追いついてきた事実


「…よし、そろそろ、昨日の事件について話そうか」


子どもが帰宅した後、静かになった病室の扉を閉めてから塚内が口を開いた。

亜希が追いかけたガス“個性”の男は暴動を起こした多くの敵達のリーダーで、「好きなだけ暴れろ」との命令を出していたらしい。しかし、ショッピングモールを爆破させるような計画は聞かされていなかったと、捕まえた敵達は取り調べの時に全員怒りを露わにしていた。


「イレイザーと立花さんの登場に焦った男は、人質をとって一人で逃げようとした。あの爆弾は専門の知識があれば作れる簡易的な物で、いざと言う時のために用意してたんだろうね」

「クソみたいな奴だな」


吐き捨てる相澤に、亜希は視線を向ける。


「…イレイザーさん、足は大丈夫ですか?」

「おう。まだ少し痛むが歩ける」

「そうですか…良かった」


安堵する亜希に、相澤は買ってきたリンゴをそのまま投げるように渡した。ホークスには「朝飯まだだろ」とサンドイッチとカフェオレを差し出しているので亜希は自分だけ雑な扱いだなと思いつつも、シャリ、と瑞々しい音を鳴らしてかじる。「…冗談だよ、剥いてやるから貸せ」と相澤に言われるが、亜希は無視してシャリシャリと食べ続けた。


「…まぁ、食欲があるのは良いこった。で…その怪我はガスの男にやられたんだな?」


呆れた表情を浮かべながら言う相澤に、亜希はリンゴをゴクリと飲み込みながら頷く。


「はい。あの男はブースト薬の使用者でした」

「なんだと」

「え…」


相澤は眉を顰める。ホークスもカフェオレの蓋を開けようとしていた手を止めて驚いた。


「使用済みの注射器と、男の首筋に注射の痕を確認したので間違いないです。…確保出来れば良かったんですけど…」


そこまで言って、亜希は言葉を濁す。余裕がなかったとはいえ、重体の男に至近距離で麻酔銃を撃ち込みトドメを刺したのは自分だ。“殺さず捕まえるヒーロー”を二人も目の前にしては少しやるせない気持ちになった。そんな亜希に、塚内は「いいんだ」と声を掛ける。


「現場検証で状況は把握している。立花さんは一人で頑張ってくれたしビルは無人だったから他に被害者はいないよ。それに、あの男の死因は麻酔銃によるものではなくて重度の薬物中毒による心臓発作だ」

「え…」

「昨日何があったか、詳細を教えてくれるかい?事実を照らし合わそう」


亜希は頷いてから、昨夜、追い詰めた男が爆弾を投げてきたこと、その後、動けるような状態では無いのに二度も襲い掛かってきたことを細かく伝えた。塚内は現場検証と男の死亡解剖の記録、亜希の話とを聞き比べ、見解を述べる。

亜希に追い詰められた男は自暴自棄になり、所持していた爆弾を使った。自爆に近い形で被弾し、かろうじて意識はあったものの全身大火傷を負った体は瀕死状態。死ぬかもしれないと思った男は咄嗟に持っていたブースト薬を一気に注入したが、弱っている体が“個性”の威力を高める薬に耐え切れなくて、発作を起こして息絶えたのだろう。

発見された遺体を調べた結果、死亡時刻は、男がドミネーターを持って現れるよりも前であることが分かったのだ。


「…私は、死体相手に戦ってたんですね」


異常だった男を思い出し、亜希は納得する。最後、男の死体からガスが流れ出ていたのも体内に残るブースト薬が蒸気として噴出されたのだろう。あまりの悲惨な死に方に眉を顰めた。塚内は頷きながら、言葉を続ける。


「ショッピングモールの被害は死亡者こそ出なかったものの甚大だった。でもあの男が現れたおかげで手掛かりが無かった電気“個性”ヴィランの存在と、ブースト薬についても分かったよ」


亜希も、ホークスも、相澤も、驚いて顔を上げた。

亜希がショッピングモールで電子分解銃のデコンポーザーを放った後、周囲の電線が異常な電力を感知したらしい。まるで生き物の様に動く電力はドミネーターを追うように廃墟ビル付近まで向かっていたが、爆発により電線が千切れてからは行方が分からなくなった。しかし、あの反応は電気“個性”で間違いなく、生きていることが確認できた。


「デコンポーザーの強い威力を感知したんだろう。ドミネーターの存在を知った電気“個性”はまたすぐ現れる可能性がある。それから、ガス“個性”の男の顔を街中の監視カメラで調べたら、いつも決まった時間に訪れていた場所を突き止めた」

「塚内さん…昨日の今日でホント仕事早いですね…」


ホークスが称賛を含めて言うと、塚内は「もちろん徹夜さ」と笑う。目の隈は日に日に酷くなっている様に思えたが、これ以上は何も言わないでおこうとホークスは口を閉じた。


「その場所は空き家でずっと無人なんだけど、付近のカメラ映像を過去に渡って調べたら、ある人物が頻繁に出入りしている姿を捉えた。ちょっと画質が悪いんだけど…コイツ」


塚内はポケットから写真を数枚取り出し、三人に見せるように広げる。


「そして、医療機関に依頼してたブースト薬の細胞復元がやっと終わってね。“個性”【製薬】を持つ男を特定した。それがこの写真と同一人物…」


亜希は写真を見て、息を飲んだ。

荒い画像、映り込んだ顔はどれも小さいが、見間違えるハズがない。記憶の中の悪魔に、あまりにも…似過ぎていた。


「名前はマキシマ ショウゴ、ブースト薬を創り出しているヴィランだ」



20200709


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