、午前九時。一斉に攻め込むぞ」





20200717


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